王都の闇、集う光
ローゼンベルク家の秘密の書庫からの脱出は、まさに命懸けだった。アンナさんの的確な誘導と煙玉、アル君の錬金術による目眩ましを駆使し、俺たちはなんとか追手を振り切り、王都の隠れ家へと戻ることができた。
しかし、息つく間もなかった。俺たちが書庫で真実を知ったことで、黒幕…ローゼンベルク侯爵とグスタフ卿は、もはや躊躇うことなく、その計画を最終段階へと進め始めたのだ。
王都の空が、にわかに暗い雲に覆われ始めた。それは自然現象ではない。王宮の地下深く、あるいは王都の地下に張り巡らされた古代のエネルギーラインから、不気味な紫色のマナが漏れ出し、空気を歪ませているのだ。街のあちこちで、原因不明の停電(魔力灯が消える)や通信障害(伝令鳥が混乱する)が発生し、人々は不安と混乱に包まれ始めた。
「始まったようですわね…父上たちの計画が」
隠れ家の窓から外の異様な光景を見つめ、シルフィが唇を噛み締める。
「記録によれば、古代の技術は、王都全体のエネルギー網を掌握し、人々の精神に干渉することすら可能にするとありました。おそらく、古代の力を完全に制御下に置くための、最終準備段階なのでしょう」
「精神に干渉…? まるで洗脳じゃないか!」俺はぞっとした。
その時、隠れ家の扉が激しく叩かれた。アンナさんが警戒しながら扉を開けると、息を切らせて飛び込んできたのは、王宮で俺に協力してくれていた下級役人の一人だった。
「蜜夫さん! 大変です! グスタフ卿が…! 卿が、王宮の騎士団の一部を掌握し、さらに、地下から召喚したという巨大な石の兵隊…ゴーレムを使って、王宮を制圧しました! 国王陛下も、おそらくは…!」
やはり、グスタフ卿が動いたか! しかもゴーレムまで! 事態は俺たちの想像以上に深刻化していた。
「父上も、きっとこの混乱に乗じて、ローゼンベルク家に伝わる【秘法】の最後の封印を解き、その力を完全に我が物にしようとしているはずですわ!」シルフィも顔面蒼白だ。
「このままでは、王都が…いや、この国そのものが、彼らの手に落ちてしまう…!」
絶望的な状況。だが、俺たちは諦めるわけにはいかない。…そう思った矢先、隠れ家の扉が外からドガン!と破壊され、グスタフ卿配下の武装した兵士たちが数人、雪崩れ込んできた!
「見つけたぞ! 異邦人とローゼンベルクの娘だ!」
「大人しく投降しろ!」
まずい! いきなりピンチだ! アル君とアンナさんが咄嗟に応戦しようとするが、相手は多勢。しかも、俺は戦闘能力ゼロ! 緊張と恐怖で、心臓が口から飛び出しそうだ! ああ、もうダメだ、スキルが来る…!
「うわっ! な、なんだお前ら! 俺たちの邪魔をするな! 【あっかんべー】!」
俺は、恐怖のあまり、完全に意味不明な、子供のような挑発をしてしまった! しかも、舌まで出して!
脳内判定『評価:幼稚! 挑発になってない! だが、意外性は抜群! 中評価!』
中評価!? あっかんべーで!? どういう基準だよ!
直後、突入してきた兵士たちに、奇妙なハプニングが襲いかかった!
先頭にいた隊長らしき男の【兜】が、なぜか勝手に後ろ前に回転し、視界を完全に塞いでしまったのだ!
「ぐわっ!? 前が見えん!」
続く兵士たちは、持っていた【剣や槍】が、まるで飴細工のようにぐにゃりと曲がってしまい、全く使い物にならなくなってしまった!
「なっ!? 武器が!」
さらに、別の兵士は、履いていたブーツの【靴底】が、突然ベロンと剥がれてしまい、派手に転倒!
「うわっ!?」
「「「…………え?」」」
兵士たちは、次々と起こる理解不能な武装解除(?)とアクシデントに、完全に戦意を喪失し、呆然としている!
