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鬼が出るか、蛇が出るか(3)

 ところ変わって、大公家の邸では緊急朝議が開かれていた。

 敵側に加担している者もいるのだろう。アンリの安否を確認しろという者が出るのはまだしも、ギルバートが今回の事態を企てたのではないかとか、エリザベスのことをやはり魔女ではないかと野次を飛ばす者たちまでいた。


 正直、こんな悠長に野次を聞いている暇はない。

 だが、今のギルバートは誰が敵で、誰が味方か、早急に見極める必要がある。


(フィルが、レイ侯爵が抜けて、勢力図がだいぶ変わったと話していたな・・・・・・。)


 ギルバートは枢密院の一段高くなっている席に着席したまま、しばらく黙って話を聞いていた。


「シャルル殿下こそ、正しき後継者。こたびの件は無理に殿下が大公位に付かれたことで起こっているのです。ご譲位なさるのをお勧めする。」


 堂々と「お呼びじゃない」と言ってきたのは、向かって左奥。公国内で三番手の牽制を誇るブラウン公爵だ。


「黙って聞いていれば、言葉を慎め! 何たる言い種だ! こたびの件、誰よりも両殿下が奔走し、事態に当たっているというのにッ!!」


 と、その反対側、右奥で声を荒ららげ、ブラウン公爵に苦言を呈したのはドニゴール侯爵。貴族には珍しく、がっしりとした体付きの彼は、ギルバートが大公になることは受け入れたものの、エリザベスを大公妃にするのは反対派だったはずだ。


「よくもぬけぬけとそのようなことを。妃殿下の手配くださった医師団に治療をしてもらい、暖かい寝床や温かい食事の施しを受けておきながら、『やはり魔女ではないか』などとッ! 図々しいにも程があるッ! 恥を知れッ!」

「はッ! ドニゴール侯爵よ、それこそ騙されておるのだ。それらは小賢しいグニシアの浅知恵よ。爆発も施しも、自作自演の点数稼ぎに過ぎぬッ!」


 それにはエリザベスの後見に立っているリンスター公爵が物申したそうに見てくる。ギルバートはその視線に小さく首を横に振った。


(まだ、早い・・・・・・。)


 そう思いながら、二番手の勢力を誇るアバコーン公爵に視線を投げる。今、何よりも知りたいのは彼の考えだ。

 ギルバートの視線に気がついたのか、アバコーン公爵はふっと笑みを漏らす。そして、心得たと言わんばかりに「ブラウン公爵」と口にした。


「『爆発も施しも、自作自演』とは、異なことをおっしゃる。」


 爵位が下のドニゴール侯爵ではなく、格上のアバコーン公爵に水を差されては中断せざるを得ない。


「異なことでしょうか? グニシア生まれ、グニシア育ちの殿下がこちらに渡ってきた途端の騒ぎですぞ?」

「確かに殿下はグニシア生まれ、グニシア育ちでいらっしゃる。だが、同時にブラッドレイ大公殿下のご公孫でもいらっしゃる。しかも、殿下は今回の爆発に巻き込まれ、お怪我をなさっていらっしゃるし、実父であるエルガー公爵も重傷なのは、この場にいる誰もが知るところ。」

「アバコーン公爵、そなた、グニシアの肩を持つのか?」

「いや、グニシアの肩を持つ気はサラサラない。しかし、一連のことが殿下と妃殿下の『自作自演』だと論じるには『根拠が薄い』と言っているのだ。もし本当にお二方が本当に自作自演なさったなら、今頃は正門からグニシアの武装兵が流れ込んできているだろう。」


 ブラウン公爵はその反論に言い淀んだが、アバコーン公爵は畳み掛けるように「自作自演だと論じるのであれば、証拠を示せ」と話す。


「で、ですが、あなたとて、シャルル殿下を次代とすべきとおっしゃっていたではないですか。」

「・・・・・・だから、私も同じ考えだと?」


 急に梯子を外されたかのように、アバコーン公爵を冷ややかに見る。そして、ギルバートの方へと向き直ると、「私がシャルル殿下を次代とすべきと申し上げたのは、このような事態を予期していなかったからに過ぎません」と弁明し始める。


「私はグニシアとは三国同盟も結んでいる中で、ここまで逼迫した事態になるとは考えていなかったからこそ、殿下のご戴冠前は『シャルル殿下のご成長を待ち、公世子を引き継ぐべきではないか』とお話したに過ぎません。」


