閑話 Stove Man
*注意
これは、夏目夏人が生まれ変わった後、レイザーと出会う過去編のお話になります。視点は夏目視点です。
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見慣れた研究室、僕が席に着くと、新米の女の子は慌ててホットコーヒーを注いでくれる。私がコーヒーを苦手なことを知っている彼女は、密かにガムシロップを二つ、決まって私のコップの隣に並べる。とても良い子だ。
現在の地球で一番頭の良い遺伝子を備えた私が神童と呼ばれるまでに時間は掛からなかった。私としても、早く研究に臨みたかった為、あまり隠してはいない。才気を存分に振る舞わせてもらい、今では齢十六にして大規模な研究施設を預かり、様々な分野でも呼ばれることが多い。
「なあ、リック。聞いたか? ストーブマンの話」
彼はエドワード・スペル。通称エディ。僕と同じく特待生で研究施設へ入ってきた二つ上の後輩。年齢など気にせず、気さくで接しやすい。また、十代でこの研究施設にいるのも私たち二人だけな為、共に行動することが多い。
「ストーブマン? マーブルの新しいヒーローかい?」
「マーブルは僕も好きだが、映画の話じゃない。実際にそう呼ばれる男がいるんだ。異能力レベルはSS以上……」
「SS……以上……?」
この時代の異能力には、周囲や脅威度に応じてランクが設けられていた。日常生活レベルならばE、犯罪に悪用される危険性ならB、軍隊でも敵わない能力ならA、戦争レベルの被害が及ぶならS、そして、全人類が束になっても敵わないという天変地異級で、既に軟禁され政府の監視下に置かれている、過去に一人二人いた程度の危険度がSS。
しかし、エディの言い方に気になったのは、SSが危険で稀に見ないランクという点ではなく、"以上" といった曖昧な部分にあった。
「あぁ。聡明な君ならそこに食い付くと思ったが、彼は施設を自ら抜け出した。刺激もできない、隔離もできないってことで、自由行動させることになったんだ。ほら、この動画を見てくれ」
そう言いながら、エディは一本の動画を私へ転送する。その動画には、暴れる様子もない濃い青色の髪の少年が、壁を溶かして施設を抜け出している動画だった。
「へぇ……。この異能ほぼ全てを監禁する施設の壁を破壊できてしまうのか。じゃあ彼が犯罪者になっても、彼を入れられる牢屋はどこにもないってことだね」
「そうなんだ。銃弾は効かない、刃で傷も付けられない。牢屋も溶かされるし、土の中に埋めても戻れるだろう。文字通り、彼を閉じ込めておける場所はない。海でさえ徒歩で歩けてしまうんだからお手上げさ」
そう言うと、困ったような顔でコーヒーを口に注ぐ。しかし私は彼の存在を知っている。何故なら、この地に生きている者全てを、私は認識しているからだ。
*
男は、三百円を放り込み、缶ジュースを買い、そのまま何をするでもなく隣のベンチに座り、炭酸を仰ぎながらボーッと空を眺めていた。
「こんにちは、"ストーブマン" 」
私の声に一瞬の動揺も見せず、ボーッとした視点はゆっくりと私を捉える。
「その服……。研究者? 僕を捕まえに来たの?」
「そうじゃないよ。君の自由を奪うつもりはない」
私はニコッと微笑む。
「その力を利用させて欲しい」
その瞬間、男の目付きは変わる。明らかなる怪訝な表情に変わり、警戒していることが伝わる。夕焼けが覗く小さな公園で、陽の光にその眼光は照らされていた。
「僕と戦って勝てるんならいいけど」
「あぁ、君を殺すことができる。恐らく……唯一ね」
「へぇ、どうやって?」
ザッ――――――
次の瞬間、私は彼の背後にワープする。
「何? 瞬間移動の異能力? それで僕を殺せるの?」
「確かに、書類上、私の異能力は『ワープ』だ。印のある場所に瞬間移動をする。レベルはD……」
「書類上……。じゃあ本来の力は隠してるんだ」
「そう。君の体内にワープをし、身体の中から一瞬で君の身体を破壊することができる」
「そっか。中に入られたら僕には何もできない。それも一瞬のことなら尚更。それなら僕を殺せるのかもね」
殺伐とした話だというのに、男は一切表情を変えない。信じていない、という様子でもない。
男は、缶ジュースをグッと飲み干すと、片手でくるくると遊びながら呟いた。
「よかったよ」
「何がだい?」
「僕を殺せる人がこの世界にいて」
「君は死にたいのか?」
「うーん。死にたいってわけじゃないけど、生きててもつまらないとは思ってるかな。小さい頃から最近まで隔離施設の監視下で生きてきたし。楽しいことを知らないんだ」
