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夜明け前(1)

 良かった。


 ギルバートが発した第一声はその一言だった。

 一時は生存の危ぶまれたルーカスは、思ったより意識もはっきりしていて、ジェニファーにさえ、「ギルと二人だけで話したいことがある」と人払いさせた。


「父さん、まだ話したらダメだよ?」


 「もどかしい」と顔に書いてあったが、「リジーもしばらく喉を痛めて話しちゃいけない時期があっただろう? あの時の応用で文字盤を書くから、目でアルファベットを追って。それで読み取る」とギルバートがいうと、肯定の意なのか、ゆっくりとルーカスは瞬きした。

 そして、何度か、簡単な単語で確かめながら、短文も意思疎通がはかれるようになったところで、ルーカスが「被害は?」と目で追う。


「建物の被害なら、父さんも聞いた通りだと思うけれど、警備棟の一部と西の翼棟。特に西の翼棟の方は酷くて、結局あの後焼け落ちてしまった。」


 と、「人的なものは?」と目で追う。それにはギルバートは言葉を詰まらせた。


「死者は五名。重傷者七名、軽傷者は大小あれど数十名に及んでいます。僕の控え室にいた侍女二名が爆発時に犠牲に。それから二度目の爆発の際、後ろを歩いていた衛兵が、天井に押し潰されて発見されたそうです。」


 衛兵は運ばれた時はまだ僅かに息があったものの、黒いリボンが結ばれて間もなく息を引き取ったと話す。


「それで、残りの二名なんですが叔父上とジュリエットです。」


 そして、ギルバートはアルファベットを指差して、アンリは殺害、刺殺、ジュリエットは処刑、毒殺と単語を示した。

 ルーカスの視線がギルバートと合う。

 そして、傷付いた指先を動かして、痛むだろうにギルバートの手を握る。ルーカスは文字盤に再び目を向けると「正しい」と視線を動かした。


「正しいことをした、と?」


 ルーカスは再びゆっくりと瞬きをする。

 ギルバートが眉間に皺を寄せ、辛そうに鼻の頭に皺を寄せる。

 ルーカスはギルバートの手を握ったまま「お前も、気にする、必要、ない」と目で追った。


「そう仰ってくださるのは、きっと父さんくらいですよ?」


 ギルバートはそう言うと、二十歳の青年らしく「他にも何かやれることがあったんじゃないかって思えて、どうにも苦しいんです」と話した。


「でも、そうは言っても、覆水は盆に返りませんでしょう? エドワード国王はジュリエットを大公女として立て、僕の戴冠を阻止しようとしにきたみたいですし。」


 それにはルーカスの目が見開かれ、それから一気に険しいものに変わる。


「ダメですよ、父さん? 父さんは重傷者なんですから。」


 しかし、ルーカスの眼差しは冷ややかで、「冗談じゃない」と、スラング混じりで目で追う。

 ギルバートはルーカスがエドワード国王相手にそんな言葉を使うとは思ってもみなかったから目を丸くした。

 続けてハッとしたのか、怒りに呼気が乱れていくルーカスに「父さん、落ち着いて。興奮したら、呼吸が乱れるよ」と諭す。

 それから「大丈夫。リジーに手出しさせるつもりは無いし、ジュリエットがいなくなった今、あちらもカードの切り方を変えざるを得ない」と話した。


「・・・・・・こちらには、幸い、フランシスもトムもいてくれますし、サムも味方についてくれています。軍の本部、ホーキンス船長、それとマーサーズ商会にお願いをしに行っています。」


