戦いの後で
ヘッドギアを外した私は、仰向けになったまま右腕を額に乗せて天井の一点をボーッと見つめていた。まだVRボケから抜けていないので、頭の中では一騎打ちの場面の断片が繰り返し襲ってきて、体がピクッと反応してしまう。目をつぶると黄色や黄緑の粒が詰まったような背景にヨシツネの顔が浮かんできて怖くなる。
時間が経つにつれて恐怖が増してきた。
バタヴィアの噴水の所に立っていると後ろから肩を叩かれ、振り向くと不気味な笑いを浮かべたヨシツネが「リベンジをここでやるから剣を抜け」と言う。振り切って逃走し、出港所から海に出ると、戦列艦が横一列になってこちらに船腹を向け、ダブルカノン砲を炸裂させた。その凄まじい轟音に耳を塞ぎ悲鳴を上げる。
そんな空想が次から次と浮かんでくる。上半身を起こして首を左右に振っても、振り払うことが出来ない。仕舞いには、家のドアホンが鳴って出てみると軍服を着た少年が立っていて「ネットで住所まで調べたよ」と薄笑いを浮かべているリアルな光景まで頭の中で描いていた。
「どうしよう……。これじゃ眠れない」
気を紛らすため、スマホで動画サイトをあさり、お笑い、音楽、アニメなどを片っ端から視聴する。こうやって一時記憶を上書きすれば、ヨシツネとの決闘が記憶に定着することはないだろう。繰り返し思い出すから、しっかりと記憶に刻まれるのだから。
しばらくお笑いの動画を観て笑っていたら、スマホにメールが届いた。誰からだろうと思ったが、すぐに予想がついた。受信ボックスを開いてみると、想定通りココからだった。
『バタヴィアで消えちゃったから、みんな心配してるよ』
私はスマホのチャットに切り替えた。
『いきなり落ちてごめんなさい』
私が書き込むと、しばらくして既読になった。
『おお。生還おめでとう』
『勝ったよ』
『おおおおおっ! まるで、見た、来た、勝ったみたいなご報告』
『それ、来た、見た、勝ったじゃない?』
『ペコン』
『巻き込んじゃってごめんなさい』
『まったく役に立てず、こっちこそごめん。ホント、瞬殺だったね』
『ココだけじゃない。私以外全滅』
『マジでか』
『そしたら、向こうから決闘を挑まれた』
『偽物が本物と渡り合えるか、試したかったんじゃない?』
そういう考えもあるか。
『会話を動画で撮ったよ』
『どうだった? 証拠つかんだ?』
『うん。馬脚を露わした』
『やっぱね』
『金閣寺発見の手順が間違っていて、それをさも経験したかのように語っていた』
『その動画、どうした?』
『すぐに運営に送った』
『吉報を待とう』
『うん』
翌日、家を出ると左右をキョロキョロと見渡す。
「いるわけないか」
ヨシツネが電柱の陰に隠れているとか心配したが、杞憂に終わってホッとする。眠い目をこすりながら学校に遅めに登校すると、黒板にチョークで書かれた『ヨシツネ討伐 おめでとう!』の文字が躍っていた。これはココの仕業に間違いない。クラスメイトに拍手で迎えられ、まりりんを始めとするファンクラブ八人から握手を求められた。机の上に鞄を置くとすぐみんなに取り囲まれ、質問攻めに遭っていると、廊下が騒々しくなってきた。
「小海原いるか?」
声の方を向くと海心都先輩だった。背後に追っかけの生徒たちの姿も見える。私は「はい」と言って私を取り囲んでいる同級生たちの輪を抜けて先輩に近づくと、
「おめでとう。放課後、作戦基地へ仲間と集合よろしく」
そう言って、軽く手を上げて去って行った。
放課後、先日のヨシツネ討伐作戦会議と同じメンバーを連れて生徒会室を訪ねると、湖透先輩以外の生徒会役員しかいなかった。私が先輩の姿を探している風に見えたのか、海心都先輩がニヤッと笑った。
「ああ、湖透か? ちょっと席を外している」
先輩が一人で廊下を歩いて大丈夫だろうかと心配していると、海心都先輩から戦況報告を求められた。私はみんなの前で、ヨシツネから一騎打ちを申し込まれ、不正を働いた証拠をつかんで、何とか勝利したことを報告した。それから復讐が怖くなってバタヴィアに逃げ、動画を運営に送った後で、みんなにお礼も言わずにゲームを落ちたことを詫びた。
すると、汐留くんが「今バルバロッサに金閣寺発見方法で奴の足が付いたと伝えたら、返事が」と切り出し、スマホに目を落としながら、
「以前、ヨシツネに一騎打ちを挑んだ際に、金閣寺発見の偽情報を伝えたそうです。役に立ってよかった、ですって」
そう言って、私の方へにこやかな笑顔を向けた。ヨシツネがバルバロッサの偽情報を鵜呑みにしてくれて助かった。それがなければ、どんな展開になっていたことやら……。
「あ、それと、今の攻略サイトにはレベル90より上になれる攻略法を公開しないそうです。いずれ出版社から攻略本が出ればバレるでしょうけどね」
不正でレベルを上げているプレーヤーに情報を流さないためにも、その方がいいと思う。
ここで海心都先輩が右手を肩まで上げて、
「さて、スカーレットの勝利を祝して乾杯しよう。と言っても缶ジュースだけど」
それを合図に、会計の役員が汗をかいたレジ袋を重そうに持って、1本ずつ参加者に配り始めた。私はなぜかエナジー系のドリンクだった。その時、引き戸が開く音がして、全員が一斉に顔を向けると、友人のSPに囲まれた湖透先輩が現れた。先輩は、私を見つけるとすぐにうつむいてしまった。気持ちがわかるだけに、私もうつむいてしまう。
「お? ちょうどいいところに会長が登場。そこのSPくんたちも来たまえ。乾杯に参加して我らが英雄を祝して乾杯といこう」
「海心都はまた生徒会室を私用で使って……」
湖透先輩のぼやきは、海心都先輩の「さ、さ、君たち、早くこっちへ」とSPたちを手招きする声に完全に被った。
乾杯の後に始まった短めの雑談タイムが終わる頃、海心都先輩がスルスルッと私の所へ近づいてきて耳元で囁いた。
「この後、残ってくれる?」
先輩の息が耳朶に触れてドキドキする。その言葉の意味を即座に理解できた私は、無言で頷いた。




