⑨
末恐ろしいものを知った。
まさかこの世の中に去勢できない生き物がいるなんて知らなかったんだ。
何をしても斬れないし潰れないし、なんなら気持ちいいとか言いやがって。
「硬すぎるんだよ、おかしいでしょあんなの」
昨日の朝と同じように、布団に突っ伏しながら呻く。
もう諦めて拘束したまま放置したけど、ノコギリの刃の方が削れるって信じられないよ。
オーガ族のって全員ああなの? 触りたくないもの触ったのに……うぅ、最悪だ。
っていうか、あんな凶器を私の中に入れようとしたの? 信じられないんだけど。
鏡に映るまだ幼い自分の身体を見る。
千祢里よりも随分と背が低いし、胸も小さいし。
「……そもそも、入るの? この身体にあんなの」
「試してみるか?」
突然の声掛けに一瞬で飛びのいたけど!
な、なに⁉ なんでこの部屋にガダ君いるの!?
「そんなに驚くなって、放置プレイにも飽きたから来ただけだぜ?」
「き、来ただけって、こ、拘束は⁉」
「あんなもんでオーガ族が拘束できる訳ねぇだろ。俺を拘束したかったらアダマンタイトでも用意しないと無理だろうな。もしくは、アズが俺に抱きつけば、それだけで俺はベッドから動けなくなるぜ? 今なら一週間くらいいけそうだ」
冗談に聞こえないから、本当に怖いよ。
もうなんか、色々と諦めちゃおうかなって思う。
幸い、夜這いとかしないみたいだし、断ってる内は平気そうだけど。
「お、どこ行くんだ?」
「……外、魔力暗転の杭を戻しておこうかなって」
意味ないってリズに言われちゃったけど、しておかないと不安なんだもん。
神聖魔法使いにはバレちゃうかもしれないけど、エルフ族一人だけでしょ?
今のままだと、山の幸を求めて信じられない数の人族が近くまで来ちゃうんだもん。
そろそろここも出ないとかなぁ……フーちゃんとか、どこに連れて行こう。
★
「わぁ、フーちゃん、ちょっと見ない間に随分と大きくなったね」
前は膝下くらいの大きさだったのに、今は見上げるくらいに成長してる。
魔界のボアボア族がこのくらいの大きさだったから、やっぱり元は同じなのかも。
「お、ボアボア族じゃねぇか。アズ、コイツいつ食べるんだ?」
「食べないし、ついて来なくていいから」
「夫婦だからな、俺たちはいつでもどこでも一緒だ」
無駄にいい笑顔しやがって、こっちはその気、全然ないのに。
フーちゃんは大きくなったけど、赤ちゃんはまだウリウリしてるね。
あは、本当に可愛い、頑張って成長して、お母さんみたいになるんだよ。
「……なに見てるのよ」
「いや、別に? いい笑顔すんだなって思っただけだよ」
「……ふぅん、だって、私もともとペット育てたかっただけだし。魔界で魔王なんて呼ばれてた時だってそうだよ? 私はペットとして魔物を育ててただけ。魔王軍なんて作るつもりなかったし、周りのペットたちが勝手に私を持ち上げただけの事だからね」
今もこうして、ウリ坊たちと遊んでる時が一番幸せなんだ。
次はコッフちゃんの様子を見に行こうかな。
ドラリンが言うには、コッフちゃんも家族を作ってるって聞いたし。
……ガダ君め、まだ見てるな。
過去の私を唯一知るガダ君には、やっぱり思う所があるのかも。
崇拝してしまう程の魔王様が、実は全然魔王様じゃないとか。
でも、私は自分を変えるつもりもないし、今は精一杯わきまえてるだけだし。
「なに? もしかして、私に魔王として生きろとか言うつもり?」
「いや? そんなつもりはサラサラねぇな」
「じゃあ、なんでさっきからずっとコッチ見てるのよ」
「だから言ったろ? 夫婦だし、いい笑顔する嫁を見るのは夫の務めだ」
「意味分かんないし、他に奥さん探したら?」
「いねぇよ」
ふわって風が吹いて、油断した私の被ってた帽子が、一気に空高く飛ばされちゃった。
