②
なんで、なんで本を借りようとしただけで心配されないといけないの。
確かに本って貴重だけど、その内容だけでこんなになっちゃうもん?
「自殺はね、死んだ後も同じ場所で何回も苦しむことになるの。貴女はまだ若いし、こんなに綺麗で可愛いんだから、自殺するなんてもったいないわよ?」
しませんよ?
タダでさえ一回死んでめちゃくちゃ痛かったんですから、二度も味わいたくないですよ?
「何があったのか私に言ってみて? なんでも相談に乗るから。私、貴女の力になりたいの」
だったらその本を私に貸して下さい。
そして家に帰らさせて下さい。
人族への恐怖心が魂に刻まれてる私からすると、この場にいるだけで怖くてしょうがないの。
「だ、だだだだっだ、だから、私、死ななって」
「そんなにどもらせて、心に傷を負っているのね」
正解です。
でも不正解です。
私は貴女に対して恐怖しているのです。
ですから早く解放して下さい。
「どうしました沙織さん?」
「真喜納君、ちょうど良かった。この子、借りてく本がちょっと心配で」
「なになに……? あー、なるほど、そういう意味ですか」
ふぁ、図書館の椅子に座って説教されてたら、知らない人族の男がしゃしゃり出てきたぞ。
やめてよ、怖いんだから、近くに寄らないで。
「君、名前は?」
「な、なまっ? え、えっと……」
「ああ、言いたくなければそれでもいい。別に俺も深入りしようとは思ってないから。ただ、知り合いに大変な子がいてな、お前さんみたいに命を粗末にしようとしているのを見かけると、ちょっと黙ってられないんだわ」
【いのちだいじに】をモットーにしてますけど?
誰よりも死にたくないって思ってますけど?
隣に座るこの男、身体が大きくて、怖い。
それに人族の男を見ると、どうしても私を殺した男を思い出してしまう。
分かるんだ、殺さないって、手をだしたりしないって。
それでもダメ、何も喋れなくなっちゃう。
「沈黙か……言いたくない気持ちは分かる。俺は男だからっていうので喋れない事もあるだろうし。ここはやっぱり同性に頼るべきだよな」
「ど、どど、ど」
「沙織さん、この子ちょっと借りてきますね」
「千祢里さんのところですか?」
「ええ、俺も千祢里のとこに行く時間なので、ちょうどいいから彼女から命についてご教授してもらおうかなと。それに、俺ばっかじゃなくてこういう子とのふれあいも、千祢里には必要だと思いますから」
誰? 千祢里? え、なんで勝手に私の手を掴むの? え、これどこに行くの?
ちょ、ちょっと、私、本借りて帰りたいんですが⁉
★
怖くて何も言えないままに、どこかに連れてこられてしまった。
結局本も借りれてないし、なんの目的も達成できてないのに。
それにしても、一体いつまで私の腕を掴んでるつもりなのかな。
いい加減離して欲しいんだけど。
「ついたぞ、ここだ」
「え、え、えっと、その」
「ここにいる千祢里って女の子に会って、命の大切さを学べばいい。大病を患っちゃいるが、今日も元気みたいだし。きっとお前さんにとっても、有意義な時間になると思うぜ?」
「……べ、別に、私、そんなの望んでなんか、ない、です」
精一杯の反論、だけど、この人族の男にはどういう風に聞こえたんだろう。
私よりも一回り大きい身体に、髪を逆立た髪型の男は、眉根を寄せて私を睨む。
「別に放置しても構わねえのかもしれねえけどよ、知っちまったもんは見逃せねぇんだ。申し訳ねぇがアンタの望む望まないに関わらず、千祢里には会ってもらうぜ。アイツもきっとそういうのは見逃せないって言うだろうしな」
ダメだー、私の言うことなんか何も聞いてくれない。
見逃すもなにも、私これっぽっちも死ぬつもりなんてないよ?
