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錬金術駄菓子と浮遊ハプニング

 異世界『アルテミスフィア』に飛ばされ、王都での大騒動もなんとか乗り越えて、俺、甘露寺蜜夫はようやく愛する市場の街へと帰還した。駄菓子屋『甘露寺商店』も無事に営業を再開し、子供たちの笑顔に囲まれる日常が戻ってきた。…まあ、俺のポンコツスキル【駄洒落召喚】が相変わらず健在なので、平和なだけとは言い難いが。


 その日も、店の軒先には元気な子供たちが集まり、新入荷の駄菓子(王都で少しだけヒントを得て改良した『ちょっぴり高級風フルーツ餅』だ)に目を輝かせていた。


「蜜夫の兄ちゃん、このキラキラするお餅、美味しい!」

「だろ? 見た目だけじゃなくて、味もちょっとリッチなんだぜ」


 そんな和やかな昼下がりの空気を破って、一人の少年が息を切らせて店に飛び込んできた。錬金術師見習いのアル君だ。その目は興奮で爛々と輝いている。


「み、蜜夫さん! つ、ついに…ついに完成しました! 僕の錬金術駄菓子、第一号試作品です!」


 アル君が、まるで宝物のように大事そうに差し出したのは、小さなガラス瓶に入った、虹色にキラキラと輝く不思議なグミだった。見た目は宝石のようで、子供たちから「わー、きれい!」と歓声が上がる。


「これは『プリズム・チェンジ・グミ』です! 錬金術の安全な触媒を使って、一時的に髪の色を好きな色…じゃなくて、ランダムで変化させる効果があるんです! もちろん、食べても体に害はありませんよ!」


 自信満々に説明するアル君。髪の色が変わるグミか…確かに面白そうだ。


「へぇ、すごいじゃないか、アル君! まさに錬金術師ならではの発想だな!」

「えへへ、ありがとうございます! …ただ、その…あくまで試作品なので、もしかしたら効果が不安定だったり、予期せぬ副次効果が出る可能性も、ゼロではないかもしれませんが…」


 アル君が後半、急に歯切れ悪く付け加えた。おいおい、大丈夫か? 副次効果ってなんだよ。俺のスキルほどじゃないだろうけど、一抹の不安がよぎる。


 だが、子供たちの好奇心は止められない。一番元気な男の子、トムが早速手を挙げた。

「俺、食べてみたい!」

「あ、トム! ちょっと待っ…」


 俺の制止も間に合わず、トムは虹色のグミを一粒、パクリと口に放り込んだ。もぐもぐと数回噛むと、トムは目を丸くした。


「うわ! 本当だ! 俺の髪、緑色になったぞ! すげー!」


 トムの茶色い髪が、鮮やかな緑色に変わっている。他の子供たちも「ほんとだー!」「かっこいー!」と大興奮だ。アル君も「やりました!」とガッツポーズ。


 …と、成功に安堵したのも束の間。


「あれ?」


 緑髪になったトムが、きょとんとした顔で自分の足元を見た。そして、次の瞬間、彼の体が、ふわり、と地面から浮き上がり始めたのだ!


「え? えええ!? な、なんで!? 浮いてる!? 止まらないよー!」


 トムは手足をバタつかせるが、体はゆっくりと上昇を続け、あっという間に俺たちの目線の高さを超えていく。


「なっ!? アル君! 髪の色が変わるだけじゃなかったのか!? 副次効果ってこれかよ!」

「ぼ、僕にも分かりません! こんな効果は想定外です! レシピを間違えたのかな!?」


 俺とアル君はパニック状態! 店の中にいた子供たちも「トムが飛んでるー!」と大騒ぎだ。まずい、このままじゃトムが店の天井に頭をぶつけちまう! なんとかして降ろさないと!


「(やばいやばいやばい! どうする!? 捕まえようにも届かない! 何か長い棒…いや、それより重りだ! トムの足に何か重いものを結びつけるか!? いや、どうやって!?)」


俺の頭はフル回転するが、有効な手立てが思いつかない。焦りと緊張で心臓がバクバクと早鐘を打ち、嫌な汗が噴き出してくる。まずい、このままじゃトムが天井に!


「くそっ、どうすれば…! 何か【重石おもし】になるようなものを…! 急がないと! おい、トム! 冗談みたいに浮いてないで、なんとかしろ! 全然【面白い(おもしろい)】状況じゃないんだぞ!」


俺は必死に叫んだ。ただ状況を打開したくて、浮いているトムを叱咤しただけだ。駄洒落なんて言ってるつもりは、毛頭ない!


