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鬼が出るか、蛇が出るか(5)

 フランシスとギルバートが話し込んでいる同じ頃。エリザベスは丘の上にあるエラルド公国軍、陸軍基地にいた。

 途中、裏道を使ったこともあり、かなり道が悪く、途中、ガタガタと揺れてお尻が痛い。


(でも、そんな泣き言を言っている場合じゃないのよねぇ・・・・・・。)


 高い塀と城郭のような砦。先頭を行くのはジョーンズ少尉で、続いてエリザベスとトムが進み、最後にホーキンスとサムが続く。


(レジナルドの基地も広かったけど、ここもかなり広大だわ。)


 砦の他に見えるのは訓練所としての野原で、所々に塹壕が掘られていたり、防塁が築かれていたりして、砦に近付くものを寄せ付けまいとする防備が施されている。ただ、この辺りは海辺のレジナルドの基地とは違い、あちこち坂道だらけで、歩き慣れていないと足を痛めてしまいそうだった。


「・・・・・・オルメス大尉!」


 石造りの建物の回廊を進んでいくと、オルメス大尉の姿が見えたのか、ジョーンズ少尉が声を掛ける。

 オルメス大尉は振り返り、その場に立ち止まった。


「ああ、妃殿下。ご無事で何よりでございます。ようこそいらっしゃいました。」

「オルメス大尉がどうしてこちらに?」


 エリザベスが尋ねれば、オルメス大尉は「実は妃殿下誘拐の件で、事後処理のため、こちらに詰めていたのです」と話した。


「事後処理、ですか?」

「ええ、妃殿下襲撃の件で、現場を指揮をしたのは私ですから。花火が打ち上がったのと、近場に停泊していたので、対処をしましたが、本来リシューのことは本部の管轄。そのため、レイ侯爵の背後関係や正教会との関係性に関しての調査結果の申し継ぎをしておりました。」


 そして、足運びは慣れた様子ながら、緊張を帯びた声で「提督閣下および陸軍の参謀の方々は、この先の作戦室におります」と話す。エリザベスは少し面窶れしたオルメス大尉に「私の件でごめんなさい」と申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「妃殿下はお優しいですね。」


 その半分でも上司たちに部下を労る優しさがあればいいのにと笑いながら、部屋へと案内してくれる。


「もしかして、カトリーヌ前大公妃殿下もいらしていた?」


 その質問にはオルメス大尉はピクリと反応する。


「いいえ、こちらには足は運ばれておりません。」

「でも、今の反応。何か連絡はきたってところかしら?」

「ええ、ですが彼女は『前大公妃殿下』ですから、協議中としているところですね。」

「・・・・・・『却下』ではなく『協議中』なのね。」


 エリザベスがそう反応すると、オルメス大尉は言葉を濁す。オルメス大尉は、緊張した様子でごくりと喉を鳴らしたが、エリザベスはなんでもない事のようにして微笑んだ。


「ジョーンズ少尉、こういう場合は先に書面を見てもらった方がいいかしら?」

「そうですねえ。論より証拠。でっち上げだと騒がれても面倒ですから、その方がいいかと思います。」


 エリザベスは頷いて、サムに「では、書面をオルメス大尉にお見せして」と話した。


「こちらですか?」

「ええ、エドワード国王陛下からギル宛に来た親書よ。」

「先に目を通しても?」

「ええ、構わないわ。それによれば私は『囚われの王女』らしいけど。」

「『囚われの王女』?」

「ええ、ギルに拉致されてきたんですって。」


 オルメス大尉は急いで巻紙を解き、中身を斜め読みする。そして、読み終える頃には巻紙を持ったまま、わなわなと打ち震えた。


「随分と一方的な言い分ですね・・・・・・。」

「ええ、お恥ずかしい限りだわ。」


 エリザベスはため息混じりに話す。


「だから、オルメス大尉には、証拠としてグニシアの貴族年鑑と婚姻請願書の控えをお見せいただけると助かるんだけど。」

「グニシアの貴族年鑑と婚姻請願書の控えですか?」

「ええ、私とお祖父様の関係を公的に証明できるだろうし、お祖父様の直筆を見たことがある方なら、婚姻請願書が偽物でないことも証明できるでしょう?」


 そこにエドワード国王の玉璽が押されてないことも、二人にどんな因縁があるのかも、正直に話して味方になってもらう。エリザベスがそう話すと、オルメス大尉は目を見張った。


