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エルフの珍客と、静寂(しじま)の駄洒落

 市場の街に戻ってきてからの日々は、比較的穏やかに過ぎていた。いや、俺の【駄洒落召喚】スキルが相変わらず健在なので、完全に平穏とは言えないが、少なくとも王都での騒動のような命懸けの展開は(今のところ)ない。今日も今日とて、駄菓子屋『甘露寺商店』は子供たちの笑顔で賑わっている。


 そんなある日の午後、店の入り口に、ふわりと風に乗るようにして、数人の人影が現れた。尖った耳、整った顔立ち、そして纏う雰囲気からして、彼らが森のエルフであることはすぐに分かった。以前、市場の露店や王都での戦いで見かけた顔もいる。


「こんにちは、甘露寺蜜夫殿。我々は、森の民の使者として参りました」


 リーダー格らしい、涼やかな目元をした若い男性エルフが、静かに、しかし丁寧な口調で挨拶をした。彼の名はフィン、確か王都でも見かけたはずだ。彼の後ろには、同じく若いエルフの男女が数人控えている。皆、自然素材で作られたであろう、機能的で美しい服を身に纏っている。


「これはこれは、エルフの皆さん。ようこそいらっしゃいました! 先日の戦いでは、本当に助かりました。改めてお礼を言わせてください」

 俺は慌ててカウンターから出て、深々と頭を下げた。彼らの弓術がなければ、あの戦いはもっと厳しいものになっていただろう。


「礼には及びません。我らは森の秩序を守るため、為すべきことをしたまで。それよりも、本日は貴殿との間に、正式な交易を結びたく参上した次第です」

 フィンは淡々と言う。後ろに控えるエルフたちも、静かに頷いている。王都の一件を経て、俺の駄菓子だけでなく、俺自身にも興味を持ってくれたのかもしれない。


「交易、ですか? もちろんです! 大歓迎ですよ! ささ、どうぞ中へ。お茶でも飲みながら、ゆっくり話しましょう」


 俺はエルフたちを店の中に招き入れた。子供たちは珍しいお客さんに興味津々だが、エルフたちの放つ独特の静謐なオーラに気圧されたのか、遠巻きに見ているだけだ。


 フィンたちはお茶を礼儀正しく受け取ると、早速、俺の店に並んでいる駄菓子に目を向けた。特に、キラキラと光る金平糖や、ビー玉が入ったラムネ瓶に、隠しきれない好奇の色が浮かんでいる。


「失礼ながら、蜜夫殿。いくつか伺いたいことが」フィンが口を開いた。「この『こんぺーとー』と称される菓子は、なぜこのような多角形の形状を? まるで星の欠片のようですが、自然の結晶とは思えません」

「ああ、それはですね、砂糖の蜜を何度も何度もかけながら、時間をかけてゆっくり結晶を育てていく、特別な製法なんです。根気と丁寧さが大事でして」

「なるほど、人の手で星の形を…興味深い。では、こちらの『らむね』という飲料は? このガラス瓶の中に、なぜこのような滑らかな玉が封入されているのです? どうやって中に?」

「あー、それはですね、瓶を作る工程で…いや、日本の企業秘密でして…」

 つっこむな、そこは! 俺だって知らないんだよ!


 フィンの質問は、エルフらしく非常に詳細かつ論理的だ。俺は知っている限りの知識(と、若干のごまかし)で答えるが、彼の真面目すぎる探求心に、少しだけタジタジになる。他のエルフたちも、静かに俺たちのやり取りを聞いている。黙っているのに、ものすごい集中力でこちらを見ているのが分かる。うわ、なんか独特のプレッシャーがあるな…。


 一通り駄菓子の説明が終わると、いよいよ本題の交易交渉に入った。フィンは懐から羊皮紙の巻物を取り出し、森の特産品(希少な薬草、美しい木材、魔力を帯びた鉱石など)のリストと、希望する駄菓子の種類、そして交換レートの案を提示してきた。


「我らが森で採れる『月光草』は、傷の治癒に高い効果があります。これ一束に対し、貴殿の『こんぺーとー』を小袋で三つ、というのはいかがでしょう?」

「ふむふむ、月光草ですか…ありがたいですね。でも、金平糖も作るのに結構手間がかかってまして…三つはちょっと厳しいかなぁ。二つじゃダメですか?」

「二つですか…。しかし、月光草の薬効を考えれば、三つが妥当かと。では、代わりにこちらの『風読みの木の実』はいかがです? 天候予測に役立ちます。これなら小袋一つと交換で」

「風読みの実!? それはすごい! でも、俺、天気予報見れないしなぁ…」


 交渉は穏やかに、しかし互いに譲らず、平行線を辿り始めた。エルフたちは基本的に欲がないように見えるが、自分たちの産物の価値はしっかり理解しているようだ。フィンは冷静沈着に、論理的にこちらの提案の不備を指摘してくる。


 工房の中は、交渉が始まってから、さらに静けさを増していた。市場の喧騒が嘘のように遠く聞こえる。エルフたちは皆、黙って俺とフィンを見つめている。息遣いすら聞こえないような、張り詰めた静寂。それが、妙に俺の心をざわつかせる。


(うわー…気まずい! なんか、すごい静か! 息が詰まる! ちょっと休憩とか言えない雰囲気だし…! 何かこう、場が和むようなこと言わないと…でも、エルフ相手に変なこと言ったら絶対ダメだよな…怒らせたら森に連れてかれて、木の肥やしにされるとか…いや、それは無いか? でも、慎重に、慎重に言葉を選ばないと…!)


