幼いころの思い出
微笑んだ父様は、私を見やると、
「トマスはお前にも会ったことがあるんだよ。小さなルーカスを連れて一度、ここに来たことがあるんだ」
「へえ、小さなルーカスはかわいかったでしょうね」
たぶん、魔法力が出現して相談に来たのかもしれない。
「お前もかわいかったんだが」
実に残念そうに私を見て嫌そうな顔になる夫婦二人。
もう慣れたけどね。
「あの、もうひとついいですか」
「ん?」
「ヘイウッドはシナイズ村の出身では」
ああ、とうなづいた父様と母様、私でルーカスに目をやる。
ルーカスは小さく「そうです」と一言。
「出身と言うか、母親と二人で移り住んできたんです。デブラという母と、ヘイウッド・サムナーとして」
ヘイウッドは見た通りのすらっとしたイケメンで、その時はまだ10代だったが、すでに村娘の視線の的だったらしい。
「僕はまだ10歳になるかならないかで、お兄さんのような存在だったんです」
流行り病が流行し、村でも多くの人が亡くなった。ヘイウッドの母も、ルーカスの父も。
そのあとすぐだったヘイウッドがいきなり村を出ていくと言った。
「どこへ行くの?」
「本当の家だよ」
そしてそのまま行方知れずになった。
「僕もあわただしく状況が変わっていきました。父に続いて母まで亡くなって。そんなときに男爵様が養子の話を持ってきてくださった。正直ありがたかったんです。魔力があったとしても学校にも通えなくては、いいところに就職はできません」
この町にくることになって嬉々として準備をしていたころ、どこで噂を聞いたのかヘイウッドがこっそりとルーカスを訪ねてきた。
そこで、ルーカスがサザランド男爵の隠し子であり、実の子としては認めず、村に追いやった。いままで散々虐げてきたが、実の娘があまりよろしくない状況らしく、それならとルーカスの存在を思い出し利用しようとしていると。
「よろしくない状況って」とつぶやく私に、父様も母様もこくこくとうなづいてる。
結局、嘘なわけだが、ヘイウッドの口車に乗ってしまったルーカス。
いきなり頭を下げた。
「すみませんでした。あんな話を鵜呑みにして、悪い考えを持ったまま、お世話になって」
頭を下げたままのルーカスの肩をつかんだ父様は、
「もういいから、ルーカス、君がそう思ったのも無理はない」
「そうよ、うまいこと吹き込まれて信じてしまったんでしょう? あなたを騙したヘイウッドさんの方が悪いわ」
母様も続けた。父様はルーカスを立たせると、
「いいかい、君はうちの親戚なんだ。私の弟の子供だ。だから何も遠慮することない、気にせずにいるんだ、わかったかい」
こくりとうなづいたルーカスを母様は背中を押してベッドに寝かせた。
「いいからもう少し休みなさい。疲れたでしょう?」
エマも部屋に戻りなさい、と言いつつ2人は部屋を出ていった。
しんとした部屋の中。
「じゃあ、私も」
「姉さん」
振り返ると、うつむいたルーカスが、
「……ありがとう」
と顔を上げた。
ああ、そうよ、ルーカス、あのかわいかった子だわ。
小さい頃のルーカスと会ったことがあると言われたが、その時の記憶はエマ自身のもので、記憶の中から出てきてはいなかった。だけど、ありがとうと言った今のルーカスと小さなルーカスが重なった。その瞬間、あのときのことがダムの放流のように押し寄せてきたのだ。
「かわいくてかわいくて天使みたいだったわ!」
手を組んで天井を見上げる私を不審げに眉根を寄せるルーカス。
「まさか、小さい頃のことですか」
「そうよ! あなた、早く帰りたいってぐずっちゃって、私、何とか泣き止ませようと思ってお人形とか持ってきても全然だめで」
どうしよう。お父様とお母様はまだルーカスのお父さんと話し込んでいる。
泣き出しちゃったルーカスを笑顔にしないとと、お人形やぬいぐるみを渡そうとしたけど、いやいやするばかり。
こっちが泣きそうになったけど、そういえば、男の子たちは追いかけっこをして遊んでいた。
私はルーカスの手をとると、
「追いかけっこしましょう。私が鬼さんよ!」
と手を上げてルーカスを追いかけた。
びっくりして走り出したルーカスはいつしかきゃっきゃっと喜んで、そのまま二人で芝生に転がって大笑い。
メイドに頼んでクッキーとお茶を持ってきてもらい、ルーカスとおやつをしたのも思い出す。
にっこりと笑ったルーカスのかわいらしさったらなかった。
「そうでしたか?」
「そうよ! 本当に本当にかわいくて」
ごほんと咳払いしたルーカスは、
「それを言ったら姉さんもでしたよ」
「そお?」
ふうっと息をついたルーカスは、
「本当にごめんなさい」
とまた謝ってくる。
「いいのよ、もう」
「だけど」
うつむいたルーカスは、
「ヘイウッドに言われたことをそのまま信じてしまうなんて」
と悔やむようにつぶやいた。
そんなことを言っても、ルーカスにとっては幼馴染みであり兄のような存在だったのだから仕方ないことだ。
「ここに来ることを聞いて、逆に利用して家を乗っ取ってしまえ。それが亡くなった母のためでもあるんだと言われたんだ」