 ルーカスは「分かった」と目配せし、「酷く疲れた。ジェニーのことを頼めるかい?」とため息を漏らす。

 ギルバートは「分かりました。死にかけたんですから、あとは任せてゆっくり寝てください」と言うと、ルーカスは苦笑混じりに瞬きする。

 ギルバートはパーティションを出て、待ち合いとして準備された区画に向かった。


 温室の中は二十度暗いの温度に保たれている。パーティションは全部で十五ほど。ルーカスのように重傷な人が七名と、軽傷者とはいえ、予後が心配な年齢の人が八名。

 初めはテントの一角に置かれていた遺体安置室は、温室内だと暖かすぎるから、近くではあるが外に設置したとエリザベスが話していた。


 通路は薄暗く、所々に明かりが取り付けられているものの、基本は漏れ明かりで照らされている。

 待ち合いとして準備された区画は、いくつか椅子が並べてあり、ジェニファーとエリザベスが二人並んで腰掛けているのを見つける。


「母さん、リジー。話し終えたよ。」


 と、先に気がついたのはエリザベスの方で、ギルバートの方に振り向くと人差し指を立てて、静かにするように合図してくる。

 見れば、ジェニファーがエリザベスの肩に凭れて、くうくうと寝息を立てていた。


「母さんがごめん。」


 小声で返せば、エリザベスは首を横に振る。


「しばらく昔話をして下さっていたんだけど。」

「昔話?」

「ええ、公爵様との馴れ初めとか。」

「・・・・・・へえ? それは僕も聞いたことがないな。」


 と、ギルバートの声に目を覚ましたのか、ジェニファーが「ギル?」と寝ぼけ声で訊ねる。


「ええ、そうですよ、母さん。ここには医師団もいますし、一旦僕達は引き上げましょう?」

「だけど・・・・・・。」

「父さんにも、母さんのことを『頼む』と言われてるんです。休める時に休まないと、体を壊してしまいますよ?」


 ギルバートに「ルーカスに頼まれた」と聞かされたからだろう、ジェニファーは渋々「分かったわ」と頷いて立ち上がった。


「でも、何をこそこそ二人で話していたか知らないけれど、ダメよ? 独断専行しては。」

「いきなり小言ですか?」

「あら、言っておかないと、あなた達、父子は『やらかす』でしょう?」

「それは父さんと姉さんでしょう?」

「いいえ、ギルもよ? 婚約式のあと、いきなりヴェールズに行ってきますだなんて、どれほど心配したことか。それに今日だってこんな状態になっているし。」


 ジェニファーが「ある程度の予想はして動いているけれどね、あなた達、父子は私の予想の右斜め上を行くの。私がどれほどやきもきしていることか」と口をとがらせる。


「そうは言っても機密事項も多いですし、簡単には話せませんよ。」


 眉を八の字にしてギルバートが渋っても、ジェニファーはツンとした表情で「それならルークを叩き起して聞くわ」と言い出す。


「母さん、無理を言わないで。」

「あら、私が『母さん』って意識はあるのね? なら、言わせてもらいますけどね。母親からしたらね、息子に無謀なことはしてほしくないの。単身敵地に乗り込むような真似は絶対にしないこと。」

