アンの願い
距離を取って座りなおした私は、
「私、本気で言ってますからね」
「ありがとうございます。あの、そちらの本はよかったら、お勉強に使ってください。今読まれてる本にも抵触した内容になってますから」
「そうなんですか?! アン様、本当にすごいわ。歴史がお得意なんですね」
いいえ、というアンだが、歴女で小説書きで、漫画まで。才能ってわからない。
赤くなっているアンに、
「何かお礼しないと、アン様、欲しい物とか何かありませんか?」
私としては、この本も世に売り出したいとこだけど。アンは、ちらりと視線を上げた。
ん?
「あの」
「はい」
「エマ様、ダンスパーティに出席されますよね」
「あー」
そういえば、そんな話になっていたような。
アンは、下を向いたかと思うと思い切ったように顔をあげた。
「エマ様、男装されるんですよね?」
「え、えーっと」
そんな話になってたっけ。
「それで、その時」
「あ、はい」
「一緒に」
「一緒に?」
行きましょうってことかな。
顔を突き出したアンは、
「踊ってください!」
と言い切るとバッと顔を下に向けた。
「踊る? 踊る、私と? ですか?」
アンはこくこくとうなづいた。
「でも、アン様、どなたか決まった方とか」
ううんと首を横に振る。
「男性からお誘いが」
またもや首を横に振る。
今までどうだった?
私になる前のエマのとき。
エマの周りには王子やその取り巻き、バーナード、フレディ、それにノアが取り囲むようにしていた。
ダンスパーティや夜会、いつも4人がエマの周りにいて、他の男性の視線をも集めていた。
そんな様子をカロリーナは冷静に見ていたが、カロリーナの取り巻きは嫌そうな目でエマを見ていた。
あれはロザリンやベシーたち。アンは? アンはあまりダンスに顔を出すことも少なかったんじゃないかな。見かけた記憶があまりない。
いつもおとなしい、前世の自分を見ているようなタイプな気がする。
あ、でも、あるパーティに出ていた。確か、ノアと何か話していたような。エマが王子とパーティ会場に顔を出すと、すぐにノアはこっちに寄ってきて。アンは口の端を曲げこちらをじっと見ていた。
「ああ……」
思わず頭を抱える私。
どう考えても、アンはノアのことが好きなんじゃないの?
タルコット家とホフマン家はどんなお付き合いがあるんだっけ? へたしたら小さなころからの決められた婚約者ってことだってあるだろう。
「エマ様? 大丈夫ですか? やっぱり無理ですよね」
バッと顔をあげた私は、距離をとりつつも、アンに真剣な目を向けた。
「アン様! ノア様とは?」
「ノア? ノア・ホフマンですか?」
うんうんとうなづいた私は、
「もしそうだったらごめんなさい! 私、ひどいことしてましたよね」
眉根を寄せ、首を傾げたアンは、
「それは、どういう……あっ、そういう」
とつぶやいたが、目を見開くと、
「違います、違います!」
と手をぶんぶんと横に振る。
「ノア様は小さなころから知ってはしますが、そのような仲ではありません」
「そうなんですか?」
「ええ、我が家とホフマン家は親同士が仲が良くて、昔から交流はありますけど。それだけです。それに」
「それに?」
上を見上げたアンは、
「ノアには好きな人がいるんです」
「好きな人?」
「ええ、名前もどちらの方かもわからないけど、人生で初めて一目ぼれしたお相手だとか」
「へえええええ」
あのノアがねえ。どちらかというと、良く言えば社交的、悪く言えばてきとーな感じがするが。あの明るさはムードメーカータイプともいえる。そんな一目ぼれを引っ張ってるなんて。しかも名前も何もわからないなんて。
「いったいいつのことなんです? 名前がわからないなんて」
肩をすくめたアンは、
「まだ物心つくかつかないかぐらい小さいころみたいですよ」
「へえ」
「とにかく、小さいときに出会って一目ぼれ、でもそれ以降会ったこともなく。人生の中で一番かわいい人だったそうです」
「はああ」
それはかなりいいように記憶を改ざんしてるような気もするが。幼少期ならかなりのインパクトだったんだろう。
「いわゆる初恋ってことですね」
「そうなんでしょうね」
かなり呆れているようだが、アンは顔を向けなおすと、
「それで」
「え? ああ、そうでしたね」
アンは前世の私と似たタイプ、ということは、ダンスパーティに参加するなら家にいる方がいいと思うだろう。だれか男性と、なんて考えられないだろう。ここは一肌脱がなくては。
「私なんかでよければ」
「え?! 本当に?」
頷く私にアンは「やった」と言うと、ぺこりと頭を下げた。
「エマ様、ありがとうございます」
ニコリと笑みを浮かべたアン。
まじで眼鏡外すと美少女なんですけど。アンが眼鏡をはずしたとこなんて見たことなかった。
あ、そうか、そうよ。
「ねえ、アン様、私の服はカロリーナ様が用意してくださるっておっしゃってるんです。アン様も一緒にお洋服を選んでもらえませんか?」
「え? いいんですか? もちろん!」
嬉しそうなアンと、買い物の約束を取り付けた。