「エドワード国王陛下と仲違いをなされているんですか?」

「仲違いというか、それ以前の問題よ。陛下が生物学上の父親だと知ったのは半年前のことだし、今更、父親面するなと言いたいわ。」


 陛下は安心したかったのだろう。

 自分とギルバートの婚約がきちんと結ばれて、エリントン子爵領に籠ったなら、きっと臭いものに蓋でも出来ると思ったに違いない。

 グニシアでの婚約式に参加させろと騒いだのも、それを見届けて、自分を監視下に置きたかったのだと思う。


「エドワード国王陛下とお祖父様との関係については、トムが詳しくしてくれるし、お祖父様の名代として、ホーキンス船長がグロースター辺境伯からの身分証も持ってきてくれたから、何か反論をされても、二人が補ってくれるわ。」

「・・・・・・心得ました。」


 エリザベスはカツコツと靴底を鳴らして進む。

 オルメス大尉は砦内の奥まった所に案内すると、「こちらが作戦室です」と教えてくれる。部屋に入ると、大きな円卓があり、その周りにはぐるりと壮年の男性が十人程、既に座っていた。


 オルメス大尉に促されて、トム達と一緒に部屋の中央に進む。

 シックな色合いのデイドレスとはいえ、うら若いエリザベスが入ると、物珍しさもあってか、全員がじっと観察するような視線を向けてきた。


(あからさまに値踏みをされると、さすがに居心地が悪いわね。)


 そう思いながらも、エリザベスは令嬢教育で習った通り、内心を見せないように気をつけて、愛想良くにこりとして見せた。


「皆様、初めまして。」


 この場で一番地位が高いのは自分なのだ。

 ここで物怖じせずに人心掌握できるかどうかで、味方してもらえるかどうかが変わってしまう。


 そう思えばこそ、エリザベスは厳しい表情の男たちを前にしても笑みを絶やさず、挨拶をした。


「あなたが『エリザベス妃殿下』ですか。」


 一番、上座に座る口髭豊かな男が口火を切る。


 含みのあるもったいぶった言い方をする男は、四十五、六といったところだろうか。トムよりは年若そうに見えた。


「何でもグニシア生まれのグニシア育ち。エドワード国王陛下の庶子だとか?」

「ええ、私の母は国王陛下に仕えるには下位の爵位の娘でしたし、少しばかり身体が弱かったので、祖父のエドガーの留め置いたんですわ。」

「祖父ですか?」

「あら、ご存知ないかしら? エドガー=スペンサー。私の祖父ですわ。」


 その言葉にレジナルドで会った一部を除き、作戦室内がザワつく。

 エリザベスがオルメス大尉を見れば、彼はすかさず「妃殿下のことはグニシアの貴族年鑑に記載されています」と言い添えてくれる。


 グレイ侯爵らについて調べていたのだろう、机に置かれていたグニシアの貴族年鑑を手に取ると、エリザベスはページを捲り、「こちらですわ。エリザベス=ベアトリス=スペンサー」と指差した。


「トム、続きのお話をお願い出来る?」

「もちろんです。」


 そして、トムがエヴァンズの名前を含めて挨拶し、ヴェールズに渡る際に持っていた身分証の裏書と、婚約請願書を見せる。

 そこに書かれているエドガーの筆跡も見比べて、エリザベスが本当にエドガーの孫娘だと納得したのだろう。じろじろと品定めしていたのから、一変し、多くは敬意を払った態度に変わった。


「私とギルバート殿下の婚姻は後見である祖父より認められたもの。そして、長年、捨て置かれた私の心情や、祖父の怒りがいかほどか、皆まで言わずともお察しくださいますでしょう?」


