⑧
最初は母親、その一時間後に父親、その三十分後に真喜納が部屋へと走りこんできた。
病院の看護師たちも声を掛けていたり、医師が色々としているみたいだけど。
そもそもが緩和ケア病棟なんだ、彼らの全てが治療を目的としていない。
「千祢里、千祢里! おい、千祢里、嘘だろおい!」
真喜納の大きな声と、母親の泣き叫ぶ声、それを支える父親の涙。
その後も千祢里の親族とおぼしき人族が集まり、彼女の手を握り涙を流す。
親戚、親、友達、恋人、敵なんか一人もいない。
これが人族の死か、私なんかとは大違いだね。
「呼吸が、千祢里、頑張れよ、もっと、ほら、動けって、脈とかなぁ、千祢里」
口だけがパクパクしてる、そしてやせ細った首筋の血管だけが静かに動く状態。
他の人には見えないんだよね、千祢里の魂は、今この部屋の天井にあるのに。
『死者蘇生の事を、真喜納君には伝えないで欲しい』
初めて千祢里にそう言われた時は、理由が分からなかった。
周囲に一人でも味方がいたほうが、蘇生した後も楽なのに。
『アズさんの話を聞くと、絶対に失敗しないって言ってたけど。もし失敗しちゃったら、真喜納君、絶対に貴女を恨んじゃうから。真喜納君だけじゃない、他の人達も皆で貴女を恨んで憎んでしまう……そうなってしまったら、私、死んでも死にきれないから』
どこまでいっても、他人を気遣う生き物なんだね。
そんなの、一から十まで私の責任なんだから、千祢里が気にする必要なんかないのに。
だからでしょ? 魂になったのに、そんな心配そうな顔をしているのは。
トク…………トク…………と動いていた脈が、静かにその役目を終えようとしていた。
微かに動いていた千祢里の口の動きもなくなると、願いの塊が静寂となって部屋を支配する。
皆が受け入れたくない事実を、嫌でも受け入れなくてはいけない時が、無慈悲にやってきた。
「……止まっ、た? 千祢里、おい、千祢里……」
「いいの、真喜納君、もういいのっ、千祢里は頑張った。うぐっ、本当にっイイ子なんだから」
「うそだろ、千祢里、ちね……なんで、なんでだよ、なんで千祢里が、う、うっっぐ、ううぅ、うわあああああああああああああああああああああああぁッッ!!!!」
慟哭、まさにその言葉通りに泣き叫ぶ真喜納は、千祢里を心の底から愛していたのだろう。
真喜納の心の中から忘れられてもいいと、以前千祢里は言っていたけど。
バカだね、この男の中から、千祢里が消えるはずがないじゃないか。
二人の人生で何があったのかなんて、私には知る由もない。
でも……真喜納、私を図書館で見つけた事は、とても幸運な出来事だったね。
私はね、手の届く範囲にいる者には、いとも簡単に手を差し出してしまう愚か者なんだよ。
それが原因で、身を滅ぼしたにも関わらずね。
千祢里の魂が完全に肉体から離れたのを見届けて、私は両の手をそっと音もなく合わせる。
『魔力反魂』
途端、天井を漂っていた千祢里の魂が七色の光と共に、彼女の肉体へと引き戻される。
空に漂う『魔』を使ってはいけない、その為に何日間か魔力を温存したんだからね。
私の身体に宿る魔力だけで、千祢里を蘇生させる。
「……真喜納君、お医者さんが診断するから」
「うっ、ひぐっ、うううううううううぅっ、千祢里、千祢里……どうして、うううっ、俺、お前と一緒に生きていたかった、お前とだけだったのに、なんで、ちくしょう、ちくしょうっっ……」
ヤバイ、医師の診断が始まってしまう。
急がないと、でも、魔力反魂、なんか上手くいってない。
やっぱり、異世界の肉体だからかな? 魔力そのものに対する反発が凄い。
このままじゃダメだ、肉体を少しでも私達の世界に近づけないと。
「す、すっ、すません、私にも」
「アズちゃん……ええ、貴女も最近ずっと一緒だったものね。こんなに顔を真っ青にしてくれて、ありがとうね、私達の娘のために、本当にありがとう……うっ、うううううぅ」
良かった、面識がなかったら部屋から追い出されてたかも。
冷たくなった手を握り、見つからない様に爪を刺し、直接私の魔力を注入する。
ごめんね、やっぱり、そのままの千祢里での死者蘇生が出来ないかも。
でも、翼が生えてもいいって言ってたもんね、だから、怒らないでね。
「七月十五日、午後二時十四分、ご臨終です」
死の宣告、それが行われ皆が頭を下げる時でも、私だけは千祢里の手を握り続ける。
それは傍から見たら、神様へのお祈りに見えたのかもしれない。
目を閉じて、必死に自分の魔力を千祢里へと注ぎ続ける。
止まってしまった血流を無理に動かし、機能不全を起こしている臓器を躍動させる。
個を整え、全と成す。
千祢里が千祢里であるままの状態での蘇生。
彼女の全身を私の魔力で補っての蘇生。
それはつまり、長月千祢里が、私の仲間になる事を意味する。
「先生、本当に、千祢里をありがとうございました」
医師が皆の前で頭を下げ、看護師たちと共に部屋を後にしようとした次の瞬間。
「わああああああぁ! っ、はっ、はっ、はっ、はっ…………うっ、げ、ゲホッ! ごほ!」
完全に死んでいたはずの長月千祢里の目が開き、勢いよく上体を起こした。
ろくに呼吸もちゃんと出来ていなかったのに、急に吸い込んだからむせちゃったみたい。
背中をトントンしてあげたら、しばらくして治まったみたいだけど。
「そ、んな、バカな」
医者が佇み、ポツリと呟く。
良かった、まだ死亡診断書、書いてないよね。
心配してた病魔の苦痛も、蘇生時に霧散したみたいだし。
今回の死者蘇生、魔力反魂も成功ってことかな。
「千祢里、千祢里……お前」
「ごほっ、ごほっ、真っ喜納君、私」
「千祢里、千祢っ里……おおおおぉ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
死んでても生きてても泣くんだねって思ったけど、今はそのままにしておいてあげよう。
愛する人を抱き締めて号泣する真喜納に対して、死者蘇生だなんだとか伝わらなそうだし。
何より、他の人族の目があるんだ。
ここはこの世界の神様が起こした奇跡って奴にしておこう。
その方が私としても気が楽だし、何よりもう、魔力尽きちゃったしね。