 俺はプレッシャーに耐えきれず、引きつった笑顔で口を開いた。場を和ませる、当たり障りのない世間話のつもりだった。


「いやー、しかし、こんなに【静か(しずか)】だと、なんだか落ち着かないですね! まるで、時間が止まったみたい…いや、この【静寂しじま】の中で、何か大きな決断を【支持しじ】されてるような…そんなプレッシャーを感じますよ、ははは…」


 しまった! やっぱり変なこと言った! 支持されてるって何だよ! しかも全然面白くない!


 俺が内心で頭を抱えた瞬間!


ピキーン! (脳内で、静寂を切り裂くような鋭い音が響き、スキルが強制起動した!)


「うわっ! 今の冗談が駄洒落判定!? しかも支持って言葉まで拾ったのか!?」


脳内判定『評価:場の空気を読んだ(?)発言! だが「しずか」「しじま」「しじ」の音韻を検知! 強制的に駄洒落成立と判定! 静寂系&サポート系(?)ハプニングを実行! 中評価!』


 やっぱりか! しかもサポート系ってなんだよ!


 直後、まず工房内の空気が一変した!

 フッ…と、本当に全ての音が消え去ったのだ。今まで微かに聞こえていた外の市場の音、風の音、俺たちの衣擦れの音、呼吸の音さえもが、完全に遮断された! まるで、世界から切り離されたかのような、絶対的な静寂が支配する!


「……!?」

 フィンをはじめ、エルフたちがわずかに目を見開く。俺もアル君も(いつの間にか様子を見に来ていた)息をのむ。静かすぎる!


 そして、その異常な静寂の中、さらなる異変が起こる!

 俺の隣に立っていた、フィンと同じくらい若い、綺麗な女性エルフ(確かリアと名乗っていたはずだ)が手にしていた、交易品のリストが書かれた巻物が、ひとりでにパラパラと広がり始めたのだ!


「きゃっ!?」

 リアが小さく声を上げる。広がった巻物は、ふわりと宙を舞うと、そのまま彼女の肩から胸元にかけて、まるでショールのように張り付いた! 上質なエルフの服の柔らかなラインが、巻物によって不自然に強調されている!


「なっ…! リア! 大丈夫か!?」フィンが声をかけるが、完全な静寂の中では音にならない。

 リアは顔を真っ赤にして、体に張り付いた巻物を剥がそうとするが、なぜかうまく剥がせない!


 さらに! その張り付いた巻物の余白部分に、流れるようなエルフの文字が、ひとりでにスルスルと書き加えられていくではないか!


『――追伸:上記の条件に加え、甘露寺蜜夫殿の提示した交換レート案を、我々は全面的に支持する。森の長老の承認印(代筆)――』


「な、なんですって!?」

 リアは、自分の体に張り付いた巻物に書かれた、ありえない追記を見て、さらに顔を赤くしながら絶句している!


 その瞬間、工房内の音が一斉に戻ってきた! 市場の喧騒、風の音、俺たちの荒い息遣い…。


「…ふぅ。一体、何が…?」フィンは周囲を見回し、状況を把握しようとしている。そして、リアに張り付いた巻物(まだ剥がせないらしい)と、そこに書かれた追記に気づいた。


「リア、その追記は…? 長老の承認印だと? いつの間に…いや、それよりも、蜜夫殿の条件を支持すると?」


 フィンは、俺の方をじっと見つめてきた。その目には、困惑と、そして何かを理解したかのような…いや、完全に誤解しているような光が宿っている!


「…なるほど。蜜夫殿。これが、貴殿が持つという『言葉の力』か。我らの周囲の空間を静寂で支配し、更には、長老の意思(という形)で我々の決定事項に介入するとは…。正直、驚きを禁じ得ない」

「え? いや、違うんです! あれは俺のせいじゃなくて、その、スキルが勝手に!」

「ふむ、謙遜なさるか。だが、我々は見た。貴殿の力の一端を。よかろう。その力に敬意を表し、そして巻物に示された『長老の意思』に従おう。貴殿の提示した条件で、この交易を正式に【支持】する」


 ええええええええ!?


 なんか、よく分からないうちに、俺に有利な条件で交渉がまとまっちゃったんですけど!? スキルのせい(おかげ?)で!


「あ、ありがとうございます…?」(これでいいのか!?)


 俺が戸惑いながらも礼を言うと、フィンは厳かに頷いた。他のエルフたちも、俺を見る目が明らかに変わっている。畏敬…いや、若干の恐怖も混じっているような…?


 そして、リアはといえば、ようやく体に張り付いていた巻物を剥がすことに成功したようだが、頬を染めたまま、ちらちらと俺の方を見ている。その視線は、以前のクールなものとは違い、羞恥と、それから…ほんの少しの好奇心?


 こうして、俺とエルフたちとの正式な交易は、俺の駄洒落スキルが生んだ盛大な誤解(と、ちょっとしたセクシーハプニング)によって、予想外の形でスタートを切ることになった。


 これから、エルフたちとの交流はどうなっていくんだろう? 駄菓子は彼らの森に受け入れられるのか? そして、リアさんのあの視線は…?


 新たな関係と、新たな騒動の予感が、市場の空気に混じって、俺の鼻先をくすぐった。

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