⑥
空気が変わる瞬間って、こんなにも明確に分かるものなんだ。
私の申し出を聞き、明らかに千祢里さんはその表情を変える。
困惑から喜び、戸惑いと諦め。
確か、こんな状態の人族のことをドラリンが教えてくれたっけ。
『アズモンデオ様、その言葉は逡巡と読むのです。人族は知恵という武器をを持ち進化を重ね、その力は魔族に匹敵、いや、凌駕するほどにまで成長を遂げました。しかしその知恵というものは厄介な側面を持つもの。正しいという一つの行動に理由をつけないといけないとし、知恵が邪魔してしまい納得が出来なくなるのです。数多の情報を精査するために必要な時間、それを逡巡だと、ドラリンは考えます』
まさに言葉通り、千祢里の頭の中は逡巡って状態なんだろう。
私なら即答だ、死から逃れられるのなら悩む必要なんかない。
今なら人族の靴だって舐めて命乞いをする自信がある。
それほどまでに死ぬことが怖かったのだから。
「ね、ねぇ、アズちゃん」
「はい」
「その、さっきの話の中で気になったんだけど。もしかしてアズちゃんって、一回死んでる?」
「はい、殺されました」
「そう、なんだ」
死者蘇生の示唆は、何も難しいことではない。
私自身が死者蘇生の結果とも呼べる存在なのだから、定義すること自体は難しくないだろう。
「でも、私は死者蘇生じゃありません」
「え、違うの?」
「私のは転生呪術です。死者蘇生なんか出来ないぐらいに肉体を破壊されてしまいましたから、それしか方法が無かったんだろうなって、今なら思います」
「それって、痛かった?」
「とんでもなく痛いし怖かったです。お陰で人族を前にすると、まともに喋れなくなります」
「そう、なんだ。死者蘇生って言っても、色々とあるんだね」
今はなんていうか、腹を決めた状態だからちゃんと喋れるけど。
真喜納を前にして同じ様に喋れるかと言われたら、多分無理だ。
「それで、どうしますか」
帽子を被り直して、もう一度千祢里へと問う。
直ぐに答えは出てこずに、千祢里はもう一度悩んだあと、布団とぎゅっと掴んだ。
「いきなりね、もう一つの道が目の前に出てきてね、とても嬉しいんだけど。でも、その、覚悟がまだ決まってない。おかしいとは思うよ? 普通なら死ななくていいって事なんだから、それを受け入れればいいだけなのに。急すぎて、素直に受け入れられないっていうか」
「じゃあ、やめておきますか」
「あ、ううん! それはない! 絶対にない!」
千祢里は目を見開き、両手を前に出しながら手を振った。
だったら素直に死者蘇生したいって言えばいいのに。逡巡か、めんどくさいね。
「それをすれば私のままで生きていられるんでしょ? それはもちろん生きてたいよ。生まれ変わりはあるんだって言われてたけど、長月千祢里のまま生きるって事じゃないんだし、私は私のままで生きていたい。……でも、副作用とか、そういうのってあったりするのかな? その、人肉が食べたくなるとか」
「副作用といいますか。今のところ、この世界での死者蘇生には二件ほど実例があるのですが、その二件とも私の想像とは違う形での死者蘇生となってしまいました」
「具体的に言うと?」
「復活はしたのですが、姿形が以前の状態から少々変化してしまいました」
「……具体的に言うと?」
こほんと、咳払い一つ。
「ゴブリン族だったはずなのに、ドラグル族との融合体になってしまいました。もう一件の方はドラグル族の姿のままのですが、光属性が付与されてしまいました。両者ともに記憶は以前のままだと想定されるのですが、身体能力や知能、それらが生前とは比べ物にならない程に強化されていました。原因として考えられるのは『魔』が付与されてしまったこと、後は二件同時に、魔力反魂と魔力集魂を行ってしまった事により、二つが混ざってしまった可能性があります。ですので、今回千祢里を死者蘇生するにあたっては『魔』の混入を防ぎ、かつ他の死者蘇生とは同時に行わない様にしたいと思います。更に懸念事項としては、これまで死者蘇生をした者たちの肉体は、純粋に魔界で生息した者たちになります。人族の死者蘇生も数件実例はありますが、全てこちらの世界の人族ではないため、千祢里の死者蘇生が事実上、この世界初の死者蘇生となる訳です。よって、何もないとは言い切れないのが現状です。更に調べたところ――――」
「すとーっぷ! 分かった! わからないけど分かった!」
あれ、これからが面白い所だったのに。
「とにかく、私が私のまま生きていられるという事だよね」
「そうですね、もしかしたら翼とか生えるかもしれませんが」
「あははっ、それってとっても素敵、翼が生えたら空も飛べるんでしょ?」
「戦闘機に撃ち落されるかもしれませんけどね。では、千祢里さん的には承諾という事で宜しいでしょうか?」
「うん、信じられないけど、出来るんなら、お願いします」
「かしこまりました。では、一回死にましょうか」
はぁ良かった、持ってきたのが無駄になるのかと思っちゃったよ。
最近は刃物の落とし物も山に沢山あって物騒だね。私的には好都合だけどさ。
するりとリュックから取り出した大きいナイフを見て、千祢里の笑顔が凍り付く。
「え、死ぬって、いま? そのナイフで?」
「だって、死なないと蘇生出来ないですよ?」
「え、まさか、それで私殺されるの?」
「そうですけど、不味いですか?」
「痛くない?」
「それはもちろん、死ぬほど痛いでしょうね」
「ご、ごめん、やっぱり、ちょっとだけ時間くれるかな」
なんだ、せっかく持ってきたのに。
結局しばらく待ったあと、今日は無しって事になった。
今日死ぬのも明日死ぬのも、変わらないと思うんだけどな。