 エリザベスはそこまで話すと、今度はサムに手を差し出す。サムは心得たと言わんばかりにエリザベスに巻紙を渡した。


「それは何だね?」

「グニシアのエドワード国王陛下から、ギルバート大公殿下に送られてきた親書ですわ。」


 この人を動かせれば、他の人も動くだろうか。

 階級的にはブローニュ提督と同じか、少し上の人に見える。

 エリザベスは一番上座に座っていた男性に手にしていた巻紙を手渡した。


「・・・・・・幕僚長、今の話を信じるのですか?」

「信じるも信じないも、私はエヴァンズ殿を現役時代にお見かけしているからね。この方は信念のある方だ。それに妃殿下のお話も、筋が通っている。」


 そう言いながら、封蝋の刻印を確認し、中身を紐解くと内容を確認する。

 と、オルメス大尉と同じように持っていた巻紙を読む表情が険しくなった。


「なるほど、我が国を属国扱いしてきたか。」

「ええ、前大公妃殿下からどのようにお聞き及びか存じかねますが、それがグニシアの要望です。」

「カトリーヌ様によれば、グニシアの王は殿下と妃殿下を傀儡に仕立てるつもりだと書いてきていましたが、これは180度反対のご意見ですね。」


 実の娘を捕らえ、蟄居させようとする内容。

 むしろ傀儡として協力しようとしていたのは、先日捕縛されたレイ侯爵か、その孫娘、ジュリエットなのだろう。

 エドワードが送ってきた文面は、目を通せば、誰もにそう読み取れる文章だった。


 幕僚長と呼ばれた男はじっとエリザベスを見つめると「妃殿下のお望みはなんですか?」と訊ねてきた。


「私の望みはひとつ。あなた方に公国軍のとしての責務を全うして欲しいだけ。」

「我々の責務、ですか?」

「ええ、公国の民を守って頂戴。」


 エリザベスが視線を逸らさずにそういうと、幕僚長は「ハハッ」と笑った。


「オルメス大尉。」

「はッ。」

「貴殿は妃殿下と面識があるのだろう? 詳しくお話を聞いて差し上げろ。」

「な、幕僚長! 謀略かもしれませんぞッ!!」


 どうやら公国軍も一枚岩とはいかないらしい。エリザベスは口を挟んできた人物の方を見た。


「今朝、お渡ししたカトリーヌ妃殿下の親書とて真筆。相手はノーランドやグニシアだけでなく、正教会も控えております。異端者と言われる彼女こそ、災いの種でございましょうッ!!」


 その発言にはトムやサムだけでなく、ホーキンスまで殺気立つ。


「カトリーヌ妃殿下の話のとおり、彼女と殿下を捕縛し、あちらに引き渡せば、丸く収まりましょう?」


 ホーキンスが「ああん?」と声を荒らげたところで、エリザベスは手を上げて制止する。

 そして、「何を言っているのか分からない」といった様子で首を傾げると「少将様とお見受けしますが、本当に丸く収まるとお思いですか?」と訊ねた。


「何?」

「そんな決定になったら、私のお祖父様はこのエラルドに乗り込んで参りましょう。」

「ス、スペンサー将軍の名で、私を脅そうと言うのか?」

「脅し? いいえ、私の後見は、真実、エドガー=スペンサーですもの。私の身に危険が及ぶなら、祖父は保護者として動くと思いますわ。」


 目を泳がせた男に「何を聞いていたんだ」という顔でトムが、「お嬢様に危害を加えようとする輩がいれば、エドガー様はそうなるでしょうね」と付け加えた。


「エドガー様は妃殿下のことを、殊の外、大切にお育て遊ばされました。そして、ギルバート殿下にドレイクを、妃殿下に私とホーキンスを付けたのです。おおよそ察しがつきましょう?」


 トムが答えれば、より信憑性が増したのだろう。年配の者たちの多くは唸る。

 しかし、年若い者たちは値踏みをするような視線をエリザベスに向けたまま、トムに「エヴァンズ殿。だが、スペンサー将軍が踏み込んで来るせよ、頭数は多くないのでは?」と侮りの声を上げた。