ピキーン! (…だが無情にも! 俺の脳内で、発した言葉に含まれる特定の響きをトリガーに、スキルが勝手に起動したような鋭い音が響いた!)


「えっ!? まさか今の言葉で!?」


脳内判定『評価:必死の叫び! だが「重石」と「面白い」の響きを検知! 意図せざる駄洒落成立と判定! 状況とのシンクロ率も考慮し…中評価!』


勝手に判定するな! しかも中評価!?


直後! ガタッ! ゴトッ!


 俺たちのすぐそば、店の壁際に立てかけてあった、ゲルトさんから「邪魔だから重石代わりにでも使っとけ」と半ば押し付けられていた、やたらと重たい石臼(なぜ駄菓子屋の作業場にこんなものが…?)が、突然バランスを崩して倒れてきた!


「うわっ! 危ない!」


 石臼は、浮いているトムの真下…ではなく、ほんの少しズレて、トムの真横の床に、ゴトリ!と鈍い音を立てて落下した! 床板がミシリと音を立てて少しへこむ。危うく大惨事になるところだった…って、これじゃトムは助からないじゃないか!


 …と思いきや!


 石臼が倒れた衝撃で、その近くに山積みになっていた軽い麩菓子の袋が破れ、大量の麩菓子が宙に舞い上がったのだ! ふわふわと漂う大量の麩菓子が、なぜか天井近くまで浮いていたトムの体に次々と吸い寄せられるようにくっつき始め、あっという間にトムは巨大な麩菓子ダルマのような状態に!


「うわー! くすぐったいよー!」


 そして不思議なことに、大量の麩菓子がまとわりついたことで、トムの上昇がピタリと止まったのだ! まるで、麩菓子が浮力を相殺したか、あるいはクッションの役割を果たしたかのように! そして、そのままゆっくりと、安全な速度で下降を始めた。


「おおっ!? 助かった…のか?」


 トムは、麩菓子まみれになりながらも、無事に床へと着地した。髪の色も、いつの間にか元の茶色に戻っている。


「ご、ごめんよトム! 怪我はないかい!?」アル君が駆け寄る。

「うん、大丈夫! でも、麩菓子が口に入っちゃった…もぐもぐ…あ、これ美味しい!」

 トムはケロリとした顔で、自分にくっついた麩菓子を食べ始めた。…たくましい奴だ。


 俺は、床のへこみと、部屋中に散らばった麩菓子を見て、深いため息をついた。

「はぁ……。やっぱり、平穏な一日なんて、俺には訪れないのか……」


 子供たちは、一連の騒動を「面白かったー!」「トム、空飛べてずるい!」とアトラクションのように楽しんでいた。まったく、子供ってのは…。


 ちょうどその時、店の入り口に優雅な人影が現れた。

「…また、何か騒ぎを起こしていますの? あなたがいると、どうしてこう次から次へと…」

 呆れたような、しかしどこか楽しんでいるような表情で立っていたのは、視察(という名の息抜き)に来たらしいシルフィだった。


「いや、これはその、アル君の発明品の実験でちょっと…」


「言い訳は結構ですわ。それより、床の傷と、この散らかった麩菓子…後片付け、手伝って差し上げますわよ? もちろん、『研究のため』ですけれど」


 シルフィは、ふふん、と得意げに鼻を鳴らすと、どこから取り出したのか、小さな箒とちりとりを手に、率先して散らかった麩菓子の掃除を始めた。その姿は、侯爵令嬢(いや、今は当主か)らしからぬ手際の良さだが、本人はあくまで「市場の衛生環境調査の一環」というポーズを崩さない。素直じゃないなぁ、まったく。


「す、すみません、シルフィエット様! まさか掃除まで…!」

 アル君が恐縮して慌てている。

「気にすることはありませんわ、アル。あなたの発明自体は興味深いものでしたし…まあ、結果的に人一人を天井送りにしかけましたけれど。失敗は成功の母と言いますし、今回のデータを元に、より安全で楽しい『錬金術駄菓子』を開発なさいな」

「は、はい! 必ず…!」


 アル君はシルフィの(少し上から目線な)励ましに感激したのか、目を輝かせて頷いている。単純でよろしい。

(それにしても、シルフィが掃除か…なんか新鮮だな。様になってるけど、やっぱりちょっと違和感が…いや、ありがたいんだけどさ! 侯爵家当主に店の掃除させちゃってる俺ってどうなんだ!?)

