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夜明け前(6)

 そんなこんなで水路の外に出ると、ジョーンズ少尉が何故かグニシアの軍服を身に纏って待っていた。


「ご無沙汰しています。地獄の淵から舞い戻りました。」

「・・・・・・JJったら。」


 緊迫していたところからの解放もあってか、自然と笑みがこぼれる。ご無沙汰と言っても、それほど日にちは経っていない。しかし、腹部を刺された時以来会えずに、ホーキンスの船に留め置きになっていたジョーンズ少尉の顔を見ると、エリザベスはほっと胸を撫で下ろした。


「顔色は良さそうね。」

「お陰様で。三食昼寝付きでゴロゴロしてて、良かったもんで。まだ腹ん中の傷が落ち着くまで、大人しくしてろと言われているところですよ。」

「その割にはお酒の席にいたようですけど?」

「お酒の席に『いた』だけですよ。」


 絶対に嘘だ。

 エリザベスはそう直感して「ふーん?」と話す。ジョーンズ少尉は「参ったなあ」という反応をすると、「なあ、サム、俺が酒を飲んでないって証明してくれよ」とエリザベスの背後に立ったサムに声をかけてた。


「お嬢、信用してやってよ。それにこの人のおかげで俺はここまで助けに来てやれたんだから。」

「JJのおかげ?」

「ああ、一番にホーキンス船長の船に行ったんだ。あそこの奴らが、一番信用に足ると思ったから。」


 そして、その際、サムの手紙を受け取り、レジナルド海軍や軍本部への連絡について、手伝いを名乗りを上げてくれたのがジョーンズ少尉だった。


「ところで、サム。どうだった。」

「JJの読みがビンゴ! 本当、危機一髪。」

「それは夜中から張っていた甲斐がありましたね。」

「ああ。少尉さん、すげぇのな。宴会の友はズッ友っていうの? 本当に有効だったぜ。」


 サムが「あの五人仲良く捕縛しておいた」と報告すれば、ジョーンズ少尉は深く頷く。


「じゃあ、一旦、エリザベス様の危機は脱したってことで。次はどうやってトライアンフ号に戻るかが問題ですね。」


 ジョーンズ少尉はそう話すと、適当に木の枝で扇型に地図を描き、敵の配置図をざっと丸で囲んで教えてくれた。


「こっちの獲物は剣とナイフ、それからその辺で拾える枝ってところだな。ポールの奴がこれを持ってた。」

「これは・・・・・・。」


 と、エリザベスは見覚えのある薬に眉根を寄せる。サムはエリザベスが顔色を悪くしたことに気がついて、「お嬢、知っているんで?」と訊ねた。


「それ、たぶん私が飲まされたのと同じ薬だわ。」


 その言葉にジョーンズ少尉は「それは随分と厄介な薬を使われましたね」と懐にしまう。


「あれは新大陸からもたらされたものです。」

「新大陸?」

「ええ、効いている時間は短いが、やたらと効果が高い興奮剤です。しかも、まだあまり知られてないことですが、この薬には依存性があります。」


 一度使ったら、二度。二度使ったら、三度と、回数も量も増えていく。


「エイダが言っていた、ヴェールズで流行った興奮剤とはまた違うの?」

「ええ、そっちは効いてくるまでに時間がかかりますし、効き目も人によってまちまちです。」


 ジョーンズ少尉は「だけど、これは違う。使えば使うほど、確実に人を廃人にします」と苦々しげに話した。


「ふーん? それならお嬢の持っている閃光弾、そこの穴の中に投げ込んでもいいか?」


 さっきまで飄々としていたはずの、サムの目がどんよりと据わっている。


「ちょっと、サム? 彼らは無力化してきたでしょ?」


 と、横からトムも「そうだぞ、サム。捕虜は丁重に扱えって言われてるんだろう?」と話しつつも、「まあ、そのポールって奴だけ残して、催涙弾投げつけてきてもいいとはおもうがな?」とサム以上に据わった目をしている。


