第848話 お花見
「桜、散っちゃうな」
じめじめとした梅雨時のような湿気が満ちる食堂で、咲良が外を眺めながら何気なくつぶやいた。
曇る窓の向こうでは、しとしとと静かに雨が降っている。
「そうだな」
「俺、ちゃんと花見してないんだけど」
そう言いながら、咲良はかつ丼をほおばった。今日の俺の弁当には、チューリップから揚げが入っている。この間食べておいしかったから、また入れてもらったのだ。
やっぱり、骨を持って食べるのは、なんか楽しい。
「春都は花見、行った?」
「行った」
「弁当持って?」
「うん」
いいなあ~、と咲良は口をとがらせる。
「うまいんだよな~、花見弁当」
「花より団子ってやつだな」
「まあな。うちにも一本桜の木あるんだけどさ、早咲きだから今頃はもう葉っぱなんだよ」
家に桜の木があんのか。すごいな。
もしも家に桜の木があったら……じいちゃんとばあちゃんの家の裏の庭にあったら、のんびり寝転がりながら花見ができるのか。それ、憧れるなあ。でも掃除とか管理とか、大変そう。
「でも、咲良の家の近くって、花見スポット多いだろ」
あの辺は確か大きな公園も近くにあるし、行こうと思えば行けそうなものだが。そういうことでもないのだろうか。
咲良は首を横に振って言った。
「人多くて行けたもんじゃないよ。この時期は車も多いし、一回家から出たら、帰られないって」
「ああ……それは分かるな」
この辺も、近くにって程ではないが、桜の名所へと向かう道になっているものだから、車通りは多い。
「だろー? んで結局、家に引きこもってたって訳よ。あー、でもいざ散るって思うと、なんかもったいない気がしてくるな」
「今しか咲かないからな」
「そうそう。つつじとか藤の花とかあるけど、やっぱ桜の花は違うっていうか」
今日は食堂に人が少なかったし、特別やることもなかったので、食べ終わった後もしばらくのんびりしていた。
「なんか甘いもの食べたいな」
「アイス食べようぜ」
真夏はもちろん、真冬でも、うちの食堂ではアイスがしっかり売ってある。ラインナップも相当なものだ。うーん、よし。バニラアイスにチョココーティングのこれにしよう。
パリッとしたチョコレートはビターで、バニラアイスはなめらかだ。小さめサイズなのもちょうどよくていい。咲良はイチゴアイスにしたようだった。
「おっ、一条と井上がいる」
「よお」
「んー? 百瀬、朝比奈」
百瀬と朝比奈も手にアイスを持っていて、百瀬は滑り込むように咲良の隣に座り、朝比奈はその対面、俺の隣に座った。
「何の話してんの?」
「花見。桜散っちゃうなーって」
咲良が言うと、百瀬は「なるほどー」と言いながら、もなかアイスをかじる。朝比奈は抹茶を選んだようだ。
「そう言えばこの近くの公園の桜はまだ咲いてたよ? 雨降ってるしどうなるか分かんないけど、まだ見れるんじゃない?」
「午後からは雨も止むっていってたからな」
「え、まじ?」
百瀬と朝比奈の言葉に、咲良が楽し気に目を輝かせる。今日はこのあと一時間だけ授業があって、それから下校だ。部活も休みである。
咲良はふと外を見て、何やら決意したようだ。
「よし、放課後、花見に行こう! みんなで!」
「いいねえ、行こう行こう!」
「今はめっちゃ雨降ってるけどな」
「止むといいね……」
咲良の提案に異を唱える者は誰もいない。むしろなんだかワクワクする。
雨、止むといいな。
昼休みまであれだけ振っていた雨はすっかり止んで、分厚い雲が割れて日差しが見え始めた。
幸いにも桜の花は完全には散っておらず、しっとりとはしているが、きれいに咲いていた。
「おー、いい感じ! 十分!」
咲良は嬉しそうに笑った。
テーブルとイスは雨除けのある所に設置されていたので、安心して座れる。テーブルにはコンビニで調達したお菓子やら何やらを広げる。
「そんじゃ、いただきまーす」
ポテトチップスにチョコスナック、ジュースは各自で買った。なんだか炭酸が飲みたかったので、コーラにしてみた。
ポテチにコーラって、やっぱ合うんだよなあ。
塩気の濃いポテトチップスは、パリッとした食感がいい。じわじわと広がるうま味とじゃがいもの味。コーラの甘味とシュワシュワがよく合うなあ。
そういやコンソメも買ったのだ。コンソメ味は香ばしく、ほのかに甘い。コンビニ限定の味濃い目のやつだから、指にも粉がついてしまう。
チョコスナックは甘めだな。でも、軽く、ふわふわ、サクッとした生地のおかげでそこまでくどくない。
「やー、桜の花、見られてよかったね」
百瀬がチョコスナックを食べながら言った。朝比奈もポテチを食べながらうんうんと頷く。
「後で写真撮りに行こうぜ」
そう言いながら咲良はポテチを数枚とって食べた。
雨に濡れて少し濃い色になった桜の花が、太陽の光を受けてチラチラと輝いた。散るさまも美しいとはよく聞くが、雨に濡れた姿もきれいだ。
この春はいろんな桜を見ることができたなあ。なかなか春を楽しめたんじゃないだろうか。
穏やかな満足感が、心に満ちていくのを感じる。なんだか、とても気分がいい。
さあ、夏があっという間にやって来るぞ。つかの間の季節をしっかり楽しむとしよう。
「ごちそうさまでした」




