⑧
ホテルから逃げ出した翌日、悪夢にうなされながらも何とか一夜を過ごし、無事すがすがしいほどに気持ちの良い朝を迎える事が出来た。鳥のさえずりに窓から差し込む朝日は、いつ見ても気分が良くなる……はずなのに。
「……ほんっと最悪、なんであんな事になっちゃったのかな」
目は覚め上体は起こしたものの、ベッドから出ずに、そのまま掛布団の上に突っ伏す。
全部リズが悪いんだ、勝手に魔力暗転解除しちゃうし、勇者のとこに行くなんてなったから。
ドラリンとキィ君が来てくれたから逃げれたけど、来なかったらどうなってた事か。
「うぅ、寒気がする。下に行ってドラリンに温かいものお願いしよ」
ひとりごちながら、パジャマから千祢里に貰ったジャージに着替える。
腕も手首も痣になっちゃってるし、早く治ってくれるといいなぁ。
そんな事を思いながらトテトテと下へと向かう、すると。
「よう、アズ」
どこかで見たパーカーを着込んだ青い髪が、食卓に居座っていた。
見間違いかな? まだ悪夢の続きなのかな? もう一回ベッドに戻らないとかな。
「どこに行くんだよ」
「うひぃ! おっぱい触るな! な、なんでここにガダ君がいるのさ!」
朝からいきなり胸を揉むな! デリカシーのデの字もないな本当に!
っていうか昨日の続きが始まるの!? キィ君に最強ブレスお願いするよ!?
「なんでって、昨日リズから聞いてなかったのか?」
「なにを!」
「もう俺とお前は夫婦の誓いを立てたからな、どこに行こうと俺の角が教えてくれるんだ」
「た、立ててないし! 私は何も分からないわよ!」
「俺には全部分かる。だから昨日も助けに行けたんじゃないか」
そういえばリズ言ってたっけ、夫婦の誓いがなんちゃらとか。
けど、そんなの誓った覚えも何もないし。
された事はトイレに運ばれて犯されそうになっただけだし。
「昨日アズが俺を発情させてくれただろ、それが夫婦の誓いだ」
「随分簡単な誓いだね! 風でスカート捲れて下着見えただけでいけそうじゃない!?」
「お、良く知ってるな。それ俺の友達にいたよ」
いたんかい! 最悪じゃないか!
何もしてなくても気づいたら夫婦になっちゃうよ!
「でもま、昨日リズにも怒られたし、ドラリンって奴にも説教されたからな。いきなり襲うのは無しにしておくよ。アズが許してくれた時、俺の全開の性欲を受け止めてくれれば、それでいい」
「それ、一生ないから」
「そうか? それでも、俺はアズと一緒にいる。アズはアズモンデオ様なんだろ? だとしたら、どちらにせよ俺が守るべきはアズなんだよ」
なんか、良いこと風にまとめようとしてるけど。
確かに、私の為にアルクを倒そうとしてたのは間違いないんだけどさ。
でもね、なんか、嫌な何かが引っ掛かってるのよね。
私がガダ君を訝しんでいると、ドラリンが「賑やかですな」とキッチンから現れてくれた。
ドラリンの手にあるお盆には、朝食であろうスープとパン、それと果物。
「しかし、昨晩助けに殴りこんだ時には、アズモンデオ様ではなく、アズと叫んで入ったそうですね。どうぞアズモンデオ様、自家製のコーンスープでございます」
ドラリンが手渡してくれたスープを早速一口。
はぁ……温かくて美味しい。
私、ドラリンとなら夫婦の誓い立ててもいいかも。
「つまりはガダ様、貴方はアズモンデオ様の仇を目の前にしながら、自分の欲望の為に戦ったという事です。恥を知りなさい。崇高なる目的の為に動いているのか、自分の為に動いているのか、それを自覚することから始めるべきです」
そうだそうだ! ドラリンの言うことが一番正しいんだ!
パンも美味しい、クルミ入ってるのこれ? ドラリンの料理本当最高!
