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「さすがに今のは冗談ですから。真喜納君はそんなひどい事しません」
あ、千祢里に戻ったんだ。
顔に浮かんでいた紋様がお腹に戻ってる。
「な、なんか、色々とごめんね?」
「私も最初びっくりしちゃいましたけど、もう二週間ですからね、慣れました。それにアズさんが女の子だったっていうのも救いですね。もし男性だったら、多分死んでもいいから離れてってお願いしてたと思います」
おおぅ、実は甲殻族で雌雄の差があまりなかったとか言ったら、怒るかしら?
でも、今は完全に女の子だし、角生えてるけど人族そっくりだし。セーフだセーフ。
「でも、逆に考えれば安心なのかな」
「安心ですか?」
「うん、私がそこにいるって事は、魔力切れで死ぬ可能性がほとんどないからね。さっきも説明したけど、千祢里の肉体には魔力が絶対必要なの。でも、千祢里は魔力を生成できないし、空気中に魔素がほとんどないこの世界だと、私からの補填を受けないと一か月ももたないんじゃないかな? 都会に行けば『魔』が浮いてるけど、多分アレは接種しない方がイイと思うし」
私が吸収出来てる魔素だって、以前と比べたらほんの一握り程度だもんね。
千祢里の中に私がいる以上、同じように魔素を吸収出来てると思うけど。
「私の中のアズさんも言ってましたけど、『魔』って何なんですか?」
「正直なとこ、分からない。多分、人の恨みとか、怒りが凝縮されたものだと思う」
「そんなのがあるんですか。なんか、怖いですね」
「一回だけ使っちゃったんだけどね。その結果がドラリンとキィ君だったから、千祢里には使わないでいたんだけど。結局面倒な事になっちゃってごめんね」
洋服を着替え直して立ち上がり、千祢里は私に対して深くお辞儀をする。
長い髪が上下にふわっと踊ると、手櫛でそれをそっと耳にかけた。
「先ほども伝えた通り、私には感謝しかありません。こんな私を蘇らせてくれて、本当にありがとうございます」
「大した事してないよ。それよりもその髪、伸びたんだね」
真喜納が言ってたっけ、千祢里の髪は長くて綺麗だったって。
確かにそうだね、こんな黒髪、切るなんてもったいないよ。
「いつまでも帽子じゃ暑いって、私の中のアズさんが生やしてくれました」
「ははっ、私らしいや。それにしても千祢里の中のアズって言うもの、なんか呼びづらいね」
「そうですか? 私はアズさんってずっと呼んでますけど」
「それだと、どっち呼んでるか分からないんだよね」
「ああ、確かにそうですね。名前ですか……うーん」
千祢里とアズモンデオか……モンデオの部分は使えないから。
「リズ、とかでどうかな?」
「わぁ! それ可愛いですね! あ、本人もそれでイイって言ってます!」
あ、その状態でも会話出来るんだ。
本当に共存状態なんだな、ということは逆もしかりか。
私のことだから、千祢里が寝た後も調べものとかしてそうだし。
フル稼働の肉体は、やっぱり心配だな。
きちんと休み取ってるといいんだけど。
「あ、そうそう、帰る前にもう一回リズさんに変わりますね」
ふわんっとブレると、リズの表情へと変化した。
「結構あっさり変われるもんなんだ?」
「それだったら私がこの肉体乗っ取っちゃうよ。千祢里の許可がある時か、千祢里の意識がない時に、魔力を消費して出てくる感じかな。だからあまり私は出てこない方がイイと思う。私が出てこれないのにはもう一個理由があるんだけど……異世界新法って言葉、聞いたことある?」
異世界新法? そんなの聞いたことないな。
「私達以外にも、この世界に沢山の魔物が出現してるみたいでね、それを討伐するための新しい法律なんだってさ。戦闘機だって本来簡単には使えない代物らしいんだけど、そういうのを簡単に使うための法律。要は、自分の国は自分で守りましょうっていう、この国の決まり事らしいよ」
「へぇ、初めて聞いた」
「それに伴って、魔物たちを狩ることによる報酬も設定されるみたい。多分、施行されたらこの国は大変な事になると思う。これまで所持することが禁止されていた武器が、当たり前の様に所持出来るようになるみたいだからね」
つまりは、私達の世界と同じ状況になるって事か。
「そんな状態で街に戻って大丈夫なの?」
「千祢里はこんなんでも人族だから、肌も化粧で隠せるし、私も極力表には出ないからね。やっぱり人権残しておいて正解だったよ、無かったら今も拘束されて研究対象だったかも。じゃ、千祢里に戻るね」
すわっと紋様が移動し、千祢里の素顔へと一瞬で戻る。
これだけでも見られたら魔物と疑われる可能性があるね、気を付けて貰わないと。
それにしても異世界新法か、どこの世に行っても、魔物は狩られる運命なのかな。
城を後にする千祢里を見送って、一人ごちる。
「最近ペット増やしてないし、ドラリンに相談してどこかに可愛いのいないか聞いてみよっと」
★同時刻、T都、首相官邸★
「異世界新法か……まったく、面倒ごとを持ち込んでくれたな」
スマートフォンに映る画面を、ややげんなりとした表情で眺める一人の男がいた。
綺麗な白髪に額に走る一本ジワ、深く刻まれたほうれい線が、男の年季を感じさせる。
歪み一つない清冽さを感じさせる漆黒のスーツを身にまとったその男は、室内の客席に座る三人、そのうちの一人、銀の鎧を身にまとう青年へと向けられていた。
視線に気づいたのか、鎧の青年は顔を上げ、やや申し訳なさげに口を開く。
「仕方がなかったんだ、僕だって異世界から帰りたかった。そのために魔王だって倒し、世界を平和にしてようやくこの世界に、日本に帰ってきたんだ」
「代償として、日本どころか世界滅亡の危機に瀕しているがな」
「そんなの、そんな事まで僕が知る訳ないじゃないか。行きたくて異世界に行った訳じゃないし、まさか魔王を倒すことで世界が融合するなんて、想像だって出来なかった」
「どうせ見落としたんだろう? 所詮はフリーターの二十代、勤勉にすらなれず生きてきた結果がこの有様だ。我が国のゴミ、それがお前たちZ世代だよ」
山のように積み上げられた報告書の数々を、男は恨めし気に睨む。
「時に質問だが」
睨む視線そのままに、嗜虐な視線を男は鎧を身にまとった者達へと向けた。
そして男は吐き出すのだ、清廉な言葉を、悪意の籠った心で。
「異世界を救ったのだから、もちろんこの世界も救ってくれるんだよな? 勇者アルク君?」




