21話 二人の主
一面の砂漠。ナツに飛ばされたファラオは、周囲を見渡すと、大太刀を鞘に納め、静かにナツと向き合った。
「ここは……ラムセスではないな」
「ここは私たちの故郷だよ」
ラムセスでなければ、セトから神能の一端を与えられたファラオは力を発揮できない。降参を示すかのように、朗らかな笑みを溢しながら大太刀を背に戻した。
「貴様にはきっと神能を駆使しても勝てなかっただろう。こんなところに連れてこなくてもよかったものを」
「それはやってみなきゃ判らないさ」
ふん、と笑みを溢すと、ファラオはそのまま砂漠の大地に横たわる。
「生まれて初めてだ、敗けてしまったのは」
清々しい顔で笑むファラオに、ナツはゆっくりと近付き、同じ快晴を見上げた。
「別の惑星でも、空は変わらぬのだな」
「この惑星とラムセスは同じような想いで創られたからだと思うよ。真に平和を願って――――」
「というと、貴様の正体は神族なのか?」
「いいや、私は神族によって生み出された。恐らくは、君と同じような存在だ。アキくんやレイザーと違う点を挙げるとすれば、私は何度も自分の意思で輪廻転生をしている」
「冥界の主によって介されていないのか……?」
「そうだね。冥界とか、あの世と呼ばれるようなところに行ったことはない。いつか行ってみたいものだね」
遠い空を見上げながら、小さく鼻息を溢す。
「貴様も……神族からの業を背負っているのだな……」
「君の業はなんだい?」
「敗けぬことだ。オシリス様が国政を敷いていた頃より、私は兵士たちの番人。紛争の中枢を担っている」
「そうか。なら……打ち負かせてよかった」
そう言ったナツの横顔を見遣り、ふっとまた笑った。
「これは独り言だ」
そうして、青い空の下、ファラオは口を開く。
「セト様は決して罪人ではない。オシリス様が公で国政を敷いてはいたが、セト様もまた、同等な主であった」
「最初から王は二人いた……ということだね」
「しかし、増えた人口に、オシリス様は冥界へ正しく導く仕事もされていた。セト様は元より告げていたのだ。『民が死なぬ国政をしなければ死者は増え続ける』と」
「それで、セトは中央国以外の熱心な国政を敷いた。だから現在の中央国が栄えることができた」
「貴様は何でも見通せるのか……?」
「ホルスやイシスの話を聞いた上での推察だよ。今、君の話を聞いて答え合わせをしているところだ」
そうして、ナツはニコッと微笑む。
「ふっ、底知れぬ男だ。まあ良い。そして、いつしかお二人の溝は誰にも止められぬ亀裂となった。セト様は以前より暴君なところが見られる。その為、争いになってしまうと踏んだオシリス様は、自らの神能、『死者を導く力』をイシス様に託し、自らの意志で冥界の国へと行ったのだ」
「殺されたわけではなかった……。ふむ、これは予想外だった。いや、そう考えると納得できることもあるな……」
「オシリス様は最初から王権を譲渡するつもりだった。しかし、何も告げずに冥界の国へ行き、力さえもイシス様に委ねてしまった真実が、セト様を苦悩させた」
「自分は期待されてはいない。受け継いだ血、ホルスに王権を渡されたのだと誤解してしまった――――」
「そうだ。そこから始まったのが、オシリス様を崇拝する者の迫害だった。噂はすぐに吹聴され、セト様は暴虐の徒と呼ばれることになる。しかし、セト様もオシリス様と同様。その時に理解してしまったのだ。一人の力では支えられる者の限界があるということを」
話を訊きながら、ナツはタバコに火を点ける。しかし、何度もゲホッ、ゲホッと咽せてしまう。
「貴様、そういった嗜好品はラムセスにもあるが、慣れないのならやめるべきだぞ」
「まったく、ラムセスの人はみんなお堅いな。折角の人形の身体なんだ。依存性もないのだから試してみたいのさ」
その言葉にファラオはハッとした顔を示す。
「あのお二人も……もっと早くに貴様と出会えていたら……また違った運命を歩んでいたのかもな……」
「君にも前に伝えたことだが、試行し、錯誤し、研鑽することでしか判らないこともある」
「正に……ラムセスに今一番必要なことかも知れんな……」
ファラオは片手を差し出す。ナツは静かに笑みを浮かべ、黙って煙草を手渡した。ナツと同じように、数回咽せた後、深く煙を肺まで送り込む。
「私には合わんな。頭がフラフラする」
「ニコチンと呼ばれる物質が含まれているんだ。恐らく、ラムセスには無いものだろうね」
そうして、クスッとナツは笑い、再び煙草を吸うと、白い煙を青い空に吐き出した。
「君は、敗けるつもりでいたんだろ?」
「どうしてそう思う?」
「主君を救う為、民を想う為、かな……」
黙りこくるファラオ。その顔を覗き込み、
「私も同じだったからだよ」
そう言って、裏のない笑みを浮かべた。
*
ホルスは、意を決してセトへと斬り掛かる。透明化を巧みに戦術に挟むが、セトは全てを見切っていた。
「甘い……。甘すぎる……。貴様の飯事のような神能は私には通用しない……!!」
ギリギリと刃が交じり合う中、後方から行方とレイザーは再びセトへ強襲を掛ける。
「そのまま抑えていてくれ……!! ホルス……!!」
ガァン!!