「スペンサー将軍は引退なされて久しいだろう? お年も召されている。その状態で、一体どれほどの者が動くだろう?」

「そ、そうです、幕僚長。」


 顔を真っ赤にして怒っているホーキンスに、エリザベスは「ホーキンス船長」と声を掛ける。それから、「辺境伯からのご依頼書、ホーキンス船長は肌身離さずをお持ちですよね?」と話した。


「グレッグからの依頼書か? ああ、持っているが・・・・・・。」

「では、それも皆様にお見せいただけませんか?」

「良いけどよ、これでいいのか? 旦那や嬢ちゃんを無事届けろってだけの書類だぜ?」

「ええ。」


 と、その話を耳にした年若な者たちも頬を引き攣らせる。


「グロースター辺境伯だって・・・・・・?」

「あら、これだけではございませんわ。ヴェールズのイーサン大公殿下にも、友好の証に技術者派遣をして頂きましたの。」


 技術者達には無事に本国まで帰って貰わねば、ヴェールズからも相応の補償を求められる。


 こうなってくると、大公妃殿下として「お願い」なのか、「脅し」なのか。


「ギルバート殿下の生まれは卑しがらず、この国のブラッドレイ大公殿下の血を引かれる、正統な大公位継承者。そして、この国は長年、その独立を保ってきた国。私は『私を守れ』と言っているのではないのですよ?」


 この地を、この国を、公国の民を守れ――。


「これほどまでの影響力をお持ちの方だ。この方を敵方に引き渡すのはやめた方が良いだろう、ブラウン少将。」


 エリザベスは「ブラウン」の名前にぴくりとすると、ジョーンズ少尉に目配せする。ジョーンズ少尉は瞬きで返事をした。


(・・・・・・この方、『ブラウン公爵家』の縁の方なのね。)


 救護院や孤児院の運営で一枚噛んでいたのは、レイ侯爵だけではなかった。


 ブラウン公爵家。ベルラガンについで、二番目の規模を誇る北の主要都市、スライゴを治める公爵家だ。


(幕僚長にとっては、煩わしいけど、切る事も出来ない厄介な持ち駒ってところかしら。)


 年若いのに少将の位にいる場合、実力で勝ち取ってきた叩き上げの場合と、彼のように「腰掛け」で余ってしまった役職にそれとなく付けられている場合がある。

 言葉には出さないまでも、エリザベスの意味ありげな眼差しに思うところがあったのだろう、ブラウン少将は「グ、グロースター辺境伯がなんだと言うのです」と語気を強めた。


「グニシア一番の軍港を持っていようとも、グニシア王家の意向がなければ、ここまで来ることはないでしょう。」


 と、幕僚長は首を横に振った。


「グロースター辺境伯閣下は、エルガー公爵家の方々同様、グニシア王家と『対等』の立場にあられる方だ。」


 また、かの家はスパニアやヴェールズとごく近く、グ二シアにとっては要衝地だ。


「あの方を怒らせれば、グニシアはもちろん、ヴェールズやスパニアとの交易もままならない。その辺りに考えが至らぬなど、ブラウン少将、そなたは浅慮に過ぎるな。」

「な・・・・・・ッ!?」

「建設的な話し合いができないなら、交渉の場に邪魔だ。出ていってくれ。」


 淡々と、けれど、きっぱりと幕僚長が断ると、ブラウン少将は「我慢ならない」といった顔付きになり、「このことは父上に報告させていただく」と言って部屋を出ていく。

 幕僚長はわざとらしく、「はあ」と大きなため息を吐いた。


「妃殿下には、内輪の、醜いところをお見せした。」


 そして、もう一度、「我らは我らの仕事を全うましょう。公国民をお助けすると約束します」と口の端をあげる。


 すでに午前八時半を回っている。あと十数分後には戦いの火蓋が切って下ろされる。

 エリザベスは感謝の意を込めて、深々とカーテシーをすると、「皆々様に深く感謝申し上げます」と微笑んだ。

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