ヨシツネ討伐の作戦会議
噴水のところで首を長くして待っていたスティーブさんは、駆けつける私たちを見つけると立ち上がって手を振った。私が二人にお礼を述べると、スティーブさんが右手を握って親指を立て、それをサルバトーレさんの方へ向けて、
「長崎でスカーレットさんが動けないでいるみたいだから心配だって相談されましてね」
恥ずかしそうに下を向くサルバトーレさんが頭を掻いた。
しばらく三人でヨシツネについて話をしていると、サルバトーレさんが「実は」と切り出した。
「ゲームオーバーの無限ループが始まったとき、クイックモードで動画を撮ったのですよ」
「ループを動画でですか?」
「いえ、ロードすると撮影が止まりますから、瞬殺されてゲームオーバーになるところまでですが」
「なるほど」
「それを5回くらい」
「何かヨシツネの弱点とか見つかりましたか?」
「いえ、何も」
すると、スティーブさんが、はたと膝を打った。
「その5本の動画、運営に送りつけたら?」
すぐには意図が理解できない私とサルバトーレさんは、名案が浮かんだという顔をするスティーブさんを見つめる。
「哨戒中のままログアウトした相手のそばでセーブすると、こういう無限ループが起きてプレイの妨げになると。十分迷惑だと思いますよ」
私は「それがいい」と言ってサルバトーレさんへ顔を向けると、彼は微笑んだが恥ずかしそうに下を向いた。
「決まりだね」
スティーブさんは、親指を立ててウインクをする。と、その時、バルバロッサから私へチャットをつなげてきた。
『聖剣が手に入って、覇者の宝具の地図も手に入れた』
『おめでとうございます!』
『レベル99になったな』
『ええ。長崎で金印と覇者の宝具を手に入れたらアップしました』
『詳しく教えろ』
私は入手の手順を、攻略サイトに記述されることを念頭に置いて伝えた。
『問題文も要りますか?』
『お前は人の楽しみを奪うのか?』
画面の向こうでバルバロッサが苦笑するのが目に浮かぶ。
『金閣寺発見がどうしても出来ない。レベル98止まりだな』
アイテム獲得の順番を間違えた彼の悔しそうな表情が文字の向こうに見えてくる。
『それはそうと、奴の討伐について相談したいが、時間はいつ取れる?』
『その討伐ですが』
ここまででいったん投稿し、私はそばにいるスティーブさんとサルバトーレさんの顔を見てから続きを書く。
『話し合いに私の仲間も同席してもらおうかと思うのですが』
バルバロッサが、しばし無言になる。何かまずい提案だったかと心配していると、
『共同戦線を張るのだな?』
『はい』
『いいだろう』
『ありがとうございます』
『集合場所と時間を決めてくれ』
そう書き込んだ彼は、チャットを切断した。
バルバロッサとの話を二人に伝えると、サルバトーレさんは快く同意し、スティーブさんは腕まくりをするような仕草をして、
「いっちょやりますか、スカーレット軍団で討伐を」
そう言って快活に笑った。
◆◆◆
翌朝、疲れが取れないので学校へ遅めに登校する。登校途中に何人かの生徒に「おめでとう」と声をかけられたが、それはレベル99のことだと解釈して笑顔で挨拶をする。だが、それはほんの序の口だった。
教室へ入ると、黒板の全面に色とりどりのチョークで書かれた「レベル99達成おめでとう!」の太文字が踊っていて、クラスメイトから拍手で迎えられた。「恥ずかしいからやめて」と言っても拍手が止まない。「先生が来るよ」と言いながら私とココで黒板ふきをワイパーのように動かして文字を消したが、みんなに背を向けながら頬に伝う涙をソッと拭った。
休み時間になると、ファンクラブの八人が駆けつけて祝福する。昨夜ゲーム内のチャットでも彼女たちは祝福メッセージを送ってきたが、リアルでどうしても伝えたかったのだという。初対面の生徒もやって来てお祝いしてくれるのだが、名前とアバターが一致しないので苦労する。
