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千祢里に死者蘇生の了承を得てから二週間が経過した。
今日は兼ねてから挑戦すると言っていた、ドラリン特製うどんの日。
材料はどこから仕入れてるの? と聞いたけど、山にある素材だとしか教えてくれてない。
もしかしたら人族が残していった物も使ってるのかもしれないけど。
ま、私は美味しければ文句は言わないけどね。
「それで、その千祢里とかいう人族の雌は、まだ決断できないのでしょうか?」
ドラリンが作ってくれたうどんをちゅるりと食べながら、こくりと頷く。
「今の今で蘇らせちゃうと、病気がまだ残る形になるんじゃないのかって言われてね。死者蘇生するのなら、病気で死んだ時にして欲しいって言われたんだ」
「確かに、蘇生して頂いても苦しい状態のままでしたら、それは厳しいものだと推測されます」
私もドラリンも死者蘇生の経験があるから、その気持ちは分かる。
ずっと肉体が爆散する痛みと一緒だったりしたら、アンちゃんのこと恨んでたかも。
「ドラリン的にはどうなの? 死んだ時の傷とかってまだ痛むの?」
「いえ、蘇生と同時に痛みの全てが無くなっておりました。体中を刺されていたのですが、その全てが跡形もなく消え去っております。これもひとえにアズモンデオ様の叡智によるもの、このドラリン、生涯の服従を改めて誓います」
ドラリン、人族の若者たちに囲まれて刺殺されたんだとか。
笑いながら自分を傷つける人族に対しての怒りもあったけど、恐怖の方が凄かったらしい。
復讐とか考えないのかって聞いたけど、それをすると私が困るからしないんだとか。
「それ以外は? 昔から残っていた病気とか、そういうのはどうなの?」
「そうでございますね、実は生まれてから長々と頭痛に悩まされていたのですが、それが改善されたかというと、そうでもございません。今もたまに痛みを発症してしまうため、その時だけはお休みをさせて頂いております」
「ふぅん……そうなんだ」
となると、千祢里の言う通り、病気を死因にした方が良いってことかな。
「不詳ドラリン、アズモンデオ様の為に色々と調べたのですが。この世界の死亡のタイミングというものが実に曖昧であること、アズモンデオ様はご存じでしたでしょうか?」
「曖昧? そんなの、肉体が生命活動を停止して、魂が肉体から離れた瞬間じゃないの?」
厳密にいうと、肉体停止前に魂の乖離は始まる。
まだ当人の記憶が魂に残った状態で段々と抜け出て、肉体の生命活動停止と同じタイミングで、魂がするりと全部抜け出る、その瞬間が私たち魔族の死の見解だけど。
「医師による死亡診断書というものが必要になるとの事です。それを受け取った遺族が役所と呼ばれる場所に提出し、その者の死が確定されるのだとか。ただ、それはコピー、模写された物になりますので、医師がそれを書いた段階で、この世界における死が断定されると予想されます」
「……ごめん、どういうこと?」
「そうですね、この世界の人族には人権と呼ばれる権利が、生きている人族全てに付与されると明記されておりました。しかし、その死亡診断書を書かれてしまうと、例えその者が生きていたとしても、人権がない状態になってしまうという事です。例えるならば図書館での本の貸出し、これも認められないといった感じでしょうか」
別に本の貸出しが出来ないぐらいどうって事ないけど、でも、その人権が無いって事は、私達魔族と同じ扱いになってしまうということ? となると、人族を魔物にする最大のメリットである『私達が襲われた時に説得する役割』が、果たせなくなる可能性があるってことか。
「え、ダメじゃん」
「左様で。ですから死者蘇生、もとい、魔力反魂はその雌が死亡した直後に行わないといけません。恐らく、その医師と呼ばれる人族、更には他の親族たちがいる前で行わないといけない状況になると予測されます」
「なるほどね……ご馳走様でした」
ドラリンが作ってくれたうどんを綺麗に食べ終えて、人族の真似をして手を合わせる。
料理の腕は既にドラリンに追いつこうとは思えないね、こりゃ美味しすぎだよ。
「お口に合われたようで何より……アズモンデオ様、私から一言、宜しいでしょうか」
「何さ改まって」
「なぜ、その人族の雌を死者蘇生なさるのでしょうか? もっと簡単に死者蘇生できる状態の人間が多数いると思われますが」
「そんなの簡単だよ、ドラリン」
頭を下げたままの状態のドラリンへと、私は当たり前の様に解を示す。
「千祢里は、生きようとしているからだよ」
「……かしこまりました。夜は天ぷらと呼ばれるものに挑戦致しますので、お楽しみ下さい」
「ん、期待してる。私は千祢里の所に行ってくるよ」
★
「という訳で、千祢里が死ぬ瞬間に私も立ち会いたいんだ。まだ言葉が喋れる今の内に、真喜納かご両親にお願いしておいて欲しい」
とは言ったものの。
ベッドで横たわる千祢里はやせ細り、彼女の顔色はもう生者の色をしていない。
薬で抑えているという激痛に耐えながらも、目だけは私へと何かを訴え掛けてきている。
千祢里の両親もこの病室に何度も足を運んでいるみたいだし、真喜納もひっきりなしに来るようになった。
長月千祢里という人族の女の死が、間違いなく近づいてきている。
誰が口にするでもなしにそれを感じ取り、その日が来ない事をただひたすらに望む。
……羨ましいよ、そんな風に弔われる千祢里の事が。
そろそろ千祢里の母親が戻ってくる頃かな。
長話に付き合わされるのも苦痛だし。
そろそろお暇して、ドラリンの天ぷらをご賞味しようかな…………ん?
「あ」
千祢里の魂が、漏れ出てきている。
途端、どこからともなく白衣の看護師たちが集まり、一斉に千祢里へと声を掛け始めた。
繋いでいた機械から電波ってやつが発信されたのかな?
千祢里の母親も駆け戻ってきて、部屋にいた私なんかに目もくれずに娘の名前を叫び始める。
長月千祢里の死が、始まろうとしていた。