私は、男の許可も取らずに隣に座る。その時だけ、少し驚いたような顔を浮かべさせた。
「私はエリック・クラウド。リックでいいよ。仲のいい人はそう呼ぶ。まあ、二人くらいだけど」
「愛称……ってヤツ……?」
「君はスティーヴン・レイザーだから、愛称はスティーブになるのかな。ははっ、それでストーブマンか」
「で、利用っていうけど、具体的に僕は何をするの? 破壊くらいしか僕にできることってないけど」
ベンチに置かれた缶を拾い、スティーブの目の前に翳した後、その缶をゴミ箱へと瞬間移動させた。
「私の友達……いや、部下かな? 助けたい男がいる。彼を助ける為には、純粋な力が欲しい。圧倒的な力……地球人では遠く及ばないほどのね……」
「助けたい男……純粋な力……地球人では及ばない……」
スティーブは頭のキレがあまりよくないのか、私の言ったことを鸚鵡返しのように呟く。
「簡単に言おう。神と戦う」
「え、神話とかに出てくる、カミサマ?」
「そう、そのカミサマ。人智を超越した力を持つだろう」
突拍子もない題材に、終始呆然と聞いているスティーブだったが、少しだけ笑みを溢した。
「なんだか楽しそうかも」
「少なくとも退屈はしない」
そう言いながら、私は握手の手を差し出す。やはり、再び嫌そうな顔を向けた。
「僕に触れていいの? 火傷するかもよ。もしくは凍傷して切断することになるかも。みんなそう恐れる」
手をそのままに、私は微笑んだ。
「さっきも伝えたが、私は君を殺せるんだ、スティーブ。君を恐れることなど何一つない」
そう伝えると、先ほどよりも明確な笑みを見せながら、恐らくは初めてであろう握手をした。力の入れ方が判らないのか、ぐにぐにと力を入れたり抜いたりしている。やがて、手を離した後、私は立ち上がる。
「さあ、行こうか」
「どこに?」
「私の研究施設だ。私は対犯罪者チームに属している。ストーブマン、いい名前だね。でもその名前は、単なる研究対象のコードネームにしておくのは勿体無い」
スティーブもまた、私に続いて立ち上がる。その夕景が何を映しているのか定かではないが、高揚感の中にいることだけは伝わっている。
「まずは君に戦う為の地盤を付けさせる。一緒に犯罪者たちの相手をしてほしい」
「いいよ。殺さないようにした方がいいんだよね。いい練習になりそう」
「ふふ、マーブルヒーローをも超える、リアルヒーロー爆誕だ」
それから数年も経たず、若き天才 エリック・クラウドと、リアルヒーロー ストーブマンの名は、アメリカ全土に広まることとなる。
少し前まで、『危険な異能力者が脱走。この顔を見つけても近寄らないように』と報道されてきた男は、今となっては人民を救う為に動いている。その話題性が注目されることに時間が掛かることはなかった。
スティーブもまた、私との実戦演習において、武器を向けられたら熱を帯びて溶かす、犯人捕縛の際には冷気で凍結させる術を身に着け、元々の冷静さもあり、身に付ける速度も目を見張るものがある。対複数の犯罪者においても、冷静に力を発揮し、計らずも社会に貢献し、弱きを助けるヒーローとなった。
「リック! 彼がストーブマンかい!? テレビで見たよ! 凄いな!」
「あ、あぁ……」
エディも満面の笑みで握手を求めた。様々な目で見られてきたのだろう。それも、好意的なものは一つもなかった。だから、困惑するスティーブを見るのは面白い。
そして――――。
「リック、握手をする時の力加減なんだけど……」
「優しくだ。あとは人それぞれ力加減は変わる。それは君自身で知っていけなければならない」
「ははっ! 世間を騒がすヒーローは握手が苦手か! そうだな、僕には少し強くてもいいぞ!」
「こ、このくらいか……?」
「痛ぇ! それだと強すぎだ!!」
不器用ながらも躍進を惜しまない彼は、きっと良い方向へ成長するだろう。かつての君の様に。
行秋くん、君の力になれる日まで、もう少しだ。
Eric Cloud:異能力『ワープ』
十六歳にしてアメリカの研究員として研究施設を任される神童。前世では夏目夏人として異能探偵局で勤めていた行方行秋の上司。その正体は、地球人の始祖アダム。
Steven Razor:異能力『体温』
異能力レベル、危険度SS以上と認定される少年。施設内の軟禁生活に飽きて自ら脱走。誰にも止められないとして自由行動で生活させられていたが、エリックと共に「ストーブマン」として犯罪者を捕縛する仕事に協力する。
Edward Spell
エリック同様の秀才。十代にして大学を卒業し、十八歳にして研究施設に抜擢されるエリックの後輩。




