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光となったドラグル族が天高く飛翔すると、まさに閃光の如く姿を消した。
辺りは静まり返り、避難を案内する声だけが無機質に響き渡る。
「アズちゃん、貴女」
「転送、完了です。これであの子はもう攻撃されることも、殺されることも、ない」
甲殻族の時だって、あんな量の魔力を使った事はなかった。
私の身体を媒介させただけなのに、体の中身が全部持ってかれちゃったみたい。
なのに、まだ空には魔力が漂っている……凄いね、人族って。勝てない訳だ。
「す、すいません、楓子様」
「な、なに、どうしたの」
「ちょっと……眠る」
「え、眠るって、アズちゃん、アズちゃん⁉」
途中からはもう、楓子様の声が聞こえなくなっていた。
膨大すぎる魔力は、人族としての肉体を持つ私には少々荷が重かったらしい。
魔力は今もなお、都会の空から私へと注がれ続けている。
けど、多分、山に帰ったら、この供給は絶たれることになるのだろうね。
あくまで、あの『魔』は、人族が人族を憎むものだから。
私が魔力と呼ぶ存在とは、また違う力らしい。
★
目を開けると、そこは知らない場所だった。
白くて柔らかい何かに、フカフカな敷物。
「……いっつぅぅ」
全身が痛い、ドラグル族を転送させた反動かな、なんだか、ギシギシする。
頭もズキズキするし、しばらくは治らなそう。
「あ、起きた?」
「……楓子様」
「良かったー起きてくれて。このまま起きなかったら救急車で運ばれる所だったよ」
「きゅ、きゅうきゅうしゃ、ですか?」
「そ、救急車、そしたらアズちゃん魔族ってバレて、体中調べられちゃったかもね」
体中調べるって、まさか切り刻んで?
そ、そんな、倒れてるだけで切り刻まれちゃうの!?
「あはは、でも本当に良かった。動ける?」
「あ、は、はい、うごけ、ます。あの、ここは」
「ここ? さっきの研究所から動いてないよ? アズちゃん倒れちゃったから、警備さんに保健室みたいな場所に運んでもらったの。時間にすると大体二時間くらいかな」
「そ、そう、ですか。ごっ迷惑おかっけして、ごめっなさい」
「だから土下座はいいって、動けるんならさ、このまま一回お家に帰ろっか」
お家に帰る、その意見に素直に頷いて、私は楓子様と一緒に施設を後にした。
転送させたドラグル族がどうなったか知りたかったし、コッフちゃんとフーちゃんと仲良くしてるかも見ておきたかったのだけど。
だけど、お家の概念が、私と楓子様とで、若干の差異が生じてしまっていたらしい。
「ふっ、楓子様、こ、ここは」
「私の家、今の時間なら、多分誰もいないから」
おかしいと思ってたんだ、乗る電車の方角が違かったし。
なんかどんどん山から遠ざかってた感じがしたし。
あれ? でも、楓子様って確か家出されてたはずなんじゃ?
「春休みに自分探しの旅行ってことにしてたから……あはは、なんか、情けないよね」
「い、いえ、自分探しって、大事だっ、思ます」
楓子様のご自宅は、先ほどまでいた研究所や、駅と呼ばれる場所よりもずーっと小さい。
でも、中に入ると暖かいし、楓子様の身体に染み付いた匂いが、部屋中から漂ってくる。
「とりあえず、お風呂入ろっか。アズちゃん、お風呂って入ったことある?」
「え、お、お風呂、ですか? い、いえ、すまっせん、なっです」
「え、お風呂入ったことないの、魔族って皆そんな感じ?」
「な、中には、綺麗好きも、おりまった、はい」
私は研究に没頭すると部屋から出なかったし、そもそもお風呂なんて聞いたこともない。
人族が体を洗うのは知ってる、時間を無駄にしてバカだなって思うだけだったけど。
洋服を脱いで、頭にずっと被っていた帽子も取り、借りていた下着も返却する。
久しぶりの裸は、どこはかとなく寒い。
「へっくち」
「あ、ごめん、寒かった? 浴室暖房効かせてなかったから」
「い、いえ、大丈夫、です」
「ふふっ、じゃあさ、頭洗ってあげるからね」
洗うって言われても、全然分からなかったから、助かった。
白い液体を手に付けると、楓子様は椅子に座った私の頭でゴシゴシと泡立てる。
いい香りだ、花弁の匂いが凄いして、ちょっとクラクラしそう。
「これで洗うとね、頭皮の汚れが落ちるんだよ」
「とうひの、よごれ、ですか」
「うん、アズちゃん泡立たないから、もう一回洗おうね」
バシャンって頭からお湯を掛けられて、どうやらもう一度洗うらしい。
容器を上下すると出てくる白い液体……どうしてこれが頭を綺麗に出来るのだろう?
ちょっと舐めてみようかな。
「――――!!! まずっ!」
「え、アズちゃんシャンプー舐めたの!? もう、なんでも舐めちゃだめだよ!」
「す、すません……あ、泡が! 口かっ、泡!」
「あはは、何それ、どこかの探偵さんみたいじゃん」
もう二度とシャンプーは舐めない。
人族の使うもの、薬といいシャンプーといい、不味いのばっかりだ。
「子供が間違って舐めないようにね、わざと不味くしてるんだと思うよ」
「そう、なんですか、確かに、ムリ、です」
湯舟に肩まで浸かると、魔力が抜けきっちゃった体に何かが補填される感じがする。
気持ちいい、人族の全部が怖いって思ってたけど、お風呂だけは気持ちいいって思える。
「それにしてもさ、アズちゃんって、魔物全部をペットにするつもりなの?」
「……どうして、です、か?」
「え、だって、ドラグル族だっけ? あれだってペットにした訳でしょ? 他にもコッフちゃんもフーちゃんもいるし、あとほら、途中にいた電車の魔の子もペットにするつもりだったとか?」
「その子は、今もそこっ、いますけど」
「え、マジ⁉ ついてきちゃってるの!?」
「……冗談です」
「も、もう、怒るよ!?」
なんとなくわかるんだ、楓子様はこういうのでは本気では怒らないって。
だから、にっこりと口元を緩ませると、やっぱり許してくれる。
そんな楓子様だから、きちんと話せるんだ。
震えちゃう喉を押さえて、ちゃんと会話出来るように一度深呼吸もして。
「全部をペットにするかと言われたら、多分、そうなんだと思います」
「え、だって、全部って、何匹いるか分からないんでしょ?」
「……でも、そうじゃないと、魔物が可哀想ですから。今日、一人だけ見かけたゴブリン族、覚えてますか?」
「うん、緑色をした子だよね、死んじゃってたけど」
「私、耳がいいから、人族の会話全部聞こえるんです。あの場にいた全員が、ゴブリン族が殺されたのに、可哀想って言ってませんでした。気持ち悪い、見たくない、そんなのばっかりで……あの子だって、殺されたくて殺された訳じゃないのに」
理由もなく殺されてしまうのが、魔物という存在なんだ。
生きようとしているだけなのに、見つかり次第殺される。
だから徒党を組み、なんとか生き延びようと努力する。
自分たちから攻撃しようなんて考える子達じゃないのに。
「そっか、確かにあの時、私もそんな風に考えてたかも。魔物だからって、殺されてイイ訳じゃないよね。だとしたらあの子も可哀想だったなぁ、ちゃんと弔ってあげたかったね」
「……大丈夫です」
「え?」
「もう、復活させましたから」




