23話 二人の王
人形師の橙は、異常とも思えるほどの殺気を放つ。蒼が物静かな剣士だっただけに、威圧感では蒼よりも勝る。
行方も汗が滲む中、二人は橙の前に立った。
「ホルス……!」
「言われずとも判っている。今すべき事が……」
二人は刀を構えた。
「「 守るぞ……!! 」」
そうして、臆することもなく二人は阿吽の呼吸で橙に斬り掛かる。橙も、先程までの笑みはなくなっており、二人のことを強者と認めているような表情で迎え撃つ。
キィン!! ガァン!!
膨大な音を立て、二人は何十人もの橙を圧倒。次々に斬り伏せて人数を減らしていく。最初は殺気に気圧されていた他の兵士やトート、行方やレイザーも、二人の勢いに感化されて橙の人数を減らしていった。
「ハァ……ハァ……。何人斬った……?」
「判らないが……流石は人形使い……。無限に湧いてくる……」
そう、橙は集中していたのだ。この星の民は、オシリスやセトら神族から直々に生み出された存在。人形を分散させている状況では、一人分の戦力では敵わない。しかし、逆に言えば、本体は戦わずにいれば疲れることはなく、逆に、多勢な敵戦力を疲弊させる事ができる。
行方たちが橙のその戦術に気が付く頃には、時既に遅かった。
「ハハハハ!! 馬鹿みたいに戦いやがって!! さあ、これからが殺戮の時間だ!!」
橙は再び高笑いを上げると、人形たちを本体に吸収させていく。
「おい、行方行秋。お前の身体も返せ。契約を結んだのは紅だから俺様が吸収できねぇんだ。もうお前の任務も果たされた。もうお前はこの惑星に用はねぇはずだ。魂は元の身体に戻してやるからその身体を渡せ」
行方に鋭い眼光を向ける橙。しかし、行方は汗を滲ませながら何も答えることができない。
「今、身体を返すわけにはいかないな……」
その背後に現れたのは、
「夏目さん……!!」
ファラオを連れた夏目夏人だった。
今までに見せたこともない反射で、橙はその殺気を感じ取り、夏目から大きく退く。
「てめぇ……何者だ……? 俺様の人形を使ってんのは判るが……知らねぇ力が紛れてやがる……」
ファラオも、セトの状況、息切れしながらも兵士たちの前に立つホルス、マアト、トートの三人の姿を見て、瞬時に状況を理解したようで、その大太刀は橙に向けられていた。
「お前は知ってるぜ……? 大太刀のファラオだろ? 忌々しい神能を使うセトの右腕……調査済みだ……。お前も処分対象だ……!!」
そう言いながら、再び棍棒を高らかに上げると、ファラオに目掛けて振り下ろす。
「そんな隙まみれの攻撃が当たるか……!!」
ガァン!!
ファラオは、着実に棍棒を大太刀で斬り付けた。しかし、砕かれたのは大太刀の方だった。
「紛争の神能が付与された武器だぞ……!?」
「ラムセスは他の惑星と交易を持たない。ハハ……情報の無さが仇になったな……!!」
そうして、棍棒を今度こそファラオに仕向ける。
「神族の殺されたことのない貴様らには知らなかったことだろうが、神能を与えられた本体が死ねば、与えられた側の神能は弱体化するんだ!! てめぇの力じゃねぇんだから自然の摂理だろうが!!」
声を荒げながら、棍棒を掲げる。
ザン!!
