④
モグタンがその変化に気づいたのは、私が気配を消してから一分くらい経過した後のことだ。
不思議だったんだろうね、それまでいたはずの獲物が、突然消えてしまったのだから。
多分、モグタンは元々はこの世界の生き物だったのだろう。
それがドラリンやキィ君にように突然変異し、この大きさになってしまった。
だから、まだ魔力というものに慣れていない。
突然自分が得た力の全てを理解しないままに、ここまで来てしまったんだ。
「モーグタン」
あまり時間はない、早めに仕掛けないと。
「追いかけっこしよっか」
やっぱり、モグタンは音で感知するタイプなんだ。
声を聴いたモグタンは弧を描くように飛び上がり、私へと長い爪を伸ばす。
「すご、そんな攻撃も出来るんだね!」
地面を、岩盤を簡単に抉ってしまう鋼鉄の爪は、多分触れるだけで私の命をもぎ取る。
だから、絶対に当たれない、何が何でもかわす。
飛んで飛んで飛びまくって、モグタンの攻撃の全てをかわし続ける。
コッ、コッ、という音、鼻を鳴らしているのかな?
モグタン、その身を弓の様に引いて、後ろ脚にめちゃくちゃな力をため込んでいる。
「ほらほら、モグタンどうしたの! 私はここだよ!」
声を聴き、天井から降り注ぐ霜で私を感知して、モグタンは私へと跳躍する。
これを避けて、この子を外へと連れだす、それが第一段階だ。
なのに。
「え?」
ぎゅっと動かない身体。
降り注いだ霜が蜘蛛の巣みたいに張り巡らされて、いつの間にか私の身体を拘束し始めてる。
「凄い、こんな事も出来るんだ。モグタンなりに勉強してるって事かな」
出来れば隠しておきたかった、でも、このままじゃ私死んじゃうから。
痛いのはもう、嫌だから。
「モグタン、その魔力、全部貰うね!」
私の体内に残っていた魔力、それとモグタンの身体を包んでいた、氷で出来た天女の衣。
空に残る『魔』と同じモグタンの衣は、私の誘導にしっかと反応を示してくれた。
魔力と『魔』の違いは、未だによく分かっていない。
でも、この力は私にとって常に味方してくれる、大切な力なんだ。
突っ込んでくるモグタンの身体を、天女の衣を使って強引に上へと逸らす。
私の頭をかすめるように壁に激突したモグタンは、その反動で宙へと浮かび上がった。
その力を利用する! 一気に飛び上がれ! モグタン!
「まだだよ! もっと上!」
ゴシャアアアアァァンッ! という爆音が洞窟内に響き渡る。
うまい具合に、私達が入ってきた大穴の蓋まで、勢いを殺さずに持ち上げる事が出来た。
モグタンがぶつかった衝撃で蓋がなくなり、大穴には太陽の光が差し込んできている。
でも、まだだ、ここから更に上に連れて行かないといけないのに。
蓋にぶつかったせいで、勢いが死んじゃった。
重い、とてつもなく重い。モグタン、多分一トン近い体重がある。
私の魔力と『魔』を相当に消費してるのに、全然持ち上がらない!
「うぐッ、ぐぐぐッ!」
それだけじゃない、外にあった霜がモグタンの上に集まって、下に下にと重さを増してくる。
私の身体にも巻き付いてくるし、穴をあけたのは失敗だったのかなって、後悔しそう。
でも止まっちゃダメ、もっと上、もっと上に行けば、モグタンを仕留めるあの子がいるから!
でも、メッチャ重い! 『魔』を使って持ち上げようとしているのに、持ち上がらない!
このままじゃ、私自身の魔力もなくなっちゃう!
モグタンの身体の周りにある『魔』ももう無くなっちゃうみたいだし!
「――――っ、このままじゃ、ダメだ、助けて――」
重すぎて、持ち上がらなくて。
スンッ――と、私の中の魔力が完全に無くなったのを感じると。
私の身体とモグタンの巨体が重力に従い、穴の奥底へと自由落下を始めた。
このまま落ちたら、モグタンの魔法以前に落下の衝撃で死んでしまう。
だけど、私の身体だけは、途中で落下を止めたんだ。
霜、モグタンの張り巡らせた霜が、私を包み込んでいる。
凄い執念だ、絶対に逃がさない、その気迫が成せる技か。
……そうだよね、雪原に生き物、一匹もいなかったもんね。
全部食べちゃったのか、全部逃げちゃったのか。
モグタンは、お腹が空いてしょうがなかったんだ。
食べなきゃ死ぬ、それは生き物全てに共通する。
そして死ぬのが怖い、生きていたいと思うのは、やっぱり生き物なら当然だ。
「だから、いっぱい食べようね、モグタン」
私へと向けて長い爪を伸ばしながら、鼻ドリルを目いっぱい回転させる。
完全に勝利を確信したのかな、口からヨダレが沢山出ているね。
でも、ごめん。
『…………?』
モグタンの爪やドリルが私に届くことはなく、寸前で空振りすることに。
何が起こったのか分からないと、モグタンは全身を捻り暴れまくる。
でもね、その子の爪は、絶対に外れる事はないから。
段々と地上へと向けて運ばれるモグタン。
それを見た私は、心の底からの安堵の息を吐くんだ。
姿の見えない、私を思ってくれる大切なペット。
「ありがと、キィ君」
モグタンよりもはるかに大きい翼をもつキィ君が、まるで獲物を捕らえた猛禽類の様に、後ろ脚で鷲掴みにして持ち上げ運んでいる。太陽の下に引き釣り出されたモグタンは暴れたりはせずに、そのままキィ君に運ばれ、私の視界からは無事消え去っていった。




