①
楓子様の下から離れて、三か月が経過した。
人族が持っていたカレンダー的にいうと六月。
随分と暖かくなり、山の中でも快適に過ごせる季節になった。
この世界の青い空と白い雲にも随分と慣れ、昔からこんな感じだったんじゃないかな? と思ってしまう程に、今の生活に慣れ親しんできている。
「ふむふむ、コッフちゃんとフーちゃんにも、ようやく角が生えてきたね」
「フゴゴゴ」
「コッフッフ」
「コッフちゃんは額に一本角、フーちゃんは三本か。種族による違いかな?」
山間にある開けた草原で、コッフちゃんとフーちゃんを放牧しつつ、観察する。
角が生えてきたという事は、魔族としての適合に成功したということだ。
ゆくゆくは言葉を喋れるようになるかもしれないし、喋れないかもしれないし。
無理のない速度で成長してくれれば、それでいい。
「アズモンデオ様、お食事の準備が整いました」
ドラリンは執事として目覚めたのか、今では完全に私のお世話係になってくれている。
ゴブリン族とドラグル族の混合種がこんなにも便利な存在になるなんて、想定外もいい所だ。
「ありがとドラリン、お前も一緒に食事しないか?」
「はっ、アズモンデオ様のご厚意に甘えて、私もご相伴にあずからさせて頂きます」
主への絶対服従、それに加えて料理や建築も出来る器用な三本指。
ドラグル族の高い知性に魔力まで兼ね揃えている……最高じゃないか。
料理から語学、新しい自分の力に喜びを感じながら、更に成長を続けている。
山の中に建築されたこの木製の城も、人族の本から学び、造り上げたもの。
無論、私の魔法あってのものだけど、それだとしてもドラリンの功績はとても大きい。
こうしてペットと一緒に何かをする……ふふっ、昔が懐かしいね。
「ご馳走様でした。ドラリン、料理の腕も随分と上達したね」
「ありがたきお言葉、そば打ちを覚えましたので、次はうどんに挑戦したく存じ上げます」
「おお、私麺類大好きだぞ。ドラリンのうどん、期待しているからね」
何をするにしても極めるまで継続しつづける。
ドラリンの姿勢は私も見習わなければいけないね。
負けないように、日本語の勉強を続けないと。
ドラリンはもう本が読めてるんだもんな、私なんかまだ読めない漢字が多いのに。
そんな事を考えていると、食事の片付けを終えたドラリンが私の横に立ち、深く礼をする。
仕草からして完全に貴族や執事のそれなんだよね、単純に凄いや。
「アズモンデオ様、今後についてのご相談をしたいと思うのですが、宜しいでしょうか?」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます……では、前を失礼いたします」
先ほどまで温かな蕎麦が置いてあったテーブルに、すわっと大きな地図を展開する。
人族の正確無比な地図は、いつ見ても感嘆の声が漏れてしまうね。
「まず、我々が現在根城にしているこの山ですが、人族の地図を参照にした所、本来存在しない山となっている様子でございます」
「私達の世界の山ってことか……でも、私の記憶には一切ない地形だから、魔界ではないね」
「おそらく。して、我々が拠点としている場所、地図上にはございませんので、似ているこのエリア、ここをアズモンデオ国と仮に名称しますが。ここから南西、山を一つ越えた辺りのこの地点に、雪原があるのはご存じでしょうか?」
「雪原? こんなに暖かいのに?」
通常あり得ないでしょ、確かに涼しいとは思うけど、雪が降るレベルではないよ?
それに山の上ならまだ可能性としてはあるかもだけど、ドラリンが示した場所は盆地だ。
「おっしゃる通りでございます、しかして、異常気象というには規模が小さすぎます。周囲を高い山で囲まれたこの区画のみ、雪原になっているのです。空から見た感じでは魔物の姿は確認できませんでしたが、アズモンデオ様ならば」
「魔力感知で探せるかもしれないね。周囲を雪原に変えてしまう魔物か、興味あるね」
フェンリル族とかスノーギガント族とか、雪原にかかわる魔物は魔界にも多数存在したけど、周囲一帯を雪原に変えてしまう魔物なんて聞いたことも見たこともない。
これはコレクターとして何としてもペットに加えたい。
それに氷雪系のペットは是が非でも欲しい所でもあったんだよね。
あのドラグル族を爆破した人族の機械、戦闘機って言うらしいけど、あれの対策としても必須級な能力なんだ。爆破する前に凍結する、化学反応を利用した兵器って記載があったから、凍結させてしまえば単なる鉄塊に過ぎない。
他にも、欲しい理由はあるんだけど。
何はともあれ、この目で見てみないとだね。
「とりあえず行ってみよっか。私はキィ君の背中に乗っていくからね」
「左様でございますか、宜しければ私めの背中でも問題ありませんが」
バンッと広げたドラリンの翼は、傍目に見ても屈強そのもの。
確かに人族の姿をした私一人ぐらい、余裕で運べるとは思うけど。
座るには狭いし、背負ってもらうのもなんかね。
ドラリンに「ありがとう」とだけ言葉を残して、私は屋外へと足を運ぶ。
突き抜けるような青い空に、絨毯のような草原を走る、頬に当たる柔らかい風。
放牧しやすい開けたこの草原は、大型のペットを飼うにもちょうどいい。
すぅー……っと、息を吸い込んで、私は大きな声で叫んだ。
「キィ君、遊びに行くよー!」
何もない空、誰もいない空間に、その可愛らしいペットは光と共に姿を現す。
「キィー!」
首が長くて胴体がちょっと丸い、尻尾も長くて先っぽには鋭い刃がトゲトゲしてる。
開いた翼は日光を透過させるほどに薄いのに、どんな強風でもビクともしない。
長い首の先には人懐っこい顔をした、エメラルド色の瞳を持つドラグル族のキィ君。
全体的に黄色をしたキィ君は、魔力注入と共にその肉体を変えてしまった。
全身の鱗がなくなってしまい、その代わりに登場したのは柔らかな黄金の毛。
光属性の魔力を蓄えたその体毛が、光を屈折させて姿を見えなくさせてしまう。
当初、転移させたはずのキィ君の姿がなくって、私達は相当焦ったもんだ。
魔力反応はあるのにどこにも姿がない、その時は名前も決めてなかったから、魔力探知をフル稼働させてようやく見つけ出すことに成功するも、ドラリンを敵とみなしたキィ君が襲い掛かっちゃってね……あの時は、本当どうなる事かと思ったけど。
「あはは、本当、甘えん坊だね、キィ君は」
「キィ、キィィ♪」
今となっては私にすっかり懐いてくれて、ただただ可愛いばかり。
ふわっふわの頭を撫でてあげると、キィ君は目を細めて喜ぶ。
「キィ君、ちょっとだけ背中に乗せて貰えるかな。行きたい場所があるんだ」
「キィ! キィ~ィ!」
「ありがと、そんなに飛ばさないで大丈夫だからね」
頭から首、胴体を全部ぺたんって地面にくっつけちゃって。
本当にかわいらしいね、この子は。
大きな翼を二、三、上下させるだけで、私たちの身体は大空へと舞い上がる。
さて、雪原の主はどんな魔物なのか、楽しみ楽しみ。




