38話 やがて、全てを無に帰すくせに(2)
王は再び黒髪の少年の魂を握る。
「判ったな? これがお前の怒りだ。それを認識した上で、お前はこの怒りをコントロールするんだ」
「何を……? ぐぇっ……!!」
すると、再び少年をぐいっとエネルギー体に変え、白蓮の中に押し込む。何度も魂が出入りし、嗚咽しそうになり、涙が溢れ出そうになる。
「怒り……? 彼はどう見ても人間でした……。本当に今のは私の怒りの感情の具現化なんですか……?」
「そうではない。貴様は元から、二人の魂で構成されていたのだ。今のは、お前の怒りや憎しみといった感情のみを受け取ることができる」
「それじゃあ……私であって私ではない……?」
「ほとんどお前だ。生まれも育ちも、身体さえも共有していたのだ。お前が支配するんだ」
そんな話は聞いたことがないが、下羅狗の戦闘力、父の底知れない力を考えれば有り得ない話ではなかった。飲み込むまで、そう時間は掛からなかった。
「判りました……。私の半身であり、怒り……。私はこの怒りを支配することで強くなれるんですか……?」
「そうだ。そして、こんな悲惨な殺戮を犯した者をお前自ら殺して来い……」
「判りました。その者とは……?」
汗が滲む中、王の鋭い眼光が白蓮を逃がさない。
「下羅狗兵士長、昇月だ」
「兵士長さん……?」
ゴォン!!
その瞬間、外からはけたたましい轟音が鳴り響く。
「また暴れ出したようだ。今のお前なら殺せる。そういう風に創ったのだからな。被害者がこれ以上出る前に早く行け」
「わ、判りました……」
にわかには信じ難い気持ちではあったが、その目で見ないことには信じられないこと、兵士長かどうかは置いておくとして、今まさに被害が出ていることを鑑みて、白蓮はすぐに轟音が鳴り響く元へと向かう。
(本当に自分の身体が今までとは違うみたいに軽い……。もう一人、怒りが居ることを認識しただけなのに……)
走っているだけで判る。建物を飛び越えられる脚力。星力を感じる力。全てが新鮮なものだった。そして同時に湧き出す感情こそが、喜びだった。
(これが私の力……。早く戦ってみたい……!!)
白蓮の身体を動かしていたのは、父が隠し事をしていた疑念、自身にもう一人の魂があった真実、殺戮犯が敬愛している兵士長である疑惑、それらを抜きん出た感情、高揚感に支配されていた。
ブチッ――――――――
しかし、突如として周囲は暗黒に支配される。
「えっ……? 私は今、民家を飛び回っていたのに……。ここは……どこだ……?」
『また失敗か。なかなか難しいものだな』
鳴り響く声、その声の正体は、父の声。
「お父様……? ここはどこですか……? どうして急に何も見えなくなってしまったんですか……?」
『お前は失敗したんだ。白蓮。これで千三百四回目だ』
「千三百四回目…………? 一体何を…………?」
『この世界を繰り返した回数だ。お前は、千三百四回、十五年を繰り返し続けている。私の理想の戦士を作り上げる為にな。しかし、お前はいつも高揚感や悲壮感が先行する。怒りを支配できたことは一度たりともない』
白蓮は思考が追い付かなくなり、いつの間にか視界は元に戻り、地面へと落下していた。
「グルルルルルルル…………」
その目の前には、血に塗れ、目が赤く、普段の温厚な表情とは打って変わった牙を見せた兵士長が立っていた。
「兵士長……さん…………?」
白蓮の声に、兵士長はその眼光を白蓮へと向ける。今まで見てきた精錬された星力の扱い方ではない。身体中からは蒸気が溢れ、星力を扱う、ではなく、惑星エネルギーを無理やり身体の中に取り込み暴走している様子だった。
『ソレは、五万二千七百四十二回の輪廻でようやく怒りの支配に成功した。だが、怒りに身を任せる余り、理性を失う欠陥品となった。お前こそがソレを越えねばならない』
「そんな……兵士長が欠陥品だなんて……」
『星力に強い肉体で創造したのだが、やはり神聖な惑星エネルギーに理性が追い付かないようだな。私は反省し、改善を試みた。ならば、私自身を使えば良い――――とな』
「それじゃあ…………私は…………」
『私のクローンだよ。私を持って、私たち神族を超越した戦士を創造する。それこそが私の悲願……』
目の前がグラグラと崩れていくのが判る。この世界は全て自分を育てる……いや、研究する為の模造。
襲い掛かってくる兵士長がスローモーションに見える。自身の動体視力が今までの比にならないことは理解できる。しかし、今はそんなことさえ悲しく思えていた。
(私もまた……ただの模造品……)
ガッ――――――!