 ブラウン公爵はみるみる顔を赤くして「我らを裏切るのか?」と怒号を響かせる。しかし、アバコーン公爵は冷笑を向けただけだった。


「裏切るも何も、私は『貴殿達と意見を同じにしたつもりはない』と言っている。」


 アバコーン公爵はそう話すとブラウン公爵に「そなたも戴冠式に参加したのだ。臣として、見苦しくない振る舞いをした方がいい」と釘を刺す。

 そして、ギルバートに向き直ると、「もういいか?」と視線を投げてくるから、ギルバートは苦笑混じりに瞬きをして着席を促した。


(・・・・・・苦しい言い訳だが、アバコーン公爵は『敵には回らない』ということだな。)


 枢密院内での勢力図がおおよそ把握出来たところで、ギルバートは「ふう」と一つ息を吐く。


「ブラウン公爵。貴殿は『枢密院』が何のためにあるか分かっていないようだな。」


 そして、味方についた様子のドニゴール侯爵に「ドニゴール侯爵、『枢密院』の設置目的を述べよ」と声を掛ける。ドニゴール侯爵は少し困惑した様子ながらも「枢密院とは、大公の諮詢に応え、時に輔弼し、重要な国務を審議する機関です」と答える。

 ギルバートはその答えに頷いて、「その通りだ」と話す。そして、ブラウン公爵を射るような眼差しで見ると「すなわち、枢密院は『大公の素質を問う機関ではない』と言うことだ」と続けた。


「ブラウン公爵、貴殿が私のことをいかに思っていようと、今の私はこの国の『大公』であり、『一国の主』の座についている。」


 そして、ギルバートは刺すような眼差しのまま、周りを見回して「今、必要なのは私への諮詢に応え、輔弼することだ」と話す。


「冒頭にも話したように、この邸はノーランド、グニシア、そして、正教会の武装兵に囲まれている。この大公家の邸が落ちれば、それは即ち、エラルド公国の滅亡に直結する。」


 強い語気で話せば、それに応じるように枢密院の空気もピリピリとしたものになる。ギルバートは脇に控えていたロバートに「エドワード国王から届いた書面を、皆にも聞こえるように読み上げよ」と促した。


 ロバートが緊張した面持ちで巻紙を広げる。


 一つ、グニシアはエラルドを、その建国の仕方もあって『属国』とみなしていること。

 一つ、大公としてはギルバートを認めず、ジュリエットを大公女と見なすこと。

 一つ、エリザベスは正教会の元、蟄居させるゆえ、身柄を引き渡すこと。また、匿えば、同罪とみなし掃討すること。


 読み上げるごとに集まっていた面々から、動揺の声が上がり、特に最後の「エリザベスを匿えば、同罪とみなし掃討する」という(くだり)にはブラウン公爵が狼狽の声を上げた。


「・・・・・・掃討するだと?」


 ゴクリと喉を鳴らすブラウン公爵に、ギルバートは頷く。


「ああ、そうだ。門を打ち破られれば最後。この地は血に染まり、辺り一面、骸が転がるだろう。正教会に女、子どもの違いはない。彼らの判断は異教徒か否かだ。彼らが異教徒の仲間とみなせば皆殺しに合う。」

「そんな、約束と違う・・・・・・。」


 口を滑らせたブラウン公爵は青褪めて、カタカタと打ち震える。


「約束?」

「・・・・・・そうです、数日前、ジュリエット公女殿下がいらして、騒ぎが起こるが心配はいらない。両殿下を排斥すれば、誰も傷つかないように手を打つと仰っておりましたのに。」


 その言葉にギルバートは「ハッ」と短く嘲笑し、「なるほど、確かにジュリエットのシナリオ通りにことが進んでいれば、あるいは、そうなったかもしれないな」と応じた。


「だが、ノーランドが出しゃばってきている点や、スパニアがネーデルを欲しがっている点も考慮に入れれば、グニシアが自治を認めるとは思えない。」


 良くてグニシアとの併合。下手すれば、細切れにされて、ノーランドやスパニアに分割統治されてしまうことだろう。


「この場にいる全員が、グニシアの犬に成り下がるつもりなら、私は喜んでこの首を差し出そう。縛り首でも、ギロチンでも、この首ひとつで事足りるなら、多くの血が流れるよりはマシというものだ。」


