アン嬢の秘密
「今日が休みでよかったけど、よかったけども」
こんなには無理よーっ!!!
学園の図書館にやってきた私は、早々に中庭に移動した。
「魔法の歴史から読み取る現魔法について」
まるで大学の教授が執筆した訳の分からない本のようなタイトル。
かなりな分量に死にそうだし、読んでても基礎がなってないから調べ調べで進みはしない。
「ああ、もっと簡単に書いたのないのかしら」
唸って頭を抱えていると。
座っているベンチの横に薄い本が置かれた。
「え? え? 何? 誰?」
薄い本を手にあたりをきょろきょろ。
「エマ様」
「え? あっ! アン様?」
ベンチから距離を取った場所にたたずんでいるのは生徒会で書記をしているアン・タルコット伯爵令嬢だ。
長い赤い髪をおさげにし、メガネをかけている。
「エマ様、それ、お勉強のお役にたつんじゃないかと」
「これ、アン様のですか」
そう言った私は薄い本の表紙をめくる。
そこには。
「うわあああああ……すごい」
かっこいいキャラクターが描かれている。しかも、4コマ漫画のようで、内容は。
「これ、魔法のキャラ」
この世界の魔法、火、水、木、土、金のキャラがそれぞれ擬人化されている。そして、水は木に強く土に弱い、という属性というか、どう影響を与え合うかを漫画で表している。
しかも、簡単な魔法の基本から、国の歴史のことまで。
「アン様! これすごいです! どこで買われたんですか?」
まさに漫画でわかる学習本だ。こんなのがあったなんて。もっと早く知りたかった。
たぶんに目をキラキラさせているであろう私にアンは恥ずかしそうにうつむくともじもじしている。
「アン様?」
「それ」
「はい?」
耳に手をやる私にアンは、口に手を当てる。
「私が……んです」
「ん?」
「私が、描いた、んです」
「えーっ!?」
描いたって、これを? 貴族のお嬢様が?
ペンと紙はこの世界にももちろんある。ってことは漫画だって描けるってことだけど。
「あなた、手塚先生ですか」
「はい?」
思わず拝んでしまうわ。前世で漫画好きだった私から見れば神様みたいなもんだ。
「本当に本当にすごいです」
と近寄りそうになって、あわてて足を止めた。
「アン様、気分わるくなったりは」
「ああ、呪いのことですか?」
ロザリンやベシーから聞いているらしい。アンは、うーんと唸ると、
「もしかしたらですけど」
と顔を手で覆うとこちらに向かって近づいてくる。
ベンチに座ってくださいと言われ、私が座るベンチまで来ると、端に座った。
「大丈夫ですか?」
こちらに顔を向けたアンは顔を手で覆ったままだったが、すっとその手を外した。
「え?! 待って、それはまずいかも」
気分が悪くなるか、眉が吊り上がり嫌悪感でいきり立つか。
だけど、アンは閉じていた目をそっと開いた。かけていたメガネはいつのまにか外されていて。
「アン、様?」
「……うん、大丈夫みたいです」
キラキラとした紫色の目はまるでアメジストのようでとても綺麗だ。それにこれは。
まさに少女漫画じゃないの!
眼鏡をはずしたら美少女だったなんて、王道パターン。
「アン様、とっても綺麗」
「え?」
口をあわあわさせたアンは顔を真っ赤にすると、
「そんな、なにを、エマ様の方がお綺麗です!」
手で赤い頬を押さえて必死だ。
こんなかわいい人だったんだ。生徒会は美女ぞろいね。
「私、目が悪くて、もしかしたら裸眼ならよく見えないし、エマ様の呪いも効きが悪いかもって思ってたんです」
「じゃあ、大丈夫ですか?」
「ええ、本当にすごく近寄らないとはっきり見えないんです」
かなりの近眼なのだろう。
眼鏡を見やるとレンズはかなり分厚い。これじゃあ、本来の目もこちらからはわかりにくいはずだ。
「でも本当にすごいですね。この本はアン様が描かれたんですよね」
「あ、はい、そうなんです」
薄い本ってまさになんですけど。
「こちらはどこかで発表とかされているんですか? 私、買いたいんですけど」
「いえ、そんなまさか、そんなことは」
よくよく見ると、印刷ではなさそうだ。
「ってことは一点物?」
「はい?」
「いえ、こちらのことです。けど、これは印刷して販売したらきっとヒットすると」
アンは「いえ、そんな」とますます顔を赤らめたが。
「あ、でも、お話の本なら数冊あるんです」
「印刷されたんですか?」
「はい、知り合いの方が懇意で作ってくださっ……あっ!」
赤くなった顔が今度は青くなる。
「い、今のはなしで」
「そんな、なしって。ご本を作られたんでしょう?」
つまり、アンは作り手、同人作家っていってもいいのかも。
「アン様、小説家になられるんですか?」
途端に目を見開いてこっちを凝視。
手をぶんぶんと横に振ると、
「そんなそんな、絶対無理です!」
「そんなことないですよ。この漫画形式のなんて、すごすぎだし」
いきなり立ち上がった私は空を指さした。
「アン様は、この道の祖となる人です!」
「え? え? まんが? そ?」
目をしばしばさせるアンの手をとった私は、
「とにかく、その道の第一人者になる人材ということです」
と力を込めた。が、あわてて手を放して距離をとる。
「ごめんなさい、大丈夫でした? 嫌悪感とか」
アンはふるふると首を振ると、
「大丈夫です」
そっと口角が上がる。
「こんなふうに言っていただいてとてもうれしいです」
なんて遠慮深いの。