でも、それを飛んでつかみ取ると、ガダ君は私の頭に被せる。
「この世界に俺以外のオーガ族はアズしかいねぇ。多分、全員殺されたんだろうな」
「そんなの、探してみないと分からないじゃん」
「言ったろ? 夫婦の誓いを立てた相手は、角が教えてくれるんだ。全員反応がないんだよ。世界が変わったのなら、全員移動してるはずだ。だけど、何の反応もねぇ。一応探しはしたぜ? 行ける所は全部行ったつもりだ。でも、オーガ族はどこにもいなかったんだよ」
……なによ、変態のくせに、無駄にしんみりしちゃって。
オーガ族は主戦力の一つだったから、全員人族に戦いを挑んだんだと思う。
魔族って一致団結すると、個人の感情を失って戦いを挑んじゃうから。
ガダ君はズバ抜けて強いから、それで一人生き残っちゃったのかな。
「奥さんいなくて寂しいから、私にくっつているの?」
「どうだろうな。とりあえず、アズは守るって決めた。だから側にいる」
「何それ、随分と簡単だね」
「おうよ、簡単な方が楽でいい」
やっぱりいい笑顔をするんだよね、なんかコッチの調子が狂っちゃうよ。
風に吹かれて流れるガダ君の青い髪や笑顔を見ていると、なんか、ね。
なんとなく無言のままフーちゃんを撫でていると。
――突然、遠くにあった山の一つが爆発した。
「フゴゴゴゴ、フギー!」
「え、爆発? 噴火、とかじゃないね、地震とか全然ないし」
「ありゃあ魔界の時に見たことあんぞ、火属性最強魔法の一つ、バグオンだ」
バグオン、この世界にそんな極大魔法が使えるのなんて、一人しかいないじゃない。
「……見つかったな。来るぞ、アズ」
「う、うん。どうしよ、フーちゃんとコッフちゃん、逃がさないと」
「そうか、じゃあアズは魔物たちを逃がしておけ、俺はアイツの相手すっからよ」
ガダ君の言葉通り、高速で空を飛んできた一人の男が、私たちの前に降り立った。
土や埃で薄汚れたローブに身を包み、折れに折れた杖を握り締める。
聞いた事がある、丹念に魔力がこめられた杖は、自然じゃあり得ないぐらいに曲がるんだ。
魔力総数は甲殻族の時の私よりもあるかも、これが最強の魔導士、ドド=ディゴールか。
彼は私達を見るなり、値踏みするように顎に手を置きながら、低い声で語り始める。
「ん? オーガ族が二人か? いや、一人は違うか、魔力が小さすぎる。まぁいい。なぁ、主らに質問なのだが。ここいらにこの下着の持ち主の、長月アズという女子はいないか? 偽名かもしれんが、偽名という奴はどこかに真実を隠してることが多いんだ。何か心当たりでもあればいいんだが」
ひげ面のやせ細った人族、歳のいったオジサンに分類されそうな風体なのに。
空気がビリビリするぐらいに圧が凄い。
でも、それと相反するように間抜けな所持品……っていうか、あれ私のパンツじゃん!
「ああ、正直に答えなくてもいいぞ、傀儡にして聞き出すからな」
ドンッ。
空気の割れる音が響く、超高速での移動、一瞬でドドが目の前に。
凄い、この速度は見たことがないよ。
途端、ドド=ディゴールの手が緑色に渦巻く。
これ、精神支配系の魔法――――。
「アズ! 後で殴ってもいいから、許せ!」
「ふぇ?」
ぐいっと抱き寄せられると、ガダ君、いきなり唇を重ねてきた。
青い空と白い雲の下、燃えるような紅葉を背景に、二人でキスをする。
って。
え、ええええええええええええぇ!? ちょ、ちょっと何考えてんのこの男!?
相手大魔導士だよ!? キスしてる場合じゃないって! あ、しかもおっぱいも触ってるし!
「ほぉ? なかなか面白い防御方法だな」
「おうよ、相手が悪かったな。発情した俺に魔法は一切通用しないぜ?」
あ、そっか、相手大魔導士だから、魔法無効のガダ君って相性最高に良いんだ。
ちらって私を見るガダ君に、頷きで返す。
今の内に、フーちゃんとコッフちゃん逃がさないと!




