22話 正義
「マアト、お腹が随分と大きくなったじゃないか」
「あら、オシリス様。ふふ、そうなんです。イシスと同時期に生まれると言われたんですよ」
「それじゃあ、息子と兄弟のように大きくなってくれると嬉しいな」
「いつか、そんな未来が訪れるなら……。きっと平和な世となっていることでしょう……」
ラムセス、中央国。
別の惑星から渡り、この惑星を創造したとされる神族たちが、それぞれ五つの城を建国し、五柱の王として崇拝されていた。生死を司る建国主、オシリス。その弟ながら、各国の紛争をまとめるセト。豊作を願い、自然を創造したイシス。イシスの妹にして、祭事を発展させたネフティス。そして、彼ら兄弟、姉妹を慕い、共に渡って来た正義と秩序を司るマアト。
五人がそれぞれ役割分担をし、協力して創られた世界は、みるみる内に発展を遂げる。しかし、その陰で絶えない紛争があったことは言うまでもない。
「セトはまだ帰らないのか……?」
「はい……。中央国と反対に位置する国々での紛争が絶えないようで……。ファラオもずっと働き詰めです……」
「発展を遂げるのは良いことだが、これ以上、犠牲を無く事に当たれないだろうか……」
オシリスとイシスが紛争の話で頭を抱える中、マアトはただ黙って話を聞くのみであった。
「マアト、君はどう思う? 正義の主としての、君の考えを聞きたい」
「私は――――」
*
行方は、ニタリと笑うと、フラリと不可解な動きを見せ、セトは咄嗟に剣を構える。今までの戦闘で経た直感から、何かが変わると察していた。
ゴッ…………ォン!!!
砂煙が立ちこみ、行方は星力をふんだんに足に集約させ、高速移動をするが、その速度に身体が追い付かず、セトを追い越した。
「痛っ……。やはり力押しは難しいか……。すまないな、ホルス」
その勢いを殺さぬまま、行方はホルスに頭突きしていた。ホルスも一緒に倒れ込みながら、わなわなと行方を睨む。
「すまないじゃ……ねぇ!!!」
ゴォン!!
そのまま、ホルスは行方を殴り飛ばす。
「一人は自由行動、一人は自制が利かずに仲間割れ……。子供の戦にも程がある」
セトは多少の怒りを覚えながら、その隙を逃しはしない。殴り飛ばされた行方に目掛け、刀を振り上げる。
「アキ……!!」
グサッ…………!
行方はニタリと笑うと、その手には何も持っていなかったはずなのに、刀でセトの右腕を貫いていた。
「その刀……! ホルスの透明化か……!!」
そのまま、全て判っていたかのようにレイザーはセトの背後に回り、右手と左手の温度をそれぞれ高温と冷温に変える。
「カミサマって言っても、種族の名前。熱いのと冷たいの、どっちかは喰らうでしょ……!」
ゴォン!!
急激な温度変化を与えられた背は、フラッシュ蒸発が起こり、爆発が生じる。その勢いのまま、セトは吹き飛ばされた。
そして、吹き飛ばされる先にいるのは――――ホルス。
「この紛争を……終わらせる……!!」
「クソッ……!! ガキ共ォ!! 貴様の殺気には気付いているぞ!! 貴様の下に辿り着く前に、私は体勢を整え、貴様をそのまま斬り伏せて……!!」
キィン――――!
しかし、ホルスの姿は着地地点にはなく、瞬時にセトの眼前で剣を構えていた。
「忘れたか? 私の能力は、透明化だ……」
ザッ――――――!!
