⑫
ドカッと音を立てながら、私の対面に座るアルク大臣。
大魔導士ドドはさっきの聖女カナディみたいに、私の真横に。
絶対に視線合わさないから、私は石です。私は石なんです。
「ドド、解除魔法」
「うむ、イレイズ」
ほわっと白い煙が私を包み込むと、それまでの束縛が一気に解除された。
という事は、喋る事もできる? でも、何も喋りたくないのですが。
「アズ、まさか君がオーガ族だったとは思わなかったよ。昨日のこと、覚えてるよね?」
私は石ですけど、昨日の事は覚えてます。
一日に二度も男に乱暴される日なんて、そうそうないでしょうし。
「返事はないか。とりあえず、君の返事を聞く前に、僕の誠意を見て欲しい」
僕の誠意? 視界の片隅でアルク大臣が何かしてる。
椅子から降り、両手両膝をついて、額を地面にこすりつける。
お、土下座だ。
「頼む、カナディに昨日のことだけは言わないで欲しい……ッ!」
「……え、え?」
「カナディは聖女なんだ、アイツがその気になったら嘘なんて一切通用しない」
嘘が通用しない?
どういうこと? って顔していたら、横で髭をジョリジョリしてたドドが教えてくれた。
「神聖魔法トゥルーアンサー、元々は宝箱の罠を回避する為の魔法だったのに、設置者の悪意を見抜くという部分を応用し、嘘発見魔法に変えてしまった。末恐ろしいエルフ族の娘だ」
「そういう事なんだ、しかもアイツは僕に完全に惚れている。しかし捻じ曲がった狂愛なんだ。昨日のことがカナディにバレたら僕は殺される、間違いなく殺される、既に何回も殺されてる僕が言うんだ、間違いなくもっと惨い殺され方をしてしまう! 頼むッ、そのまま沈黙を貫き通して欲しいッ! 一生のお願いだッ! 代わりに僕に出来る事があるなら何でも言うことを聞くッ! だから、頼むッ!」
予想外の展開に、一瞬理解が追い付かなかった。
でも、なるほど、私の置かれた状況としては、そんなには悪くはないらしい。
カナディ・リリィの恐ろしさは、私自身痛いほど理解してる。
あの子、私を捕まえた時に「殺すのは惜しい」って言ってた。
この見た目じゃなかったら、カナディは容赦なく私を殺していたはず。
「……あ、あっ、あ、あの、あの」
うぅ、相変わらず上手く喋れないなぁ。
だってしょうがないよ、目の前に私を殺した張本人がいるんだもん。
「だいじょ、大丈夫です、はい。いいっいい、一切、喋りませっから」
「本当か! 出来たら、カナディの側にいる時は、先のままずっと黙っていてくれると助かる! カナディは言葉の強弱でも相手の心理を読み取るスペシャリストなんだ、どこからボロが出るか分からない、全力で、全力で気を付けて欲しいッ!」
もう一度、ゴンッと音を立てながら額をこすりつけた。
そんなことで嘘がバレちゃう恐れがあるんだ……気を付けよ。
私の正体に気づかれたが最後、ここにいる三人が敵になるのは間違いない。
何も出来ずに殺される、魔王アズモンデオって名前は、ここじゃ禁句にしておこう。
そして、私の中のもう一つの問題が限界を迎えようとしていた。
「……あ、あ、あの」
「な、なんだ、何か望みがるのなら、なんでも言うことを聞くぞッ!」
「あの、あの、あの」
「どうしたんだ、ハッキリと喋らんか」
アルク大臣とドドが見守る中、股間を押さえながら挙手をして、震えながら私は白状する。
「す、すみっません、トッ、トイレ、もう我慢、できない」
もうね、何時間も動けなかったからね、おしっこがヤバいの。
しかも拘束解除と同時に筋肉が弛緩しちゃったから、何もかも全部押し寄せてきてる。
「もっ、漏れちゃうっ……!」
「トイレはそこの扉を出て右に行って直ぐだ!」
「し、しびれ、ちゃって、身体、動かなっん、です」
「ああ、もう! 仕方ない! 連れてってやる!」
アルク大臣、私の事を抱き上げてトイレに連れて行ってくれたけど。
そのね、衝撃がね、もうね、全部ね……ふええええぇぇ。
★
もう死んでしまいたい。
なんで異性の前でお漏らししないといけないの。
長時間ため込んでたから床までびっしょりにしちゃったし。
「あはは、ごめんねー! ずっと静かだったから、拘束魔法掛けてたの忘れちゃってた!」
「……別に、いいですけど」
良くないよ。
恥ずかしいって感情ぐらい、私にだってあるし。
でも、下手に逆らうと大変なことになる。
あのアルク大臣が頭が上がらない相手が、この聖女カナディなんだ。
「ごめんね、許してくれる?」
「……はい、ダイジョブです」
「あは、ありがと。ここのお風呂自由に使っていいから、ゆっくりしていってね。お風呂出るまでには、貴女の洋服とか用意しておくからね」
カナディ・リリィか、思っていた以上に人族との生活に馴染んでるんだろうな。
私一人を残して、彼女は浴室を後にしたけど。
それにしてもこの家、どうなってるんだろう。
個人が住むには物凄い広いし、お風呂だって泳げるくらいに大きい。
部屋も何部屋あるんだろうってくらいあったし……大臣って儲かるんだろうな。
「……でも、私は皆の所に帰りたいな」
水の波紋がどこまでも広がっていって、湯舟のふちに当たって藻屑に消える。
無駄に大きいお風呂なのに、こんなにも静かなんだ。
この世界で裕福に暮らしたいとか、そんなのこれっぽっちも望んでない。
朝日が差し込む部屋で、ドラリンとのんびり過ごす時間が、とても気持ち良かった。
でも、多分もう、お家に帰ることはないんだろうな。
住処も見つかっちゃったし、私はペットになっちゃったし。
ガダ君とか、心配してるんだろうなぁ……。
「おい」
ああ、なんか、声まで聞こえてくる。
こんな場所にガダ君がいる訳ないのに。
「アズ、迎えに来たぞ」
まったくもう、幻聴かな。
でも、本当に迎えに来てくれたら嬉しかったかも。
「聞いてるのかアズ? おい、アズ?」
水面に、ガダ君の顔だけが出ている。
え? ……え? これ本物?
え、ええええええええええええぇ!?
思わず大声で叫びそうになったけど、咄嗟に口を押さえてこらえたよ! 私えらい!
って、どうしてガダ君、湯舟の中から登場したの!? 顔だけ出てるのは何故!?
「な、なんでここにガダ君がいるの!? ここ勇者の家だよ!?」
「ああ、だってアズがここにいるって角が教えてくれたからな、こっそり忍び込んだ」
「こっそり忍び込んだって、そんな、見つかったらどうするつもりだったの!?」
「そん時はそん時だ、とにかく、ケガはないか? 何か酷いことされてないか?」
なんで私の心配してるのよ……心配したのはコッチなのに。
「アズ?」
ぎゅっと抱き締める。
だって、なんか顔見られたくないし。
助けに来てくれてありがと、ガダ君。
寂しいのが、一気になくなっちゃったよ。