「分かってますって。」

「神に誓って?」

「・・・・・・神に誓うほどですか?」


 そのやり取りを横で聞いていたエリザベスが堪えきれないといった様子で「ふふっ」と笑い出す。ジェニファーは「リジー、笑い事ではなくってよ?」と話した。


「いえ、でも、お二人とも同じことをおっしゃるものだから。」

「同じこと?」


 ジェニファーはきょとんとしたものの、ギルバートの方は身に覚えがあったから、同じように「確かに」と苦笑する。

 ギルバートは「分かりました。本邸に戻って、お部屋に戻られてからお話します」と肩を竦めた。


 午前四時過ぎ。

 多くの者たちは寝静まり、本邸の玄関で出迎えてくれたロバートも目の下に隈を作っている。

 エリザベスをレベッカに任せると、ギルバートはロバートとともに廊下を進んだ。


「通されていた東の棟の部屋は妃殿下の指示の元、こちらに移されました。」

「そうか。」

「はい。湯浴みをなさいますか?」

「髪を洗った方がいいんだろうが、この時間だしな。さすがに一眠りしてからにしたい。」

「では、簡単に拭えるよう、洗面器にお湯をお持ちします。」

「ああ、そうしてくれると助かる。」


 通されたのは大公としての部屋で、叔父であるアンリが使っていたあれこれがまだ残っている。

 ギルバートは黙々と着替えを手伝ってくれるロバートに「侍従を増やした方がいいか?」と訊ねた。


「何かお気に召さぬ点がございましたか?」


 ギルバートの言葉に手を止めて、顔を強ばらせて訊ねてくるロバートに、ギルバートは「いや、そうじゃない」と答える。


「単純に仕事量が増えるから聞いているんだ。これからは影としての役割が増えるかもしれないし、大公としての執務も増える。そうなったら、それこそ四六時中、ロバートの時間を奪うことになるからな。」


 前だったら、絶対に思い付かないような考え方だが、エリザベスと過ごすようになって「公私」を分けることの有用性に気が付いた。


「今日は、色々あったろう? レベッカの傍に居てやりたいって思っているんじゃないか?」


 ギルバートがそう話せば、ロバートは心底驚いた表情になる。


「・・・・・・なんだよ、その顔。やっぱり前言撤回したほうがいいかい?」

「いえ、し、失礼しました。その、驚き過ぎてしまいまして。」


 ひとつも弁明になっていない発言に、ギルバートはククッと喉を鳴らすようにして笑う。それから「今日は隣で寝ようと思う、レベッカに先触れを出してくれるかい?」と話した。


「・・・・・・この部屋じゃ、眠れそうにないんだ。」


 この部屋は前大公だったアンリの痕跡が多過ぎる。ロバートは「承知しました。お湯をお持ちした後に伝達します」と言うと、控えの間に一旦下がり、お湯を張った洗面器をギルバートの前におき、一礼して去っていく。


 ギルバートはベッド横の椅子に腰掛け、手ぬぐいで顔を拭ったり、髪を拭ったりしたあとで、深く息を吐き、部屋の様子を眺めみた。


 大きな天蓋付きのベッド。

 それと、いくつかの風景画。


 ここまではよくある寝室の調度類だったが、アンリはこの部屋でも勤勉に過ごしていたのだろう。

 部屋の脇にはこの部屋用に本棚が置かれ、ジュリエットやシャルルの小さめの肖像画がいくつも掛けられていて、彼の愛情深さも伝わってくる部屋だ。


 ノーランドの国王でアランの父親は獰猛王、グニシアの国王エドワードは賢王、ヴェールズのイーサンは赤龍公と呼ばれている。


 そんな、錚々たる面々が揃う中、アンリは「毒にも薬にもならない、お飾り大公」と揶揄されていた人だったが、こうして彼の遺品を見ていると家族を愛し、必死で大公位を守ってきた心優しい父親だったのだとよく分かる。


(本当なら、部屋を明け渡して貰うのは明後日以降だった。)


 早々に離宮に移したカトリーヌの部屋とは違って、この部屋は生前のアンリが直前までに使っていた部屋だ。

 彼の痕跡は至る所にあって、本棚にシャルル用の絵本まで置いてあるのを見ると、ギルバートは知らず知らずのうちに目を真っ赤にしていた。


(・・・・・・僕に泣く資格などない。)


 アンリの愛娘であるジュリエットを死に追いやったのは自分だ。フランシスやトムにお願いしたから、きっと苦しまないように処置してくれただろうと思うけれど、どうしたって罪悪感は付きまとう。


(エドガー様もこんなお気持ちだったのだろうか。)


 自分の息子が、自分の娘と孫娘を手に掛けるのを想像して、ゾッとしてしまう。


『王位継承権を持つ者は二人も必要ない。』


 そう冷ややかに判じたエドワード国王の言葉が頭の中を甦る。


(あの姿は、これから先の僕自身かもしれない。)


 いつかエリザベスとの間に子供が生まれたとして、自分は本当に今までと同じように揺るぎなく「シャルルを次の代の後継者に」と言えるだろうか。


 不安が胸の内を過った。

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