⑤
「あら、この前の。なに? やっぱり真喜納君、アズちゃんとお付き合いしてるの?」
「違うって言ってるだろ、この子が千祢里に会いたいって言うから、連れて来たんだよ」
先日大泣きしていたのが嘘みたいに、千祢里さんは笑顔で私を迎え入れてくれた。
「この前は泣いちゃってごめんね、でも、もう大丈夫だから」
「いえ、ダイジョブ、です」
この部屋、緩和ケア病棟って呼ばれているらしい。
全ての治療を諦め、苦痛を和らげるためだけにある部屋。
死を受け入れ、それまでの生をありったけの幸福で享受するための部屋。
強気に会話しているけど、千祢里さんの顔色は土気色を増している。
病状の悪化、それは逃れる事が出来ないレベルなのは、ここにいる人族は皆が知る所なのに。
「……どうして、笑顔になれるん、ですか」
理解できない、私には死とは恐怖でしかない。
間近に迫った死を笑顔で迎え入れる事なんて、私には出来ないよ。
もし立場が逆だったら、それこそ死に物狂いで何とかしようと足搔く。
足搔いて足搔いて、どうにもならないってなったのなら、多分、死ぬまで泣き叫ぶ。
だって、それ以上に死って怖いものだから。
受け入れたくないのに、だから私はこうやって転生した今も、死を恐れているのに。
「真喜納君、ちょっとだけアズちゃんと二人っきりにさせて貰えるかな?」
「……分かった、あまり興奮するなよ?」
「大丈夫だよ、それよりも目のクマが凄いぞ? 真喜納君こそ少しくらい寝ていきなよ」
「わかったよ」って言いながら、真喜納はこの部屋を後にする。
二人きりになって、とても居心地が悪い。
肘を抱えるようにして視線を逸らす。
「そんなとこに立ってないで、こっちにおいでよ」
どうして笑顔になれるの? 今だって辛いんじゃないの?
だって、千祢里は死んじゃうんだよ? 逃げられるのなら、逃げたいんじゃないの?
「お見舞いにね、お菓子とか前は貰ってたんだけど、もう食べることも出来ないから。アズちゃん、良かったら食べてってよ」
「……別に、いらなっです」
「そう? 物を美味しく食べれるって、幸せなことだよ? 人が良くなるって書いて食べるなんだから、美味しく食べれる内に沢山食べときなね」
千祢里の視線の先には、沢山のお菓子と手紙が置いてある。
この人族の死を悲しむ気持ち、慈しむ気持ちが、そこには溢れているんだ。
「千祢里は、死ぬっが、怖く、ないの?」
「……そういうの、死を目前にした人に聞く?」
「ご、ごめ、なさい」
怒られる、そう思ったけど、千祢里は笑窪を作ってほほ笑むんだ。
「あは、いいよ、ちょっとイジメたくなっただけだから。そうね、死ぬのが怖くないかって言ったら、それは怖いに決まってる。でもね、ここに至るまでに色々と手を尽くしてきたから……それこそ、死者蘇生についてだって調べたこともあったし」
「そう、なんですか」
「あはは、真喜納も一緒になって調べてくれたりしてさ。あの男、あんなにイイ奴なのに、私なんかの為に必死になっちゃって。今日だって図書館で勉強して、私の病気について一生懸命調べてくれたりもしたみたいだけど。そんなの、お医者さんたちがとっくのとうに済ませてるに決まってるのにね」
「……受け入れてるんですか、自分が死ぬことを」
きゅっと口端を結び、強めに問いかける。
雰囲気を感じ取ったのか、千祢里さんも表情を変えた。
「そんなの、出来る訳がないでしょ?」
「だったら、どうして笑えるんですか」
「笑うしかないからよ、そうじゃないと真喜納君が安心できない」
「安心させてどうするんですか、千祢里さんは死んでしまうんですよ」
「残す人の幸せを願うのが、先立つ者の役目でしょ」
「役目? 本心は違うんですよね」
「当然でしょ、私だって、私だって死にたくなんかない」
「だったら、なんでそれを叫ばないんですか。死にたくないって言えばいいじゃないですか」
「言える訳ないよ、真喜納がどんな顔をするか」
「どうして甘えないんですか、どうして泣きつかないんですか」
「だって、そんな事をしたって、何も変わらないんだよ? 私の未来は、何も変わらないの」
「変わらないからこそ、自分を曝け出すべきなんじゃないんですか」
「誰も得しない、私なんか誰の心にも残らない方がいいんだよ」
「千祢里さんはそれでいんですか。将来、真喜納さんの心の中からも貴女が消え去ってしまっても、それでいいって言うんですか。だとしたら、それは一体誰への愛なんですか。なぜそんなにしてまで自分を殺せるんですか、私には理解できない。全力で、何がなんでも誰かの心に残りたいと思う。思わせたい、私は、そう思ったから」
静まり返る病室で、千祢里さんは瞳を歪め、涙を浮かべた顔で私を見る。
「そう思ったって……貴女」
「私なら、差し出された手を何がなんでも掴みます」
「……それって、死者蘇生のことを言ってるの? 出来る訳ないじゃない、そんなの」
「できます、私には可能です」
「ふざけたことを言わないで、そんな事が出来る人間がこの世のどこにいるっていうの? ただの一度だって聞いたことも見たこともない、ぬか喜びなのよ、無駄に期待させないでよ、もう全部諦めたんだから、私はもう、全部」
「千祢里さん」
それまで被っていた帽子へと、私は指をかける。
楓子様が被れって言った帽子、これは人族にあってはならないモノを隠すためのもの。
「私は、人間じゃありません」
角、これこそが、私が人族ではないという証明。
「死者蘇生、受ける気はありますか」