「もう、トムまで・・・・・・。」


 エリザベスが頭が痛いという表情になると、ジョーンズ少尉は「いやあ、ギルは、良くこの最難関を突破したなあ」と苦笑した。


「JJも二人を止めてよ。」

「そうですね・・・・・・。でも、ギルに比べればマシかな? ギルなら笑顔で、ポールって奴を生剥ぎしそうな話ですもんねえ・・・・・・。」

「ギルはそんなことしないわ。」

「・・・・・・だとしたら、エリザベス様は人を見る目が今ひとつですねえ。」


 ジョーンズ少尉は残念な目をエリザベスに向けつつ、トムとサムに「お二人のお気持ちに添えなくて恐縮ですが、武器は貴重なので種類と残数を確認してからでもよろしいですか?」と話した。


「トムはナイフだけか?」

「いや、幾つかギルバート様に渡されたものがある。ひとつはエリザベス様にお渡しした閃光弾、で、これはえーっと・・・・・・?」

「そのまま見せて頂いても?」

「ああ、もちろん。」


 腰にぶら下げていた大きめのポーチの中から調味料でも取り出すかのようにして、ギルバートに渡されたという閃光弾やら催涙弾やらの一式をジョーンズ少尉に手渡した。

 ジョーンズ少尉は「ふむふむ」と言いながら、支給品を確認しながら「閃光弾が二発、催涙弾が二発、発煙弾が二個か。敵を煙に巻くには使えそうだが、殺傷能力の高そうな武器は近接戦になりますね」と呟く。


「まあ、これだけあれば、何とか海には出られるかもしれませんが・・・・・・。」

「何か問題でも?」

「ええ、問題はどのルートを使うかです。最短距離で抜けるには川沿いに降りることですが、現状、河原を真っ直ぐ行くにはグレイ侯爵が陣を張っているんです。」


 見晴らしのいい所で見つかったら最後。

 こちらは四人だし、遠方から弓矢で射られたら、一溜りもない。


「あの五人が帰ってこないと知れたら、間違いなくグレイ侯爵は北上します。それまでには逃げておかないと。」


 そう言いながら、ジョーンズ少尉は正教会とアラン王子の軍からそれぞれ矢印を書き込みバツをつける。


「別の水路を使って市街地を抜け、公国軍に助けを乞う手もありますが、公国軍が味方とは限りません。」

「カトリーヌ前大公妃殿下との軋轢のせいね?」

「それもございます。前大公妃殿下の目からすれば、ギルはシャルル殿下を盾に横暴に振る舞う、悪鬼か何かのように見えているでしょうから。」


 自分を大公家から離れた離宮に追いやり、更にはジュリエットの心を壊した男。しかも、大公であったアンリを追いやり、彼らが死んだと知ったのだから、到底、許せないことだろう。


「そのことだけど、今朝の話しじゃ、誰かが前大公妃にアンリ前大公とジュリエット公女が亡くなったのをリークしたみたいだ。」

「それは何と言うか、最悪ですね。」


 そう言うとジョーンズ少尉は扇の要の真後ろにカトリーヌと付け加える。


「それ以外にもあるの?」

「ええ、お恥ずかしいことですが、ギルと前大公妃の問題の前に、公国軍内で陸軍と海軍の仲もよろしくないんですよ。一応、軍本部に伝達して欲しいと、ブローニュ提督にもお願いしましたが、ギルのためにどこまで動いてくれるかは、正直、分かりません。提督も軍本部での立場がおありですからね。」


 ジョーンズ少尉だけの離反なら、一個人を処分しておしまいでも、海軍全体を離反させてしまっては、カトリーヌが勝った時に言い訳が立たない。カトリーヌに事情が知らされたとあれば、公国軍の本部にブローニュ提督から知らされる内容とは、また異なった事情が伝わっている可能性もある。