 内側で暴動が起き、門を打ち破られれば最後、異教徒の疑いをかけられて大虐殺が起こる。それだけは避けなければならない。


 ギルバートはレジナルドの時とは違い、静かな口調のまま、決意を込めて言葉にする。


「ただ私は、愛する者の命、愛する故郷、そして、この国の尊厳、これからの自由。私は何一つとして奴らに踏み躙られたくない。」


 自分が言って、どこまで心動かしてもらえるかは分からない。でも、ここで説得できないなら、自分は「それまで」の人間だ。


「愛する全てを守り抜かんとする者は私の後に続け。私は最後の一人になっても、死力を尽くすつもりだ。」


 ギルバートはそう言うと、アバコーン公爵を見る。アバコーン公爵は恭しく頭を垂れた。


 ◇


 枢密院のことが片付き、溜まっていた書類に目を通していると、厳しい表情をしたフィリップが執務室に顔を見せる。ギルバートは煩わしそうにフィリップを出迎えると、「今度は何だ?」と眉間に皺を寄せながら訊ねた。


「『今度は何だ?』じゃあないですよ。枢密院でのこと、聞きましたよ? 火に油を注ぐような真似をなさったそうじゃないですか。」

「仕方ないだろう? 今、内輪揉めしている場合ではないし、締めるところで締めておかなくては図に乗るだけだ。ところでドニゴール侯爵閣下はこちらに引き込めそうか?」

「ええ、それはもう。完全にこちら側ですよ。」


 フィリップが「ただ殿下というより、妃殿下に絆されたみたいですけどね?」とドヤ顔をするから、ギルバートは片眉を上げた。


「リジーに?」

「ええ、侯爵の奥様が身重だそうで。その奥様が焼け出されて難儀していたところ、温室を開放し、体を冷やさぬように気遣ってくれただけでなく、客間を開放し、ゆっくり休ませてもらったことに恩義を感じているそうです。」

「・・・・・・なるほど。それは確かに『リジーに絆された』で正解だな。」

「ええ、しかも、妃殿下が『私の心は、大公殿下とひとつ』と仰ったのがダメ押しですね。」


 それにはギルバートは書類から目を離し、顔を上げた。


「リジーがそんな事を?」

「ええ、名演説でした。殿下と同じく勇猛果敢にして恐れはない。我らが公国の境界線を踏みにじる者は何人であろうと、戦いを挑むと。」


 エドガー=スペンサー譲りの勇猛さで、その場に避難してきていた人を鼓舞した。


「・・・・・・本当、リジーには敵わないな。」

「我らが『白百合姫』ですからね。」


 ふふんと自慢げにするフィリップに苦笑いをしながらも「アバコーン公爵はどうだ?」と訊ねた。


「そちらもひとまずは殿下につくことにしたようです。日和見ではありますが、『属国などとふざけたことを言う国とは仲良くなれない』と仰っていました。」

「アバコーン公爵が軟化したのは、フィルの交渉の結果か?」

「ええ、そうですよ? あそこは領内にレジナルドとコークがあって、割を食っている土地柄ですからね。減税の話を持ちかけ、新作の大砲に使う榴弾の大量発注をしたら、こちらに靡きました。」


 アバコーン公爵領は軍港のレジナルドの更に南。ネーデルやスパニアの玄関口になっているコークを持っている。


「ですが、アバコーン公爵に榴弾の発注を依頼するなど、スパニアに情報を抜かれませんか?」

「抜かれるかもしれないが、大型船、大型の大砲を配するあちらにとって、小型の榴弾など恐るるに足らないだろう。」


 数が多く煩わらしいと思ったところで、エリザベスの考えているように、柔軟な発想が出来るものがいなければ、歯牙にもかけまい。


「こういうのは『灯台もと暗し』。アバコーン公爵には新型の銃の榴弾と話してあるし、新型大砲のための榴弾を作っているとは伝わるまい。」


 アバコーン公爵の心からの恭順は望めないし、望む必要もない。ギルバートはそう言うと「それにコークは何かと都合がいいんだ」と肩を竦めた。


「コークで榴弾を作れば、ネーデルにもその榴弾を売りやすくなるし、スパニアのことがあるから、ノーランドやグニシアは干渉しにくい。」


 減税を条件に加えれば、エリザベスを得て力の強まったリンスター公爵家を、引き続き牽制するだけの力を保持できるし、悪い話ではない。


「まあ、だからこそ、訝しむだろうから、ヴェールズの船の寄港先になるように、条件をひとつ飲ませたが・・・・・・。」


 きっとそれでもお釣りが来るからこそ、今日の態度だったのだろう。


「ともあれ、日和見でもなんでも、今は協力を仰げたなら御の字だ。」


 あとはどうやってこの窮地を乗り切るか。

 と、ドアがコンコンコンと鳴り、「殿下、少しよろしいでしょうか?」とフランシスの朗々とした声が聞こえてくる。

 ギルバートはフィリップに目配せした。


「どうぞ。」


 重たい扉が開かれる。と、フランシスが「火急の件で判断を仰ぎたく参りました」と、プレートアーマーを着用したまま、兜を小脇に抱えて現れるから、ギルバートもフィリップも目を見開いた。


