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まだ驚きと喜びが入り混じっている病室で、私はゆっくりと椅子に座り込んだ。
見ている限りでは、千祢里の身体は問題なさそうだし……でも、なんか、違和感がある。
なんだろ?
「いや、しかし、脈が完全に止まっていたのに、なぜ」
「そんなの気にする必要なんかないですよ先生! こうして千祢里が生きてるんだから、それだけで十分でしょう!」
「そうですよ先生、千祢里、どこか痛い所とかない? 起き上がって大丈夫なの?」
両親は喜々としているけど、医師としては不思議でしょうがないみたい。
でも、その答え合わせはしてあげないから。
もし知られたら、大変な事になるのは間違いない。
多分、この病院全員を蘇生させて欲しいとか、そんな無茶を言ってくるに決まってる。
魔力反魂は想像以上に難しく、大量の魔力を消費してしまう禁呪だ。
下がる成功率に燃え上がる憎悪、そんなのに巻き込まれるのはごめんだね。
私の世界での死者蘇生も、人族の教会が一回につき財産全部とか、そういう相場だって聞いたことあるし。
人の命は簡単には蘇らせてはいけない……だっけ?
まぁ、魔族の私には知ったこっちゃないけどね。
「どこも痛い所ないです……それに、なんか、お腹減っちゃって」
「おお、食欲もあるのか! なに食べる? 千祢里モンブランとか好きだったよな!」
「いえ、お父さん、まずは検査をしないといけません! ほんの数分前まで完全に娘さんは危篤状態にあったんですよ!? そんな肉体に対して、モンブランなど刺激物を与えてしまっては一体どんな症状が出てしまうことか!」
正論ですね、でも、もう千祢里の身体はそちらの常識の範疇にないんですよ。
何を食べてもお腹を壊すこともないし、病魔に殺されることもない。
というか、魔力がある限り死なない身体になっちゃってますからね。
「先生、私、自分で分かります。もう検査、必要ないですから」
「そ、そんな馬鹿な! 君が快癒することなんてあり得ないんだ! 末期だったんだぞ⁉」
「そんなこと言われても、大丈夫なものは大丈夫ですから」
医師に対して笑顔を振りまきながら、両腕で力こぶを見せる仕草をする。
力こぶなんて出る訳がない、枯れ枝のような腕って言葉がぴったりな程に細いね。
でも、そんな腕でも、医師が止めるのを無視して、お菓子を取ることは出来るみたいだ。
そして周囲が見守る中、千祢里は一枚のクッキーにかぶりつき、力強く噛みしめる。
ガリッ
「……美味しい。うわー、久しぶりに食べたな、お菓子」
「な、なんてことを! 君が固形物を食べたりしたら、大変なことに!」
「本当に美味しい、あは、なんか、涙出ちゃう……美味しい、美味しいなぁ」
美味しそうにお菓子を食べる千祢里を見て、真喜納もずっと涙を流していて。
「千祢里、千祢里」
「ひっく……うっうううぅ、美味しい、また、食べれるよ、私、わだじっ」
相当嬉しいんだろうなぁ……千祢里も真喜納も、ううん、二人だけじゃない。
母親も父親も、全員が笑顔になってる。
これだよなぁ、私が見たかったのは、こういう世界なはずなんだけどなぁ。
★
二週間後、アズモンデオ城。
「……うん、大丈夫っぽいね。ご飯とかちゃんと食べれてる?」
「はい、味覚もすっかり元通りになったみたいですし、お通じも前よりもずっといい感じです。ただ、私の快癒が本当に常識外れだったのか、医師がなかなか退院させてくれなくて。今だって毎日検査に来て欲しいって言われてるくらいなんですよ?」
肌着姿のまま、千祢里はコロコロと鈴を転がすような声で笑い始める。
食事が出来るようになったからか、病院にいた時よりも幾分ふっくらした感じかな。