しかし、そこに "変数" が訪れる。
「何をボーッとしているんだ!! 死ぬぞ!!」
その声に、白蓮はハッと我に帰る。瀕死の身体でボロボロになりながら昇月からの攻撃を制したのは、先ほど倒れていた行方行秋という男だった。
「やはり噂は本当だったようだ……。この下羅狗という惑星の神族は、自ら創造した世界を何度も壊し、何度も作り直していると……」
「お前じゃ下羅狗には太刀打ちできないだろ!! お前こそ巻き込まれる前に早く逃げろよ!!」
しかし、男はその場から離れようとはしない。暴走した兵士長を前に、尻餅を突いている白蓮を前に、ボロボロの身体で兵士長と向かい合う。
「弱い者は強い者に敵わない。それは自然の摂理だ。素直に頷くしかないだろう。ただ…………」
そして、男の周囲は暴風が吹き荒れ、力を入れてないと吹き飛ばされてしまうほどの風を纏う。
「僕は全てを救う為にここへ来た……!! 道理や理なんてものに邪魔される筋合いはない!!」
ゴウッ――――――!
次の瞬間には、雷のように柴色に光り、兵士長の背後に回っていた。
「なんだ、この男……。最早、天災じゃないか……」
しかしやはり、どれほど殴る蹴ると攻撃を仕掛けても、星力を扱えない男の攻撃はまるで効いていない。その内、湧き出でる感情が、再び白蓮を立ち上がらせていた。
「違うよ、お兄さん……!! こうやるんだ……!!」
ゴッ――――――!!
そして、白蓮は遂に、兵士長を突き飛ばしていた。
白蓮を支配する感情は――――昂揚感。
「私が……あの兵士長を……」
「凄いな……。それが星力という力なのか……?」
そして、冷静になることで再び押し寄せる感情。
怒り――――――。
「白蓮……。僕が再び暴走してしまう前に……この世界を破壊し尽くしてしまう前に……どうか僕を……殺してくれ……」
「兵士長さん…………」
クローンということは、父は父ではない。自分に優しくしてくれた記憶もない。もしそんな記憶があったとしても、それは全て創られたもの。しかし、兵士長はいつだって優しくしてくれた。恐らく、千三百四回全ての人生において、兵士長は白蓮に優しくしてくれたのだ。
「殺してやる…………」
「殺してくれるか……。白蓮……」
白蓮の髪は、黒く変色し、赤い瞳に変わっていた。
「殺してやる……! 蚩尤……!!」
「待て、白蓮」
兵士長でさえ、その風貌に目を見開いていた白蓮に物怖じもせず、行秋はそっと白蓮の肩を掴む。
「お前にも、この男にも、身体の中に二つの魂があり、その片方に殺気を感じる。下羅狗の王の子孫であれば、取り出すことができるんじゃないか?」
その言葉に、またハッとする白蓮。そう、考えてみれば、クローンなのであれば、あの父の摩訶不思議な力が自分にも扱えるはずなのである。
ゴクリと息を飲み、自分の右腕を見つめる。信じられるものは、もう自分しかいない。細い目で歯を食い縛りながら、どうか成功するように祈りを込め、兵士長の胸へ押し当てた。
白蓮:下羅狗を生み出した神族、蚩尤のクローン。
昇月:蚩尤の最初の研究により生み出された下羅狗の戦士。兵士長。
蚩尤:下羅狗の王。下羅狗を創造した神族。
行方行秋:後の潰滅の暁。