でも、何を言っても無駄なら、とっととお話聞いて解放される方がいいのかも。
相も変わらず腕を引っ張られるままに、真っ白い建物の中へ。
なんか、この建物変な臭いがする。
沢山の人族がいるけど、身体に管を刺してたり、白い布で巻いてたり。
ポーン、って音がする変な扉に入ると、男が中のスイッチを操作して扉が閉まる。
い、密室? やだな、怖いな……って思ってたら、身体が重力を感じる。
「凄い、これ、上にあがってる」
「当然だろ、エレベーターなんだからよ」
「え、エレ……す、すっません」
「いちいち謝らない。そういった姿勢がイジメ加害者から喜ばれるんだ。死にたくなる程にキツイんだろうけど、死に逃げるのはダメだ。死ぬぐらいなら家に引きこもってもいいし、俺達みたいな大人に頼ってもいい。自分には選択肢がいっぱいあるってこと、忘れないでくれよな」
イジメ加害者? なんの話だろう。全然分からないや。
死ぬことが逃げとか、死にたいなんてこれっぽっちも考えたことないけど。
でも、人族に剣を向けられた時は、生きることを諦めちゃってたし。
そう考えると、逃げた事になるのかな……ううん。
「千祢里、入るぞ」
「うん、大丈夫だよ」
扉一枚挟んで、鈴を転がすような声が聞こえてきた。
人族の女、それもまだ若い……とは言っても、この真喜納って男と同じくらいの年齢かな。
扉の前に書かれたネームプレートには『長月千祢里』って書いてある。
読めないけど、多分これがこの声の主なんだろう。
「あら、真喜納君が女の子連れてくるなんて、珍しいじゃない」
「ちょっと訳アリでな、千祢里からも説得してもらえたら、助かると思ってさ」
「説得って……何を?」
「あんまり大きな声じゃ言えないんだけど」
明るくて暖かい部屋、ベッドが二つ置かれているけど、この部屋には千祢里って子しかいないみたい。帽子を被って、随分とやせ細った感じ。大病を患っているって言ってたっけ? 確かに生気をあまり感じないけど……でも、そんな感じは微塵も見せてこないな。
「……と、いう訳なんだけどさ」
「なんだ、てっきり私に愛想つかして、新しい彼女連れてきたかと思ったのに」
「そんな訳ねぇだろ、俺の恋人はずっと千祢里一人だ」
「それじゃ、何十年も一人になっちゃうよ? いいじゃない、この子カワイイし」
「……いいから、とっとと説教してくれよ。俺、飲み物買ってくるからよ」
私の肩をぽんと叩いて、真喜納って男が退室する。
これから始まるのか、緊張で唾が上手く飲み込めない。
「そんな遠くにいる必要ないよ、病気が感染ったりしないから」
「あ、あ、あ、え、えっと」
「そこの椅子、使っていいからね」
そこの椅子というと、この小さい丸椅子でしょうか。
うぅ、ヤダな、目の前に座ることになるじゃん。
「貴女、お名前は?」
座った途端に質問が始まった。
大病を患う千祢里さん、か。
細い切れ目だけど、目じりが下がってるから優しい感じに見える。
近くで見ると、確かに肌色が他の人族と違って土気色をしているかも。
やせ細った腕には管が通っていて、それと袋に入った液体が繋がっていて。
多分、戦ったら私でも負けない。
でも、それでも怖いって思うのは、しょうがない事なのかな。
すぅっと息を吸い込んで、頑張るぞと自分を鼓舞する。
「え、え、えっあ、えっと、あっあの、アズ、って、呼ばれて、ました」
「そうなんだ、アズさんって言うんだ。可愛い名前だね。もう紹介されちゃったけど、私は長月千祢里、千祢里って名前はあんまり聞いたことないと思うから、覚えやすいでしょ?」
「そっ、そう、ですね」
「それにしても……」
言いながら、私のことを頭のてっぺんからつま先まで、きょろきょろと見回す。
「本当に貴女、可愛いね」
「……あっあざます」
「真喜納君が連れてきた時は、ついにこの時が来たかーって思っちゃったよ。でも、見た感じそんな風には見えないんだけどなぁ」
「そ、そんっな風、ですか?」
「うん、だって貴女、自殺志願者なんでしょ?」
違うよ? これっぽっちも思ってないよ?
言葉にするのが面倒だったから、首をフルフルと横に振る。
「あ、やっぱり? 全然見えないもんね。どうして真喜納君、そんな風に思っちゃったのかな」
「……た、多分、私が、借りよっとした本が、原因、かと」
「借りた本って、なんか死に関する本を借りてたんでしょ? 何か調べものしてたの?」
「え、え……えと、お盆に、ついて、です」
「お盆?」
知っているはずなんだ、本にまで記されていて、ドラリンでも知ることが出来た言葉。
お盆について調べるよりも、聞いた方が早いのかもしれない。
そう考えて私は千祢里へと質問したのだけど。
「お盆って……どうしてまた」
「お、お盆は、しっ死者が天から降りてきて、復活する日だと、聞きまし、た。な、なので、死者蘇生に関わる何かが、分かればと、おもっおもったの、ですが」
「お盆で死者蘇生なんて、する訳ないじゃない」
「……え」
思った以上に呆れたって顔をして、即答された。
「お盆は亡くなった人を敬う気持ちを表現するに過ぎないの。黄泉返りなんて言葉もあるらしいけど、それはあくまで迷信に過ぎないし、実際に人が蘇る訳じゃないよ」
「そ、そう、なっですか」
「でも、蘇ったらいいよね。私も蘇ることが出来たら、まだまだ沢山したい事とかあったから。本当、どうしてこんな事になっちゃったのかな。半年前まで元気だったんだよ? なのにもう、何も食べる事も出来ないし、体中痛いし……どうしてかな」
すん……っと、彼女を包む空気が変わった。
瞳の輝きが消えて、私を見ないままに語り始める。
「私だって、もっと沢山生きたかった。大学だって中退したくなかった、車の運転だってしたかった。働いて両親に親孝行したかった、子供だって産みたかった、やりたい事だらけなのに、まだ、こんなのじゃ終われないのに、どうして……ねぇ、どうしてなの、私はなんで死ななきゃいけないの? そんなに悪いことしたのかな、全部謝るよ、死にたくない、死にたくないんだよ」
何も言えないままに、千祢里の言葉に耳を傾ける。
人族だって死にたくないんだ……なら、なんで私達魔族を当たり前のように殺せるのかな。
「真喜納君と、もっと一緒にいたかったよ……嫌だよ、一人だけ死ぬなんて。うっうううっ、……ひっく、…………うぅ…………うううううぅっ」
なんでなの……かな。