「逃げるなら市街地の方だとして、公国軍は信用なりませんね。ブローニュ提督もギルに好意的とはいえ、この戦局だと積極的には動けないかと思います。」


 それが、たとえ新しい大公殿下の要請でも――。


 基盤の薄い状態だと、どうしたって足元を見られてしまう。レイ侯爵家が権威が失墜したと言っても、まだ数週間のこと。しかも、次代のシャルルのことを引き合いに出されれば、公国軍の本部のお偉方はカトリーヌに軍配を上げるかもしれない。

 ジョーンズ少尉はそう言い掛けて、言葉にすると本当になってしまいそうな予感に、口を引き結んだ。


「JJ、あのね、その事なんだけど、仮に軍本部の上層部の方に、お祖父様の名前を出したらどうなるのかしら?」

「スペンサー将軍の名前ですか?」

「ええ、本当は船に着いてから話そうと思って黙っていたんだけど。もし、お祖父様の名前が軍本部の方にも通用するなら、一芝居、打てないかと思って。」

「一芝居ですか?」


 エリザベスはこくりと頷くと「エラルド公国軍、ましてや、その本部としては私の背後関係はとても気になるはずよ?」と話す。


 敵か、味方か――。


 軍の上層部だって、ギルバートのことを調べているだろうから、エリザベスの出自は分かっているだろう。


「それはまあ、そうでしょうが・・・・・・。ギルがクーデターを起こしたと見る方が妥当な状況ですから。」

「そう言うと思ってね、エドワード国王陛下の信書を持ってきたの。ギルにね、『グ二シアはエラルドを属国と見なしているって言ってきた』って話を聞いたものだから。」

「エラルド公国がグニシアの属国ですか?」

「ええ。時代錯誤も甚だしい話だけれどね。初代大公殿下がアルバ王国の分家筋だってことを理由に言ってきたみたいだわ。ても、そんなの認められないでしょう?」

「当たり前です。この国は公国として何百年も独立をしていますし、アルバ王国の本家筋はエルガー公爵家ではないですか。」


 エリザベスは「そう。だからね、お祖父様の名前を出そうと思うの」と話す。


「お祖父様はエドワード国王陛下の考えに反対だからこそ、ギルの支援に回ったって。」

「全てはスペンサー将軍のご判断だと?」

「ええ、そう。そう()()()()()の。」


 ちんぷんかんぷんといった顔をしているサムの横で、トムとジョーンズ少尉は眉尻を下げる。


「ホーキンス船長もお祖父様の名代としてなら、動いてくれないかしら。ギルからエドワード国王陛下の信書も預かってきたのだけれど。」

「つまり、アレですか? ジョンを『グロースター辺境伯の遣い』、引いては『スペンサー将軍の遣い』にしてしまって、軍のお偉方を相手に一芝居を打つおつもりだと?」

「ええ。マーサーズギルドの力を借りなきゃだし、ホーキンス船長の力も借りないといけないけれど。グロースター辺境伯のお墨付き貰っているのは、ホーキンス船長だけでしょう?」

「・・・・・・海賊の船長が、軍の上層部と顔合わせなんて、嫌な顔をしそうですけどねえ。」


 話を聞いたジョーンズ少尉はそう話しつつ、「あまりここに長居も良くないですね、そろそろ行きましょうか」と足元に描いた地図を消す。


「市街地を通りますから、先にマーサーズギルドに寄ります?」

「ええ、トムやサムの顔が割れてないなら、二人にホーキンス船長を連れてきてもらう方がいいかもしれないし。」

「そうですね、その方がいいかもしれません。馬車を捕まえて、軍本部に向かった方が水路を進むよりはずっと安全でしょうから。」

「・・・・・・今日も裏口からかしら?」

「・・・・・・そうでしょうね。」


 「表から入れるの、いつになるかしらね?」と笑えば、ジョーンズ少尉は「大公妃ですよ? 今後はヴィットーリオが登城するでしょうしねえ」と口の端を上げた。

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