「・・・・・・どうした?」


 プレートアーマーを脱いでいる暇もないほどの火急の件など、いくつかに絞られる。

 ギルバートが訊ねれば、フランシスは「リンスター公爵家の裏庭に、隠し通路を使ってレジナルドの海兵隊、五十名が参りました」と答える。


「レジナルドの海兵隊?」

「はい。妃殿下の指示とのことです。」


 船にあっては砲撃手の多い海兵隊は、陸上にあっては歩兵隊として機能する。


「市街地には中隊規模が控えており、残りはリンスター公爵家の正門を制圧するため、遠回りをして北に移動中とのこと。」

「船の旗は?」

「青旗。一刻の間、待機希望です。」

「・・・・・・一刻か、()つだろうか?」

「五分五分です。正門前はかなり緊張が高まっておりますし、本部の者が陽動でもしてくれれば、多少の猶予が出来るでしょうが・・・・・・。」


 リンスター公爵家の門のところで騒ぎが起きたのに乗じて、正門をこじ開けられる可能性がある。


「フィル、東の翼棟の者達の地下への避難はどの程度済んでいる?」

「現段階で八割といったところですね。ただ、地下に逃げても砲弾を避ける程度にしかなりません。」

「分かっている。内部にいるものには事情も明かしていい。残りの二割の移動を急げ。」


 それから、フランシスに「ジュリエットの亡骸はどうした?」と訊ねる。フランシスは「いかようにも出来ますよ」とだけ答えた。


「分かった。一刻、待とう。それで準備が整わないようなら、叔父上とジュリエットの首を正門前に晒せ。」

「な?! 何を言い出すんです?」


 フィリップが声を荒らげ「そんな事をしたら、内と外、両方から挟撃に合うだけではないですか」と諌めた。


「ああ、だが、そうはならない。その時は正門を開き投降しろ。リジーが逃げ切れるまで、シャルルを人質に、できるだけ長く警備棟に立てこもる。それと、その時はレジナルド軍と騎士団と連携して警備棟を包囲するのも忘れるなよ?」


 軍事クーデターが起こり、ギルバートが大公位を簒奪した。エリザベスやシャルルは被害者で、フィリップはエリザベスを保護した。


 ギルバートが「そういう筋書きにする」と言えば、フランシスは「その時は騎士団長らに先導役を譲り、私は最期までお供致します」と話す。

 フィリップは二人の真剣な表情に言葉を無くした。


「ほ、本気で、そんな無茶をお考えなんですか?」

「ああ、正門を包囲された時点で覚悟はしていた。」


 ギルバートが「嫌な役回りを押し付けて済まない」と言えば、フィリップは歯を食いしばり、表情を歪めて、頭を振った。


「・・・・・・ッ!! なんで、いっつもそうなんだッ! こっちの気持ちもお構いなしでッ!! この大馬鹿野郎ッ!!」


 あまりの怒号にギルバートも呆気に取られる。

 けれど、フィリップはお構いなしに「大公だか、何だか知らないけど、エリザベス嬢を泣かせる野郎は許さない」とギルバートの胸ぐらを掴んだ。


「ぐ・・・・・・ッ。」


 プレートアーマーを着込んでいるフランシスが手を伸ばすものの、一寸早くフィリップがギルバートを押し倒す。


 息が詰まる。

 振り下ろされてくるフィリップの腕から頭を庇おうとガードする。


「ふざけんなッ!!」


 一発、右顎に喰らい、頭がクラクラする。

 それでも、咄嗟に片膝を抜き、反対側の足を取ると、ブリッジをするようにして体勢を入れ替え、小さなモーションで、フィリップに一発お見舞いする。


 みぞおちに決まったそれに、フィリップは「ぐふっ」と短い声を上げて悶絶した。


「殿下!」


 離れてもう一発、追い打ちをかけようとしたギルバートは、フランシスに止められる。


「もうフィルに戦意はありません。」


 そう言いながらギルバートを宥めて、フランシスは体をくの字にしているフィリップを肩に担ぐ。ギルバートは軍服の詰襟部分を乱雑に開けると、「下がれ」とフランシスに命じた。


「承知しました。後ほど医師をお呼びします。」

「・・・・・・エイダは勘弁してくれ。」

「善処致します。」


 一刻。全てはその間に決まる。


 フランシス達が出ていき、パタンと扉が閉まる。

 ギルバートは切れた口の端を指で拭うと「はあ」と重々しく息を吐いた。

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