36話 千変万化
真眼の紅は、緑色の液体に入れられ、円柱のガラスに閉ざされた脳味噌の前で微笑んでいた。
「ふふ、そんなに落ち込むことはないわよ。ヘカテーは殺せなかったけれど、目的は果たされた……」
「え、いつの間に……?」
「ひとまず、あなたはゆっくり休みなさい。次の目的地は……あの下羅狗なのだから……」
「下羅狗……!? 大星母のボスの出身地に乗り込むの……!?」
その場に、不死の蒼も静かに現れる。
「その時がやってきた。それだけだ。お前は惑星を破壊しかねないから留守番だ」
「ア〜……。俺ァ、早くあのボケに仕返しがしてェ!!」
そこに、血気迫る人形師の橙も姿を見せる。そして、橙の背後から見えた顔に、紅はおやおやと目を細める。
「貴方がここに来るなんて意外ね。不愉快だからって一度足りたもこの部屋に来たことはないのに。ねぇ……黒……?」
「え! 黒って……あの幻魔の黒さん……!? は、初めまして……! 私、魑魅の灰です……!!」
しかし、黒は何も答えなかった。黒いカッチリとしたスーツに身を宿し、マスク、手袋を着け、その大きな黒いハットに右手を置くと深く被り目を隠す。
「私は、論理的でないモノを好まないだけだ。脳味噌しか身体のない貴様に生きている価値があるのか……。私は貴様らの考えとは同意しかねるのでな」
「もう! 黒はいつもそんなこと言って! 灰ちゃんが泣いちゃうじゃない!」
「いや、灰に眼はないだろう」
「それで、今回は桃ちゃんも行くって聞いたのだけれど……。大丈夫かしら……?」
「戦闘には参加しない。あくまで最終局面だけだ。それ以外では、基本的に龍星群に所属していることが露呈することはないだろう。観光でもさせておく」
「観光って……。ちゃんと護衛に誰か付けなさいよ……」
「それには及ばない。下羅狗は戦闘に長けた種族だ。一人の兵士でも操れればそいつに護衛させておけばいい」
「それじゃあ、今回は初めての大人数での行動となるわね。ふふ、少し楽しみかも……」
「呑気なことを言っている暇はないぞ。今回は……忌々しい白蓮を終わらせる為に行くのだ……」
*
疑惑が晴れない行方を軟禁室へと連れて行った昇月、トートは、顔には出さなくとも、その心中は辛いものを感じていた。しかし、一番辛いのは誰か、それを判っているからこそ、二人は何も言わなかった。
「ニコは……あれから部屋に閉じこもったままか……」
「当然だろう。一番に行秋を信頼し、大星母に入れたがり、凍結のせいで迷惑をかけ、誰よりも行秋を救おうとした。その結果が……龍星群のスパイだ……」
「トートは信じられるか……? 行秋が本当に龍星群のスパイだと……。ニコの『この記憶をみんなに話せば、大星母も崩壊しかねない。だから、この記憶は誰にも話せない』という言葉もやはり気掛かりだ」
「あの記憶の装置に間違いはない。だが、行秋を信頼していないわけでもない。俺は、龍星群がまた何かをして我々を混乱させようとしているんだと考えている」
「まあ……そう考えるのが自然だよな……」
そう言いながら、昇月は遠くに見える自分の故郷の惑星、下羅狗を細い目で見つめた。
*
大星母 地下区域 幽閉施設。
「やあ、久しぶりだね。こんな無茶をするとは思わなかったよ、"行秋" ……」
「白蓮か。まあ、僕の正体を判って招き入れたんだろうことは僕も判っていた。互いに目的は同じなんだろ?」
行秋の言葉に、白蓮はニタリと笑みで返す。
「僕を殺すつもりなんだろ? 白蓮」
「当たり前だよ。龍星群のボス……潰滅の暁。今では宇宙中を騒がせる犯罪シンジケート。大星母の大団長として、君を見逃すわけにはいかないよ」
「建前は十分……というわけだ。まあ僕も無惨にやられるつもりはない。判っているんだろ?」
「判っているさ。君も僕を殺そうとしている。何せ僕は……下羅狗を創造した神族のクローン。下羅狗の王。君たち龍星群の標的そのものなのだから……」
そう告げ、行秋の元を離れようとした瞬間、行秋はポツリと溢す。
「今回は僕が勝つさ。盤上の駒は全て揃った」
