エピローグ:駄菓子屋は、明日も笑う
王都を揺るがした古代遺跡での激闘から、季節は少し巡った。
あの戦いの後、世界は大きな変化の時を迎えていた。ローゼンベルク侯爵とグスタフ卿の陰謀は白日の下に晒され、彼らが悪用しようとした古代の禁断技術…「失われた食の秘法」に関する記録や装置は、シルフィやエルフ、ドワーフ、そして良識ある錬金術師たちの厳重な管理のもと、再び深く封印されることになった。その危険な力を目の当たりにした今、誰もが力による支配ではなく、知恵と協力による平和な未来を望んでいたからだ。
侯爵とグスタフ卿は、その罪の重さから本来なら極刑も免れないところだったが、シルフィの温情ある計らいと、彼らが持つ(歪んではいたが)知識の有用性から、終身にわたる厳重な監視下で、限定的ながらも王国の復興と古代技術の封印管理に協力するという形で、罪を償うことになったと聞く。まあ、彼らが本当に改心したかどうかは、正直分からないけどな。
俺、甘露寺蜜夫はといえば、王宮から山のような褒賞や、果ては騎士爵位まで提示されたが、全部丁重にお断りした。俺は英雄になりたいわけじゃない。ただの駄菓子屋だ。だから俺は、慣れ親しんだ、あの市場の街へと帰ってきた。
俺の駄菓子屋『甘露寺商店』は、以前にも増して子供たちの笑顔で溢れている。王都での騒動を知った市場の人々は、俺のことを(少しだけ)英雄扱いしてくれるようにもなったが、基本的には相変わらず「駄洒落ばかり言ってる、ちょっと変わった駄菓子屋の兄ちゃん」として、温かく迎え入れてくれた。それが、俺にとっては一番居心地が良い。
シルフィは、ローゼンベルク家の若き当主として、領地の運営と、封印された古代技術の適正な管理という重責を担い、立派にやっている。以前よりもずっと大人びて、凛々しくなった彼女だが、時折「公式視察」と称して市場にやって来ては、俺の店でこっそり金平糖を買っていくのは、相変わらずだ。俺たちの関係も、以前より少しだけ、ほんの少しだけ、進展した…ような気がする。まあ、お互い忙しい身だし、焦らずゆっくりと、だな。
ゲルトさんは、菓子ギルドのまとめ役として、市場の菓子職人たちを引っ張っている。相変わらず頑固で口は悪いが、彼の工房からは、時折シナモンや、これまで使わなかったような新しい果物の香りが漂ってくるようになった。孫娘のクララちゃんは、今日も元気に俺の店に遊びに来て、「おじいちゃんの新作クッキーと、蜜夫兄ちゃんのラムネ、どっちも大好き!」と笑っている。
アル君は、王都の錬金術師ギルドで、メキメキと頭角を現しているらしい。古代技術や「レシピの断片」の研究にも関わりながら、彼が目指す「人々を笑顔にする錬金術」の道を、真っ直ぐに進んでいるようだ。時々送られてくる手紙には、新しい「錬金術駄菓子」の試作品のアイデアがびっしりと書かれていて、読むのが楽しみだ。
アンナさんは、もちろんシルフィのそばで、有能な侍女として彼女を支え続けている。市場で会うと、相変わらず丁寧な挨拶をしてくれるが、その目には「お嬢様に変なちょっかいを出さないでくださいね」という鋭い光が宿っている…気がする。
ドワーフたちは、古代遺跡での経験から新たなインスピレーションを得て、ますます物作りに熱中しているらしい。ボリン親方は、あの時召喚された巨大な貝殻(結局、数日後に光の粒子になって消えた)にいたく感動したらしく、「次はあの貝殻をも超える、最強の移動式駄菓子販売機を作る!」と息巻いているとかいないとか。
そして、女神ラムネ・フロート。彼女は、神界でクロノス・ギア先輩にこっ酷くお説教されたらしいが、結局「ま、結果オーライってことで! 世界救ったんだし、ボーナス査定でしょ!」と開き直り、なんとかバイトのクビは免れたそうだ。…あの女神、本当に懲りないな。まあ、彼女の「うっかり」がなければ、俺たちの物語も始まらなかったわけだが。「レシピの断片」のことも、今のところ特に問題は起きていないみたいだけど…まあ、それはまた、いつかどこかで語られる、別のお話かもしれないな。