ファラオはその砕けた大太刀で棍棒を受け止めた。
「武器が砕けても、神能が弱体化してるって聞いても、それでもてめぇは抵抗するか!!」
「私には使命がある……。敗けてはならぬのだ……。ホルスとマアトが、次代の王になる為に……!! その未来を絶やすわけにはいかないのだ……!! ラムセスの為に……!!」
その言葉に感化されたのか、周りの大人兵たちもこぞってファラオに続いていく。しかし、圧倒的な戦闘力を前に、次々と薙ぎ倒されていく。
「私に……これ以上……何が……」
青褪める顔を浮かべるホルスの背を、マアトは叩く。
「これは賭けになってしまうから、本当は平和な世になってから伝えようと思っていたんだが……。民を守る為には、今はその賭けでさえ必要らしい」
「マアト……。何を言っているんだ……?」
「僕を解き放ってくれたのはイシス様なんだが、イシス様は僕を行かせる前に、イシス様の神能を受けたんだ……」
「母の神能……? 父の神能を保持する力じゃないのか……?」
「そんな具体的な神能があるか……。まったく、君はキレ者なのかドジなのか判らないね……。いいかい? イシス様は豊穣の主という異名があるのは知っているね?」
「あぁ……。豊作を願い、雨や風、自然を創造した……。しかしそれは建国にのみ使用する力で……これ以上、母は特殊な力があるわけでは……」
しかし、マアトの言葉を思い返し、ハッと気がつく。
「母の神能は……初めから……」
「そう、イシス様はあらゆるものを創造する者ではない。このラムセスを創造したのはオシリス様だからね。君の母の神能の本当の力は……」
「活性化させる力……!!」
「その通り。世界を創造した際、雨や風は既にできる。それを豊穣の力で活性化させ、自然を豊かにした。その能力は永劫的に使用され、自然の流れを止めずにいたんだ。イシス様は一度も神能を使ってないのではなく、『永劫的に神能を使用していた』んだ……!」
「それじゃあ……お父様の神能を受け取ったのは……」
「活性化させるということは、その逆も然り。神能を弱めさせることで、自らの内に秘める事ができた。それを君に渡した時点で、活性化は行われた……」
「それでは何故……私は弱いままなのだ……!?」
その言葉に、マアトはホルスの両肩を掴む。
「君が王になる覚悟をせずに、セトを討ち倒す為だけにこの戦場に来たからだろ!! 王になる覚悟を示せ!!」
そう言ったマアトの身体からは、白い蒸気が溢れる。
「貴様は……」
「僕はもうとっくに覚悟を決めている。セトの息子、紛争の主として、この国の王になることを――――」
フッ……と息を吐き、ニタリと笑む。
「私は……また一人で日和っていたみたいだな。こんなにも頼もしい兄弟がいるというのに……!!」
そして、ホルスは力強くマアトの隣に立ち並ぶ。その瞬間、ホルスの身体からはマアト同様に蒸気が溢れ出す。
「なんだ……? この力は……」
「この力は、僕たち神族の正当な子供にのみ扱える遺伝的な力。イシス様とお母様が僕たちを産む時、僕たちが王としての真の覚悟を持った時に活性化するように条件を課していたようだ」
「王としての真の覚悟……」
しかし、ホルスにはマアトとは別の景色が見えていた。それは、冥界に行けずにラムセスの地を漂う、死んだ者たちの姿だった。悲しい目をして、セトのことを見つめていた。
そして、
「お父様……!!」
死んだはずのホルスの父、オシリスが目の前に立っていた。
「ふっ、ようやく王になる決心がついたようだな。我が息子、ホルスよ」
「どうして……? お父様は亡くなったはずでは……?」
「あぁ、たしかに私の肉体は死滅している。しかし、私の神能は冥界へと魂を送り届けること。肉体のみでは計れない力だ。こうして、死後も冥界とラムセスを繋ぐ役割を担っている」
「死しても尚……お父様は自らの仕事を成されていた……」
一見、独り言を話しているように見えるホルスに、マアトは訝し気に見遣る。
「さっきから何をブツブツ言っているんだ……? ホルス……?」
マアトの言葉に、ホルスは再びニタリと笑う。そして、ホルスの周囲には更に青白く光るエネルギーが集まっていく。
「私が今、すべき事が判ったまでのことだ。仕切り直そう。今度こそ……民を守る。ラムセスの王として――――!」
真面目な瞳でマアトは頷く。そして、二人は再び橙に向けて刀を向ける。