本当ならもっと早く調べたかったけど、突然の快癒に逆に集中治療とか始まっちゃって。
やっとこさ千祢里も自由な時間が取れるようになり、ようやくの今日という訳だ。
「じゃあ、お化粧、とってもらえる?」
傍から見ると、千祢里は健康そのものだけど。
やっぱりというか何というか、肌色だけは元には戻らないみたいだね。
土気色したままの肌に、なぜか下腹部に浮き出てしまった黒い紋様。
「あ、そこ、触られると、なんか、力が抜けちゃいます」
「痛いとかない? どんな感覚に襲われてる?」
「痛くはないです、でも、そこを押されると、少しだけ気持ちいいと言うか」
ぽよぽよとしたお腹、そこに浮き出た黒い紋様に触れると、千祢里は頬を赤らめながら眉をハの字にして、ちょっと困った表情になった。
試しに足を持ち上げたり、両腕を持ち上げたりしてみたけど、一切の抵抗が出来ないみたい。
その代わり触れられると嫌なのか、「ん」「あ」と声を上げるばかり。
「多分、千祢里に与えた私の魔力が、ここに集まってるんだと思う。言い方を変れば、ここは千祢里の弱点かな。あんまり他の人に教えない方がいいよ」
「弱点、ですか?」
「うん、ここを狙われると、千祢里はあっさり攻略されちゃう」
「……なんか、言い方が卑猥ですね」
「卑猥というか、アンデッド族だってばれると人族に殺されるからね? 殺されても死なないけど、五体バラバラにされたりしたら、生活が不便になるよ?」
「五体バラバラで生活が不便ってレベルなんですね」
ふふふって千祢里、笑ってるけど。
アンデッド族の身体は基本的に、どこまで斬り刻まれても痛くも痒くもない。
でも、それって他の人族から見たら異常な訳だから、バレたら玩具確定だ。
人体実験にされてるアンデッド族を、何体この目で見てきたことか。
他にもペットにされてたりとか、まぁ、扱いは散々だったね。
「あと、アンデッド化した人族全員がそうだから、千祢里にも言っておくけど」
「はい」
「その身体は基本的に死んでるから、子供は産めないからね」
心臓も停止したままだし、千祢里の肉体で自発的に動いている部分は一切ない。
「血液が流れていたり、ケガした部分が治ったり、ご飯を消化して出したりっていうのは、魔力で普通の人間みたいに見せかけているだけで、実際には千祢里の身体は何の活動もしていないんだ。真喜納との赤ちゃんが欲しかったかもしれないけど、それはごめんとしか言えない」
なんとなくお腹を押さえた千祢里。
その表情は生まれるかもしれなかった赤子を夢見てか、どこか寂しく、どこか切なく。
「事前に教えて欲しかったかもしれません」
「……ごめん」
「でも、そんなの、贅沢ですよ。こうして生きて美味しいご飯を食べ、楽しく喋ることが出来る。それだけで私は幸せですから、感謝しかありません」
苦笑、かな。
でもね、一つが満たされると他も欲しくなるのが人族って生き物だから。
いつか別の形で、それが満たされてくれたらなって思う。
「アズさん、私からも一つだけ、ご報告したいことがあるんですけど」
ん? なんだろ、やっぱりどこか調子が悪いのかな。
「どうぞ」と伝えると、千祢里は瞳をゆっくりと閉じる。
「……え?」
瞳を閉じた途端、千祢里の顔に紋様が浮かび上がった。
いや、浮かび上がったんじゃない、お腹の紋様が凄い速度で移動したんだ。
こんなの見たことがない、そもそもお腹の紋様だって初めてみたんだ。
一体この後どうな……え、ちょっと待って、この魔力の波動は、この魔力は!!!
「お、お前、まさかッッ!!!」
ゆっくりと開くまぶた、そこから覗く瞳。
間違いない、いや、間違えるはずがない!
「お前まさか、私かああああああああああああああぁッ⁉」