しかし、ホルスはそのまま力任せに吹き飛ばされ、行方、レイザーに叩き付けられる。
「コイツ……強すぎ……。攻撃当たる気しないんだけど……」
普段、飄々としているレイザーにも汗が滲んでいた。しかし、行方は予想通りと言わんばかりに向かい合う。
「相手しているのは僕たちの世界でいう神だ。僕たちに多少力が付いたくらいで敵うとは思っていない」
「ふぅん……」
レイザーはナツを思い出しながらジト目で行方を見る。
「で、何を企んでるの? お弟子さん?」
「僕は神族であるアテネを身体に宿していた。だから判る。いくら神とはいえ、それは僕たちの地球が見えないものに伝説や希望を持って崇拝していた形なだけで、結局は凄い力を持っているだけの種族のことだ」
「でもその種族の力が圧倒的すぎるから困ってるんだけど。さっきの神能? とか呼ばれる、同等みたいな透明化すら見切られてたのに、下手な小細工は通用しないと思うよ」
「あぁ、だから……」
行方はニタリと笑う。
「神をも驚かす策を取ればいい……!」
*
コツコツと鳴り響く足音は、どこか足取りが悪い不規則な音で鳴り響く。その正体にマアトは気付いていた。
「どうしてこんなところに来たのですか……? イシス様……。お身体に触ってしまいます……」
「ふふ、なんと病は治ったのよ。トートのお陰でね」
「トートが……!? それは……よかった……。何十年と研究されていても治らない病気を治してしまうなんて……」
「どうやら、トートは宇宙に出て、宇宙中の秩序を守るお仕事をしているそうよ」
「トートが秩序を……。だから裏切りを……」
そう言いながら、イシスはマアトの手枷を外す。
「何をしているんですか!? やめてください!!」
しかし、鋭い目付きでイシスは向き合う。マアトは、その眼力に威圧され、少しだけ震えてしまう。
「貴方のお母様はとても強い人よ」
「母と僕は違いますから……。僕は母の名の下に正義を遂行すべきだったのに……今では裏切り者の汚名まで着てしまいました……」
パシン!!
やさぐれ、諦めた表情を浮かべるマアトの頬を、イシスは強く叩き付ける。暫くちゃんと食事を摂れていなかったマアトは、勢いのままに倒れ込んだ。
「その言葉……貴方のお母様の墓石の前でも同じことが言えるの!?」
「言えますよ……!! だって母が……イシス様に病をうつしてしまった張本人なのですから……!!」
恐らくマアトは、再び叩かれることを予期し、イシスの腹部まで顔を上げていた。しかし、そんな涙ながらに声を荒げるマアトを、イシスはそっと抱き締めた。
「正義は貴方自身で決めなさい。それが誤りだったとしてもきっと、真の正義を理解する時が来るわ」
マアト――――正義の女神と呼ばれたオシリスやセトの建国を手伝った神族。名を継いだマアトの母。