そんな風に、世界は少しずつ変わりながらも、俺の日常は、あの市場の街で続いていく。
その日も、店の前のベンチで、視察(という名の休憩)に来たシルフィと並んで、新作の『虹色泡玉飲料』を飲んでいた。アル君の協力で作った、飲むと舌の色が安全に変わる、ちょっと楽しいラムネだ。
「…ふふ、子供騙しですけれど、なかなか面白い味ですわね。舌が緑色になってしまいましたわ」
シルフィは、少しだけ緑色になった舌をペロリと出しながら、楽しそうに笑った。初めて会った頃のツンとした表情とは比べ物にならないくらい、その笑顔は柔らかくて、太陽みたいにキラキラしている。俺の心臓が、温かいもので満たされていくのを感じる。
「だろ? 駄菓子は、こうでなくっちゃな!」
俺もつられて笑い返す。穏やかで、本当に幸せな時間だ。この笑顔を守るために、俺は戦ってきたんだな、としみじみ思う。色々なことがあったけど、今、こうして彼女と隣にいられる。それだけで、十分すぎるほどだ。
この気持ちを、ちゃんと伝えたい。でも、キザな言葉は似合わないし、緊張してまた変な駄洒落を言ってしまうかもしれない…。いや、でも、今なら言える気がする。俺の、本当の気持ちを。
俺は、シルフィの目を真っ直ぐに見つめて、少し照れながら、でも精一杯の心を込めて言った。
「シルフィ。俺、君と一緒にいると、本当に…【幸せ】だ」
あ…! 言えた! 俺、ちゃんと言えたぞ! しかも、駄洒落じゃない! 心からの言葉だ!
だがしかし! 俺の駄洒落召喚スキルは、そんな感動的な場面ですら、黙っていてはくれなかった! 俺の言葉に含まれる「幸せ」という響きと、高まった感情エネルギーに、過剰反応したらしい!
脳内判定『評価:最大級の幸福感情、検知! 言霊励起! …だが、駄洒落成分ゼロ! システムエラー発生! …やむを得ん、祝福モード(ロマンチック演出強化版)を実行! 効果対象:空間!』
祝福モード!? しかも空間に!? どうなるんだ!?
次の瞬間、どこからともなく、本当にどこからともなく、空から色とりどりの美しい花びらが、まるで祝福するかのように、俺たち二人の上に、ひらひらと大量に舞い降りてきたのだ! 甘い花の香りが辺り一面にふわりと広がる。
「まあ…! 綺麗…」
シルフィは、突然の花吹雪に驚きながらも、目を輝かせて空を見上げている。その美しい銀髪や白い肩に舞い降りた花びらが、彼女をさらに可憐に、そして幻想的に飾っている。その光景に、俺は思わず見惚れてしまった。
「な、なんだこれ…花なんてどこにも咲いてなかったのに…」
(…し、幸せだって言ったら、花吹雪が降ってきた!? しかも祝福モードって、こういうことかよ! ちょっと、いや、かなりロマンチックな雰囲気になっちゃってるじゃないか! スキル、お前、たまにはすごく良い仕事するじゃないか! …いや、でも、この大量の花びら、あとで掃除しないといけないのかな…やっぱり残念スキルか?)
俺が内心で、スキルへの評価を改めつつも、結局は現実的な心配をしていると、シルフィが花吹雪の中で、くすくすと楽しそうに笑い出した。
「もう、あなたといると、本当に退屈しませんわね。いつもいつも、驚かされてばかりです」
彼女はそう言うと、俺の頭についていた一枚の花びらを、そっと指でつまんで取ってくれた。その仕草と、不意に近づいた距離に、俺の心臓がドキンと大きく跳ねた。
世界は広がり、色々なことがあったけれど。
俺たちの日常は、きっとこれからも、こんな風に、ちょっとお馬鹿で、騒がしくて、時々変なハプニングが起きて。でも、そこにはいつも、駄菓子の甘い匂いと、仲間たちの笑顔と、そして隣にいる彼女の、とびっきりの笑顔がある。
異世界駄菓子屋『甘露寺商店』。
明日も元気に、笑顔満開で、営業開始だ!