(…え? え? なんだ今の!? 俺、「あっかんべー」って言っただけだよな? ……あ! もしかして! 「あっかんべー」の【『かん(冠)』】が兜に? 【『べー(棒)』】が武器(剣や槍)に? で、最後の【『ー』】…伸ばしたところが、ブーツの底がベローンって剥がれるのにかかってる…とか!? いやいやいや、無理がありすぎるだろ! 超こじつけ! でも、結果的に敵の武装がめちゃくちゃになってる! スキル、お前、たまにはグッジョブじゃないか! …やっぱり発想は斜め上だけど!)
俺は内心で、自分のこじつけ解説能力(?)に半ば感心しつつも、この千載一遇のチャンスを逃す手はない!
「今だ! 逃げるぞ!」
俺たちは、呆然とする兵士たちを尻目に、再び隠れ家から飛び出した!
王都の通りは、すでに混乱のるつぼと化していた。不気味な紫のマナが渦巻き、人々は怯え、逃げ惑っている。空からは、王宮の方角から飛来したと思われる、ガーゴイルのような不気味な魔物の影が見える。
「このままじゃ、街が…!」
「みんな、諦めるな! 俺たちには、仲間がいるはずだ!」
俺たちは、最後の望みを託し、これまで築き上げてきた全てのネットワークを使って、仲間たちへ救援を求めた。アンナさんが特殊な伝書鳩を飛ばし、アル君が錬金術の信号を発信し、俺も、ドワーフたちに作ってもらった秘密の通信機(駄菓子の空き箱に偽装してある)で、市場の街へ連絡を取った。
応答は、思ったよりもずっと早かった。
王都の城門が、内側から破られた。突入してきたのは、屈強なドワーフの戦士たち! 親方のボリンを先頭に、巨大な戦斧やハンマーを手に、王都に現れ始めたゴーレム軍団へと果敢に挑んでいく!
「蜜夫殿! 遅れてすまんな! この国の危機、我らドワーフが見過ごすわけにはいかん!」
空からは、緑の影が舞い降りる。森のエルフたちだ! 彼らは、王都に広がる不浄なマナの気配を感じ取り、森の守り手として駆けつけてくれたのだ。鋭い矢が、的確にゴーレムの弱点や、敵兵士の急所を射抜いていく!
そして、市場の街から駆けつけてくれたのは、ゲルトさんを筆頭にした、商人ギルドや菓子ギルドの面々だった! 彼らは武器こそ持たないが、バリケードを築いて市民の避難路を確保したり、食料や水を配給したりと、後方支援に奔走してくれている。
「ふん、異邦人の小僧に、いつまでも良い格好ばかりはさせておれんからな!」ゲルトさんは、相変わらずぶっきらぼうだが、その目には確かな闘志が宿っている。クララちゃんたち子供たちも、物陰から「蜜夫兄ちゃーん! 頑張れー!」と、必死に声援を送ってくれている。
さらに、アル君の呼びかけに応じ、錬金術師ギルドの良識派の研究者たちも駆けつけてくれた。彼らは、古代技術の暴走を食い止めるため、解析と対抗策の構築に協力してくれるという。
「師匠も、最後は『好きにしろ。ただし、死ぬなよ』と言ってくれました!」アル君は少し涙ぐみながらも、力強く頷いた。
王都の広場には、信じられない光景が広がっていた。駄菓子屋の俺を中心に、侯爵令嬢、侍女、錬金術師見習い、頑固な菓子職人、ドワーフ、エルフ、そして市場の商人や子供たち、王都の心ある人々…。身分も種族も立場も違う、ありとあらゆる人々が、共通の危機を前に、一つの場所に集結したのだ。
空はまだ暗雲に覆われ、敵の力は強大だ。だが、俺たちの心には、確かな希望の光が灯っていた。
「みんな…ありがとう!」
俺は、集まってくれた仲間たちの顔を見渡し、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
黒幕たちの野望を打ち砕き、王都を、そしてこの世界の未来を守るために。俺たちの最後の戦いが、今、始まろうとしていた。




