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 光となったドラグル族が天高く飛翔すると、まさに閃光の如く姿を消した。

 辺りは静まり返り、避難を案内する声だけが無機質に響き渡る。


「アズちゃん、貴女」

「転送、完了です。これであの子はもう攻撃されることも、殺されることも、ない」


 甲殻族の時だって、あんな量の魔力を使った事はなかった。

 私の身体を媒介させただけなのに、体の中身が全部持ってかれちゃったみたい。

 なのに、まだ空には魔力が漂っている……凄いね、人族って。勝てない訳だ。


「す、すいません、楓子様」

「な、なに、どうしたの」

「ちょっと……眠る」

「え、眠るって、アズちゃん、アズちゃん⁉」


 途中からはもう、楓子様の声が聞こえなくなっていた。

 膨大すぎる魔力は、人族としての肉体を持つ私には少々荷が重かったらしい。


 魔力は今もなお、都会の空から私へと注がれ続けている。

 けど、多分、山に帰ったら、この供給は絶たれることになるのだろうね。

 

 あくまで、あの『魔』は、人族が人族を憎むものだから。

 私が魔力と呼ぶ存在とは、また違う力らしい。



 目を開けると、そこは知らない場所だった。

 白くて柔らかい何かに、フカフカな敷物。


「……いっつぅぅ」


 全身が痛い、ドラグル族を転送させた反動かな、なんだか、ギシギシする。

 頭もズキズキするし、しばらくは治らなそう。

  

「あ、起きた?」

「……楓子様」

「良かったー起きてくれて。このまま起きなかったら救急車で運ばれる所だったよ」

「きゅ、きゅうきゅうしゃ、ですか?」

「そ、救急車、そしたらアズちゃん魔族ってバレて、体中調べられちゃったかもね」


 体中調べるって、まさか切り刻んで? 

 そ、そんな、倒れてるだけで切り刻まれちゃうの!?


「あはは、でも本当に良かった。動ける?」

「あ、は、はい、うごけ、ます。あの、ここは」

「ここ? さっきの研究所から動いてないよ? アズちゃん倒れちゃったから、警備さんに保健室みたいな場所に運んでもらったの。時間にすると大体二時間くらいかな」

「そ、そう、ですか。ごっ迷惑おかっけして、ごめっなさい」

「だから土下座はいいって、動けるんならさ、このまま一回お家に帰ろっか」


 お家に帰る、その意見に素直に頷いて、私は楓子様と一緒に施設を後にした。

 転送させたドラグル族がどうなったか知りたかったし、コッフちゃんとフーちゃんと仲良くしてるかも見ておきたかったのだけど。 

 だけど、お家の概念が、私と楓子様とで、若干の差異が生じてしまっていたらしい。


「ふっ、楓子様、こ、ここは」

「私の家、今の時間なら、多分誰もいないから」


 おかしいと思ってたんだ、乗る電車の方角が違かったし。

 なんかどんどん山から遠ざかってた感じがしたし。

 あれ? でも、楓子様って確か家出されてたはずなんじゃ?


「春休みに自分探しの旅行ってことにしてたから……あはは、なんか、情けないよね」

「い、いえ、自分探しって、大事だっ、思ます」


 楓子様のご自宅は、先ほどまでいた研究所や、駅と呼ばれる場所よりもずーっと小さい。

 でも、中に入ると暖かいし、楓子様の身体に染み付いた匂いが、部屋中から漂ってくる。

 

「とりあえず、お風呂入ろっか。アズちゃん、お風呂って入ったことある?」

「え、お、お風呂、ですか? い、いえ、すまっせん、なっです」

「え、お風呂入ったことないの、魔族って皆そんな感じ?」

「な、中には、綺麗好きも、おりまった、はい」


 私は研究に没頭すると部屋から出なかったし、そもそもお風呂なんて聞いたこともない。

 人族が体を洗うのは知ってる、時間を無駄にしてバカだなって思うだけだったけど。

 

 洋服を脱いで、頭にずっと被っていた帽子も取り、借りていた下着も返却する。

 久しぶりの裸は、どこはかとなく寒い。

 

「へっくち」

「あ、ごめん、寒かった? 浴室暖房効かせてなかったから」

「い、いえ、大丈夫、です」

「ふふっ、じゃあさ、頭洗ってあげるからね」


 洗うって言われても、全然分からなかったから、助かった。 

 白い液体を手に付けると、楓子様は椅子に座った私の頭でゴシゴシと泡立てる。 

 いい香りだ、花弁の匂いが凄いして、ちょっとクラクラしそう。


「これで洗うとね、頭皮の汚れが落ちるんだよ」

「とうひの、よごれ、ですか」

「うん、アズちゃん泡立たないから、もう一回洗おうね」


 バシャンって頭からお湯を掛けられて、どうやらもう一度洗うらしい。

 容器を上下すると出てくる白い液体……どうしてこれが頭を綺麗に出来るのだろう?

 ちょっと舐めてみようかな。


「――――!!! まずっ!」

「え、アズちゃんシャンプー舐めたの!? もう、なんでも舐めちゃだめだよ!」

「す、すません……あ、泡が! 口かっ、泡!」

「あはは、何それ、どこかの探偵さんみたいじゃん」


 もう二度とシャンプーは舐めない。

 人族の使うもの、薬といいシャンプーといい、不味いのばっかりだ。

 

「子供が間違って舐めないようにね、わざと不味くしてるんだと思うよ」

「そう、なんですか、確かに、ムリ、です」


 湯舟に肩まで浸かると、魔力が抜けきっちゃった体に何かが補填される感じがする。

 気持ちいい、人族の全部が怖いって思ってたけど、お風呂だけは気持ちいいって思える。


「それにしてもさ、アズちゃんって、魔物全部をペットにするつもりなの?」

「……どうして、です、か?」

「え、だって、ドラグル族だっけ? あれだってペットにした訳でしょ? 他にもコッフちゃんもフーちゃんもいるし、あとほら、途中にいた電車の魔の子もペットにするつもりだったとか?」

「その子は、今もそこっ、いますけど」

「え、マジ⁉ ついてきちゃってるの!?」

「……冗談です」

「も、もう、怒るよ!?」


 なんとなくわかるんだ、楓子様はこういうのでは本気では怒らないって。

 だから、にっこりと口元を緩ませると、やっぱり許してくれる。

 そんな楓子様だから、きちんと話せるんだ。

 震えちゃう喉を押さえて、ちゃんと会話出来るように一度深呼吸もして。


「全部をペットにするかと言われたら、多分、そうなんだと思います」

「え、だって、全部って、何匹いるか分からないんでしょ?」

「……でも、そうじゃないと、魔物が可哀想ですから。今日、一人だけ見かけたゴブリン族、覚えてますか?」

「うん、緑色をした子だよね、死んじゃってたけど」

「私、耳がいいから、人族の会話全部聞こえるんです。あの場にいた全員が、ゴブリン族が殺されたのに、可哀想って言ってませんでした。気持ち悪い、見たくない、そんなのばっかりで……あの子だって、殺されたくて殺された訳じゃないのに」


 理由もなく殺されてしまうのが、魔物という存在なんだ。

 生きようとしているだけなのに、見つかり次第殺される。


 だから徒党を組み、なんとか生き延びようと努力する。

 自分たちから攻撃しようなんて考える子達じゃないのに。

 

「そっか、確かにあの時、私もそんな風に考えてたかも。魔物だからって、殺されてイイ訳じゃないよね。だとしたらあの子も可哀想だったなぁ、ちゃんと弔ってあげたかったね」

「……大丈夫です」

「え?」

「もう、復活させましたから」

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