 俺は内心でツッコミを入れつつ、自分も大きな箒を手に取る。アンナさんも、いつの間にか濡れ雑巾を手に、床の汚れを拭き始めていた。仕事が早すぎる。


「しかし、蜜夫。あなたの周りは本当に騒動が絶えませんわね。先ほどの奇妙な発言といい、あの重そうな石臼が突然倒れてきたことといい…偶然にしては出来すぎていますわ」

 掃除をしながら、シルフィが訝しげな視線を向けてくる。やっぱり、俺のスキルに気づき始めてるよな、絶対。


「い、いやぁ、偶然だって! 俺もびっくりしたよ! まさか、あんな重い石が倒れてくるとはな! ま、結果的にトムが助かったんだから、結果オーライってことで!」

 俺は必死に誤魔化す。スキルが原因で麩菓子ダルマにして助けた、なんて言えるわけがない。


「おーい、俺たちも手伝うよー!」

「麩菓子拾い、競争だ!」

 さっきまで騒いでいた子供たちも、楽しそうに掃除に参加し始めた。…まあ、半分くらいは遊び感覚だろうけど、助かるのは確かだ。


 みんなでワイワイと後片付けを進めるうちに、店の中はようやく元の姿を取り戻しつつあった。床のへこみは…まあ、ゲルトさんに相談するか。あの人なら、文句を言いながらも直してくれるかもしれない。


 片付けが一段落し、俺が新しいお茶を淹れていると、シルフィがふと、俺の顔をじっと見てきた。

「…あなたも、少しは懲りた方がよろしいのではなくて? いつまでも、そんな調子で騒ぎばかり起こしていては、その…心配、ですわ」

 後半、少し声が小さくなり、視線が泳ぐ。


「え…?」

 不意打ちのデレ!? いや、単なるお説教か? でも、「心配」って言ったよな?

 俺は、ドキッとしてシルフィの顔を見返したが、彼女はすぐにプイッと顔を背けてしまった。

「か、勘違いしないでちょうだい! あなたが問題を起こせば、わたくしの『研究』にも支障が出るかもしれない、と言っているだけですわ!」

 うん、通常運転に戻った。でも、今の言葉はちょっと嬉しかったな、なんて。


「…蜜夫様、床の修繕につきましては、後ほど懇意の大工に見積もりを取らせます。請求書は蜜夫様宛でよろしいですね?」

 いつの間にか背後に立っていたアンナさんが、完璧な微笑みで現実的な提案をしてきた。はい、俺宛てで結構です…。


 結局、アル君の『プリズム・チェンジ・グミ』は、浮遊効果の原因が特定され、安全性が確保されるまで、販売は見送りということになった。アル君は少し落ち込んでいたが、「次は絶対に安全で、もっと面白い効果の錬金術駄菓子を作ってみせます!」と、すぐに研究への意欲を取り戻していた。その純粋な情熱は、応援したくなる。


 日が傾き始め、子供たちも家に帰り、市場の喧騒も少しずつ落ち着いてくる。シルフィとアンナさんも、領地での仕事があると言って帰っていった。

「それじゃあ、蜜夫。また『視察』に来ますわ」

「おう、いつでも来いよ!」

 見送る俺に、シルフィはちらりと振り返り、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。


 ふぅ、と一息ついて、俺は店のカウンターに座る。

 相変わらずドタバタした一日だったけど、まあ、これも日常か。

 俺は、今日の騒動の発端となった虹色のグミの瓶を手に取り、まじまじと眺めた。


「錬金術駄菓子、か。どんな味がするんだろうな」

 好奇心に負けて、一粒だけ口に放り込んでみる。…うん、普通に美味しいフルーツ味だ。髪の色は…変わらないみたいだな。


 そう思った矢先、アル君が帰り際に呟いていた言葉を思い出した。

「そういえば、あのグミ、低確率ですけど、食べた人の体がほんのり光るっていう、隠し効果も仕込んでみたんです。ロマンチックかなって…」


 ……まさかな。


 俺は、何気なく自分の手を見た。

 気のせいか、ほんの一瞬だけ、手のひらが淡い虹色にキラッと光ったような……?


「……いやいや、気のせいだよな。疲れてるんだ、きっと」


 俺は苦笑いして、店のシャッターを下ろす準備を始めた。

 明日もまた、きっと何か騒動が起こるだろう。でも、それが俺の異世界駄菓子屋ライフだ。


 さあ、明日も笑顔で、駄菓子を届けよう。どんなハプニングが待っていようとも。

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