その僅かな音に、周囲の紛争も全てが止まり、一同はホルスとセトを眺めていた。紛争が終わる――――誰もがそう思った。
「マア……ト……?」
セトの身代わりに、ホルスに斬られたのは、マアトだった。
行方も、すぐに全てを察し、苦悶の表情を浮かべる。
「ダメだ、レイザー……。もう、反逆軍の勝ち筋は途絶えた……」
しかし、ホルスの溢れ出そうな涙よりも先に、大きな声を荒げたのは、セトだった。
「どうして……! どうしてだ……! マアト……!!」
普段ならば決して見せることのない涙に、斬り捨ててしまったホルスでさえ呆然としてしまう。
「貴方に……死んで欲しくなかった……。そして、ホルス……。君を、復讐者にしたくはなかったんだ……」
「私を庇うなど……!! そんなこと……!!」
「すみません……。お父様……」
マアト。紛争の主セトと、正義の主マアトの子供。母マアトは、紛争の地に息子を追いやりたくないとし、中央国の末端に住むことにした。
もう、戦闘意欲が削がれた様子のセトは、刀を無防備に投げ捨て、マアトを抱き締める。
「嫌だ……やめてくれ……。死なないでくれ……。マアトも兄も失った私から息子まで取り上げないでくれ……」
呆然と、ホルスも剣を落とし、涙を溢れさせていた。
しかし、再び空気の読めないトートが前に出る。
「あ、死なないっス」
「は……?」
すると、懐から小瓶を取り出し、丁寧にマアトの傷口へと注ぐ。マアトの傷はみるみる内に塞がった。
「トート……お前……。私を裏切ったんじゃないのか……?」
「いや、大星母の目的は誰も死者を出さないことっス。だから、決着が着いたらこの薬を使おうと思ってました」
全員が呆然と見遣る中、セトも落ち着きを取り戻し、生き長らえたマアトは歯を食い縛っていた。目の前に、ホルスが立ち塞がっているからだ――――。
「何故、貴様が命を張る必要があった……」
「元より、これが僕の正義だったんだ……。母マアトも同じ想いだった。民が死んでしまうことは、世界が流れていく上で仕方がない。でも、復讐者なんてものは何も生み出さない……」
「だからと言って、貴様が犠牲になることが正義なわけあるか……!!」
二人は睨み合う。行方が一歩、仲裁に入ろうとしたその時、
グサッ――――――
「は……?」
ホルスとマアトは、その光景に絶句する。行方も同様に、その言葉は制されてしまった。
「貴様……は……」
「ラスボスはお前なんかにゃ務まんねぇよ」
ニタリと笑う鬼の角を生やした男。ふと現れたかと思えば、その大きなトゲトゲの棍棒をセトに突き刺し、セトは背から大きな穴を開けて血を噴き出した。
コイツの正体は、行方とレイザーだけが知っていた。
「人形師の橙……!!」
「龍星群か……!? トート!! セト様の傷の手当てを……!」
ホルスが叫ぶが、トートもまた、青褪めた顔を浮かべ、ホルスは気が付いてしまった。
ここまでの大きな穴を塞ぐことはできないと――――。
「俺様の能力を好き勝手に使ってくれたなぁ! 行方行秋ィ!! ここにいる神族の末裔も、てめぇも、全員皆殺しだァ!!」
そう叫ぶと、赤いオーラを全身が放出させる。
(あの神族であるセトに気付かれず背後を取り、一撃で仕留めるほどの戦闘力……。不死の蒼と同等と考えていい……。しかし、異能が使えない今、そんな奴を相手になんかできない……)
行方が暗い表情で歯を食い縛る中、野太い咆哮を上げる。
「ウォォォォォ!! もう……この惑星の民は殺させん……!! 正義の名において……!!」
ゴォン!!
激しく刀を突き刺し、橙を吹き飛ばしたのは、瀕死のセトだった。
「やめてください、セト様……!! それ以上は……傷が……!!」
「私はもう助からぬ……。こんな私でも最期にできることは……妻と息子の想い、正義の名の下に、そして、この惑星の王として、この殺戮者と共に冥界へ行くことだ……。ホルスよ……暴君が迷惑を掛けたな……」
「セト様……!!」
しかし、そんなホルスの涙ぐむ声とは裏腹に、次の瞬間、セトの体内からは大量の橙が飛び出し、セトに留めを指した。
「俺様の能力はソイツを見て知ってるだろォ……? 無限に人形を創造できんだよ、バカが……。さあ、殺戮の始まりだ……!!」
そう言うと、数十人もの橙は同時に棍棒を振り上げる。