その言葉に対し、再び白蓮はニコリと笑みを返した。
*
瓦礫の中、行方は静かに目を覚ます。
「生きてたのか……。アテネ、状況を教えてくれ……」
「潰滅の暁との交戦中、貴様は成す術なく気絶させられた。今はヘカテーを含めた他の住民たちごと大星母の戦艦に移され、私たちだけが残された。潰滅の暁に幻覚を見せられているとも知らずに……」
ボーッとする頭、ぼんやりとした視界の焦点を合わせながら行方はゆっくりと上体を起こす。
「暁には幻覚を見せる能力まであるのか……? そんな異能力はなかったと思うが……」
「魑魅の灰に気を取られていて気付かなかったけど、本当は龍星群にもう一人援軍が来ていた。その者が幻覚の能力に長けた者だったようだ」
「実体化したアテネは幻覚じゃないよな……?」
「実体化には成功している。ただ私も不覚だった。ソイツに容姿を見られてしまっていたせいで、『アテネの実体化に成功させた行方行秋』として、更に信憑性を増した状態で大星母への潜入を許してしまった」
大星母の戦艦はとうに下羅狗へと向かった。二人は瓦礫の惑星、崩壊都市ルミナスに置き去りにされているというのにも関わらず、普段と変わらない落ち着いた様子を見せる。
「こんな状況だというのに、あまり慌てないんだな」
アテネの言葉を聞きながら、ゆっくり立ち上がり、宇宙の星々を見上げる。
「こんなにも仲間たちから異能力を託してもらったというのに、宇宙はやはり想像も付かないことばかりが起こる。もうそんなことには慣れてしまった。今も正直、あんな奴らに対抗できるかなんて判っていない」
行方の言葉を、ただじっと見つめるアテネ。
「昔、二宮と再会したばかりの頃、僕は『正義』とは何かとアイツに訊いたんだ。記憶を失くし、国内No.2の力を有しながら、自分の無力さを痛感していたアイツに……」
「そんな漠然とした言葉に意味などない。正義とは人それぞれによって変わるものだ。不毛だな」
「神族からしたらそうなんだろうな。だが、アイツは僕に言い切ったんだ。『強い人が弱い人を救うこと』だと。『強力な異能を持ったのだから、私はそれを人の為に使いたい』のだと――――」
「二宮二乃は異能力を有した地球人の中ではトップを争う強力な異能力を宿した。傲慢になってしまうことも仕方のないことだけど、やはり私には彼女の行動は理解し難い」
反対意見ばかりを述べるアテネに対し、ぷっと吹き出した行方は、ふんわり笑うとアテネに振り返る。
「あぁ。人間ってのは愚かなんだ。だから、僕も愚かであることは筋が通っているだろ?」
「そうだな。そこだけは否定しない」
「アテネの脳に、僕は無数の異能を宿している。宇宙には果てもない強者たちが蠢いていた。それでも僕は……無敵だ」
「傲慢だな。そして、実に愚かだ」
そうして、アテネの横に並ぶと、再び宇宙を仰ぐ。
「僕は全てを救いに行く。愚か者は嫌いか?」
「ふっ、世迷言を……」
そうして、アテネも笑みを向ける。
「何百年とお前の中に居たのだ。もっとその愚かさで、私を退屈させないよう努めてくれ」
-異能力・光-
宇宙で使う光の異能力は扱いが難しい。しかし、実体化を成せるまでに回復したアテネがいれば、ブラックホールと結びつけ、惑星間の移動さえをも可能にしていた。
向かう先は――――戦闘種族、強者の惑星、下羅狗。
下羅狗を見つけることは簡単だった。白蓮や昇月といった強者たちの故郷。つまりは、どこの惑星よりも強い惑星エネルギーが感じられる惑星こそが下羅狗なのだ。
ダッ――――――
光速移動は、宇宙を秒速約三十万キロメートルの速度で移動を可能にする。それでも惑星間の移動、光速での移動でも下羅狗に辿り着くまでに数ヶ月と時間を要した。
「ここが下羅狗か……。大星母や龍星群はもう着いているのか……?」
「光速より早く移動できる宇宙船などない。安全面を考慮して、ブラックホールで移動するとも考えにくい。恐らくはもう少し掛かるだろう。先に情報収集でもしよう」
そうして、行方は下羅狗に足を踏み入れた。
続 長編 下羅狗