「わぁってるよ、アンタの言うことが一番正しい。でもよ? 昨日俺が助けに入らなかったら、アズは間に合わなかった可能性があるんだぜ? イチの配下を気取るんなら、真っ先に助けに入らねぇとな」
「おっしゃる通りです。このドラリン、精進が足りません」
「だろ? まぁ、そういうこった。そんじゃアズ、どこで交尾する?」
なんにも分かってねぇぞコイツ。
股間から先に生まれたんじゃないの?
あ、そうだ、良いこと思いついた。
「ドラリン、コイツの去勢しちゃおうか」
「おお、それは名案ですね」
「きょせいって、なんだ? 何かしてくれるのか?」
あんなもんが無くなれば、ちょっとは大人しくなるでしょ。
ニコニコしちゃって……大丈夫、後で生やしてあげるから。
私を一生襲わないって約束してくれればね。
★同時刻、T都、異世界法務省★
「アルク、お主なぁ」
「頼むよドド、俺、魔力関係疎いんだ」
異世界法務省、執務室。
そこにいるは勇者アルクこと、上尾アルク。
もう一人は動画にも出演していた、大魔導士ドドの姿があった。
「そんなの知っちゃいるが、昔のお前さんは女遊びするような男じゃなかっただろうに」
「……特別可愛かったんだよ、アズって女の子が」
「それで、この部屋に残されたパンツに残る魔力を、俺に調べろって言うのか?」
ドド=ディゴールの視線の先、テーブルの上に今も鎮座するもの。
そこには透明なビニール袋に真空パックされた、一枚の下着が保管されていた。
白の下地にピンクのボーター柄は、その日アズが間違いなく穿いていた下着だ。
「ああ、頼む。色々な手を使って調べたら、長月アズなんて子、いないみたいなんだ」
「魔族の可能性があるという事か、しかしアルクよ……」
「言うな、言いたい事は理解してる」
「いや、こんなの、カナディが知ったらどうなる」
「ダメだ! カナディにだけは言うな! アイツに知られたら、俺」
「死んじゃうかもねぇー」
その瞬間まで、間違いなく執務室内にはアルクとドドの姿しかなかったはずだ。
だがしかし、今はアルクの肩に手を掛けたエルフ族の女がいる。
彼女の名はカナディ・リリィ、聖女と呼ばれた勇者御一行の一人。
「カ、カナディ、これは違うんだ、誤解なんだ」
「特別可愛かったんだってぇ? そのアズって女がぁ?」
「いや、違う、誤解してる、世界で一番可愛いのはカナディだ」
ガンッ!
カナディの持つ聖女の杖が、無常にもアルクの頭頂部に突き刺さった。
「アルク」
「はい」
「私はお前の彼女だろ?」
「はい」
「世界一可愛い私がいるのに、なんで他の女の下着がここにあるんだ?」
「……な、何かの間違いかと」
ゴリっと、聖女の杖が回転しながら、更に脳天に突き刺さる。
ゴリゴリゴリゴリ……
「ふぅん、そっかぁ、じゃあこれ、宇宙のチリにしちゃってもいいよね? それとも何? このパンツに合う女性はいませんかって、シンデレラでもするつもり? ガラスの靴ならぬボーダーの下着で? 一人一人穿かせるつもりなのかって聞いてんだけど!? 答えろよクズ野郎ッ!」
「おい、カナディ」
「なんだドド!? 手前も同罪かゴラ!?」
「いや、アルクもう死んでるぞ」
見れば、聖女の杖が脳天から半分ぐらい突き刺さっているではないか。
無言でキュポンっと杖を抜いたカナディは、神聖魔法の一つ、完全蘇生を即座に唱える。
「はっ、俺は一体何を」
「大丈夫だったアルク?」
「ああ、カナディ、何か、悪い夢を見ていたみたいだ」
「そう……怖かったのね、私が全部守ってあげるからね」
ドドは一人震えていた。
この女マジでやべぇと。
抱き締め合う二人を見ているドドへと、机の上にあった物が勝手に浮かび上がり、すっとポケットの中に収納された。
そして聖女カナディが目だけで伝えてきた。
この下着の女を殺せと。
無言のまま頷くと、大魔導士ドドは部屋を後にする。
関わってはいけない、あの女は最低最悪の悪女なのだ。




