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人間不信のマオウ様、世界を救う  作者: 書峰颯
Diseases that lead to death
20/53

「どうしたんだ千祢里……千祢里!」

「あっ、ひっ、ま、真喜納、さん」

「すまない、申し訳ないが今日はこれで終わりにして欲しい。無理に連れ出したりして本当に済まなかった。千祢里、大丈夫だから、俺がずっと側にいる、だから大丈夫だからな」


 泣き続ける千祢里を、真喜納は抱き締めながら声をかけ、頭を優しくなでる。

 確かに、この部屋に私の居場所はないかも。


 一人廊下へと出ると、まだ泣き声が聞こえてくる部屋の扉を閉める。

 よくよく耳を澄ませば、この部屋からだけじゃない。

 この建物の至る所から泣き声や溜息、悲鳴みたいなものが聞こえてくるじゃないか。


 ……嫌だな、この建物は、随分と死が身近にある感じがする。

 早く立ち去りたかったけど、あの箱を使うのも何だか怖い。


 もし突然落下したりしたら? 私の存在がバレて人族が襲い掛かってきたら?

 考えるだけで怖くて泣きそうになる。


 良かった、バッグの中にモグタンがいてくれて。

 この子が側にいるってだけで、随分と安心できるよ。


「君、まだいたのか」


 バッグの中のモグタンと遊んでたら、部屋から出来た真喜納に声を掛けられた。

 彼は無言のまま私の隣に座ると、額に手を当て瞼を落とす。

 座った瞬間に怖くてちょっとだけ距離を取ったけど、気にした様子はないみたい。


「千祢里な、病気なんだ」


 目を伏せたまま、真喜納は喋り始めた。


「いつ死んでもおかしくない病気なんだと。千祢里はさ、元々黒くて綺麗な長い髪だったんだけどさ、治療のためにって全部剃っちまってよ。また伸びてきたら似合うだろうって思って、髪飾りなんかも買ってあるんだけどさ。……なんでかなぁ、どうして千祢里が死ななきゃいけなくて、死にたいって言ってる奴が健康なのかな」


 どこかから聞こえてきた溜息と同じように、真喜納も深い息を吐いた。

 長い長い沈黙がどこまでも続くような気がして、たまらず私から口を開く。


「死ぬのは、とっても痛い、です」

「……うん?」

「痛いし、怖いし、二度と味わいたくないって、思い、ます」


 人族の身体になった今は、以前よりも死が身近になってしまった。

 ことあるごとに死にそうになるし、全力で回避したくてもしきれない。

 生きている以上、死は避けられないものだと理解している。


 でも、怖いんだ。どうしようもなく怖いんだ。

 それを病気は問答無用で押し付けてくる、避けることも、逃げることも叶わずに。


「そうか……そう思えたのなら、千祢里と会った甲斐はあったって事かな」

「そ、そう、かもです、ね」

「なら良かった、千祢里も喜ぶ。そろそろ図書館に戻るか、借りたい本があったんだろ? その様子じゃ、図書館までの道のりが分かりませんって言いそうだしな」


 歯がゆい感じがしたままだったけど、真喜納って男は膝を叩いて立ち上がる。

 この男だって泣きたいのだろうに……でも、まだ千祢里は生きているから。



「み、身分っ証明書って、な、なんっですか?」


 ようやく解放されたから本を借りて帰ろうとしたのに、なぜか貸せないという。

 カウンターに山積みされた本を後目に、沙織って女は苦笑する。

 

「ご両親の会社の社会保険証とか、マイナンバーカードとか、学生証とか……何もないの?」 

「え、え、えと、その、な、何も、ない、です」

「それだとこの本は貸せないのよね。お家に帰って身分を証明する物を持ってから、もう一度来てもらえるかしら?」


 えー、だとすると、私永遠に本を借りることが出来ないよ。

 身分を証明するものなんて、私にある訳がないし。

 私が誰かを証明してくれる人だって、一人もいないのに。 

 楓子様くらいかな……でも、多分この沙織さんって人が言っているのは、そういう意味じゃない。


 結局、大量の本をテーブルに置いて、図書館にあった椅子に座り込む。

 読む分には構わないらしいから、読めるだけ読んでおこう。

 何が書いてあるのか分からないから、読める漢字と平仮名の部分だけでも。


「なんだお前、結局そんな本読んでるのか?」

「ひっ」

「そんなに怖がるなよ、隣、座るぞ」


 嫌です、またどこかに連れ出されたくないし。

 いいや、無視しよ、私は調べもので忙しいんだからね。

 

「……何だ? その感じだと、難しい漢字は読めてないのか?」

「えひっ、い、い、いえ、大丈夫、ですか、ら」

「長いあいだ引きこもりだったのか? 結構大変な思いしてきたんだな。でも、きっかけはともあれ、勉強する気になったのなら、それは良い事だ。俺ももっと早く、医学を学んでおけば良かったなって、後悔してんだ」


 引きこもりは引きこもりですけど、勉強はずっとしてきましたよ?

 それはもう、魔王って呼ばれるくらいは勉強してきましたから。

 最近はドラリンに負けてるけど、あの子はドラグル族の叡智も授かっちゃってるっぽいし。

 

「千祢里の病気な……何とかならないのかなって、今更図書館で調べてるんだけどさ」


 沈黙したままなのに、真喜納は一人、開いた本に目を落とす。

 人族の解剖学……かな? 内臓とかが物凄い細かく描いてある。


「調べれば調べるほど、治らないって事実だけが積み重なってきててな。治したい、信じたくないって思ってるのに、逆の方向にばっかり信頼度が増してきてるんだ。正直なとこ、俺も辛い。こんな事になるのなら、調べたりなんかしないで、何も知らないまま神様にでもお祈りしてた方が全然良かった。まだ、希望が持ててたからな。そもそも、知った所で医者じゃないし、治せる訳じゃないんだけどよ」

 

 知れば知るほど、自分の力ではどうする事も出来ない事実を押し付けられる。

 絶望って言葉が知恵と共に、重く真喜納には圧し掛かっているんだ。

 千祢里の病気はもう治せない所まで進行している、それは彼女の生気を見れば私でも分かる。 


「その本、借りられなかったんだろ?」

「……っ、は、はい」

「代わりに借りてやるからさ、お盆と死者蘇生について……だっけ? ああ、いや、千祢里から聞いたんだけどさ。もし何か希望に繋がるような事が分かったら、俺にも教えてくれな。ダメでもいい、その姿勢が大事だと思うからさ」


 ほえ? 借りてくれるの? 私の代わりに? 

 真喜納が本を持っていくと、ピッピッピで貸出が済んでしまった。

 私じゃ借りられなかった本を、この男ならあっさりと借りられるんだね。

 もしかしたらあの千祢里って女も簡単に借りることが出来るのかな?


「期限は一週間だってさ」

「あ、ありがと、ござます」

「一週間したら俺もここに来るから、調べものの成果を聞かさせてくれな」


 え、嫌です。

 断固拒否します。

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