㉒
魔王としての責務、そんなもの、かつての私には存在しなかった。
ペットとして可愛がり、数が増えていくことを喜ぶ。
いつしか私はブリーダーから、コレクターへと変わっていたのかもしれない。
希少種に喜び、新種を開発すべく改造する。
私から見て、魔物とは間違いなくペットであった。
愛玩動物であり、それ以上でもそれ以下でもない。
でも、それは私の間違いだったんだ。
私の怒りに呼応し、共に立ち上がり戦ってくれた。
そんな彼らが、ペットな訳がないじゃない。
みんな私の仲間だったんだ。
仲間だったから、命を懸けることが出来た。
ううん、私のために、みんな命を懸けて戦ってくれたんだ。
「だったら、今度は私が命を懸けないと、ダメだと思う」
全魔族、全魔物の復活、でも、今度はアンデッドとしての復活だから。
人族には絶対に手を出さないようにする、魔物が魔物だけの世界にしてみせる。
「……アズ、君は、ロードメリアの世界に戻るつもりなの?」
勇者アルクの質問に、静かに頷きを返した。
この世界に残る魔物たちの為に、私は全ての大地を約束通り転送させる。
そして、勇者アルクとの約束の為に、ロードメリアの世界でも魔物を管理するんだ。
「全部の、約束を守るのは大変だけど、でも、私にしか出来ない事だから」
「……分かった、僕は君を信じるよ、アズ」
お腹に刺さっていた剣を引き抜くと、アルクは鞘に納める。
途端、お腹の激痛が嘘みたいに治まって、空いていた穴が塞がってしまった。
「この剣は悪しき者を断ち切る剣だから、正しい行いをしている者を斬ることは出来ない」
知らなかった、でも、それじゃまるで昔の私が悪者みたいじゃない。
思わず笑みがこぼれると、アルクも白い歯を見せて笑うんだ。
「いいよ、アズ、頑張っておいで」
親指なんか立てちゃって……初めてかもね、貴方の笑顔を見て、勇気づけられたのは。
でも、もうお腹は痛くない、魔力も『魔』も満ち溢れている。
全力で、全身全霊で、全ての約束を果たそう。
目を閉じて、数えきれないほどの仲間の為に。
『魔力反魂』
★
アズが魔法を切り替えると、それまで白一色だった世界に螺旋状に黒が混ざりこんできた。
少女の肉体を媒介した光の渦が、幾万の帯となってロードメリアへと旅立つ。
かつて、魔王アズモンデオには万を超える魔物が支配下にあったのだ。
人族の冒険者たちが戦い、勇者アルクが討伐した大小様々な魔物たち。
それらが一つ、また一つと息を吹き返しては、自分達の主の意思を感じていた。
『人族に手を出してはいけない』
絶対服従の魔法でもある魔力反魂。
ロードメリアの世界各地の魔物を蘇らせるも、彼らはすぐさま姿を消した。
いつか帰ってくる、魔王アズモンデオの命に従いながら、思い馳せ続ける。
事は、全て順調であるかに見えた。
魔物は復活し、三十を超える大地の転送も順次始まっている。
数多の観客が魔王アズモンデオの奇跡を目の当たりにしている最中。
アズは一人、戸惑いを隠せないままにいた。
何かがおかしい、これまでと何かが違う。
静かに従っていたはずの『魔』が、その本性を露わにし始めたのだ。
★
……これ、違う、『魔』の本質が、私の考えていたものと全然違う!
数えきれない程の人族の怒りや苦しみ、そういった拒否の集合体だと思っていたのに!
「アルク!」
「どうしたアズ、緊急事態か!?」
「ダメ! 『魔』が、『魔』じゃなかった!」
想像と違ったんだ、『魔』は拒否の集合体じゃない!
『魔』は、後悔の海のなか死んでいった、人族の『希望』であり『願い』だ!
希望だから、死してなお諦めきれなかったから、だから異世界に希望を託した!
「『魔』が『魔』じゃないと、一体どうなるんだアズ!」
「この人族たちの希望は、全部異世界にあるんだよ! この世界には夢も希望も持てずに死んでいった人族の願い、その全てが異世界を求めてしまっているの!」
「まさかアズちゃん、それって!」
聖女カナディは気付いたみたい。
でも、もうどうにもならない。
この『願い』は、異世界を求めている。
私の肉体を通して、自分達の願いを叶えようとしているんだ。
ううん、肉体を通してなんて、生易しいものじゃない。
私なんかどうなったってイイんだ。
だって、もう、肉体が崩壊を始めてしまっている。
「アズ! 今すぐ魔力転送を止めろ!」
「アズちゃん! 貴女このままだと消滅しちゃうわよ!?」
ダメ、もう止められない。
体の中の魔力も、ロードメリアの世界の魔力も、全部使っちゃってるから。
魔力転送と魔力反魂、皆に黙ったまま二つを求めた、私への罰なのかな。
また、失敗しちゃった。
失敗しちゃいけないのに。
「……やってくれたな、魔王アズモンデオよ」
「ドド、教えてくれ、この後一体何が起こるんだ」
「アルク、覚悟しておけよ」
ドドは空を見上げながら、一人つぶやいた。
「俺たちの世界が、異世界ロードメリアが、完全にこっちの世界にやってくるぞ」