昼食の時間になると、ファンクラブのメンバー八人とココと中庭で弁当を広げる。楽しいゲームの話題で盛り上がるが、私は周囲の視線が気になって仕方ない。
そろそろお昼休みが終わるので立ち上がると、追っかけの悲鳴が聞こえてきた。それだけでわかる湖透先輩のご登場。声の方を向くと、海心都先輩を先頭に四方をSPで固めた湖透先輩と追っかけの集団が、どういうわけか私の方に向かって歩いて来るのがわかった。海心都先輩の視線にロックオンされた私は立ったまま動けずにいると、先輩一人が集団から抜けて足早に近づいてきた。
なんだかユキムラさんを前にしているようで緊張していると、先輩が小声で、
「放課後、生徒会室へ来てくれないか?」
それがヨシツネ討伐の事だと思った私は、試しに提案する。
「作戦会議でしたら、仲間も同席していいですか?」
「いいよ。人数絞ってくれたら」
やはり、討伐の件だ。ゲーム内で噴水の所に集まって会議をするのは、仲間が各地に散らばっているから集合に時間がかかるし、周りに他のプレーヤもいるので話しにくい。チャットは一対一で役に立たない。ならば、リアルで集合しようというわけだ。
放課後、私はココ、汐留くん、門前さん、大門くん、そしてまりりんを連れて生徒会室の扉を叩く。中からパタパタと足音が近づいてきてガラッと引き戸が開けられると、海心都先輩がヌッと現れた。
「おっ。頼もしい面子が揃ったな」
ニコッと笑う先輩は私たちを手招きして中へ入った。奥の方で、湖透先輩が生徒会長用の机に向かって座っていたが、私をチラッと見てすぐに目を落とす。
「海心都。こんなことにこの部屋を使っていいと思っているの?」
湖透会長の言葉に海心都副会長は、
「じゃあ、君の家でやろうか?」
「絶対にダメです」
「じゃあ、ここしかないじゃないか?」
「その論法がおかしいのです」
「なら、会長。使用許可を願います」
「それは――」
「はい、許可取った!」
「なんでそうなるのですか……」
「あー、みんな。丸椅子用意しておいたから、その辺に適当に座って。作戦には――」
そう言って近くのホワイトボードを引き寄せる。
「これを使う」
ちょうどその時、扉がノックされて三人が部屋へ入ってきた。書記と会計と会計監査の役員だ。副会長とこの三人が会長のSPを務めているので顔は見知っている。
「これで役者は揃ったな。さて、ヨシツネ討伐の作戦会議を始める」
海心都先輩がホワイトボードの一番上に黒のマーカーで『ヨシツネ討伐作戦会議』と書いてから、咳払いを一つした。
「その前にだな。作戦の方針に関わる重大な発表がある」
一同が息を殺して先輩の言葉を待つ。
「今から1時間ほど前に、グランド・デクヴェルトの運営から重大発表があったので共有する」
先輩がホワイトボードの中央に赤のマーカーで書いた言葉に、先輩以外の全員が目を疑った。
『哨戒機能が使えなくなった』
書き終えた先輩は得意げに、
「これでヨシツネはログイン必須になる。一騎打ちに引きずり出すことが出来る」
その時、汐留くんが「運営、はえー」と声を上げた。みんなが彼の方を向くと、彼はスマホの画面をみんなにグルッと見せて、
「昨夜、大門くんが動画を運営に送りつけたんです。哨戒機能で居座られるとゲームオーバーの無限ループになるって。そしたら、この電撃発表」
早速、スマホで告知のページを開いて確認すると、『哨戒機能見直しのため、本日から該当機能は使用できなくなります。哨戒中の艦隊は強制的に寄港します』と書かれていた。その理由は一切触れられていなかったが、大門くんの申告が引き金になったのは容易に想像が付く。
「さて、ヨシツネの伝家の宝刀が抜けなくなったのはいいが、問題は奴の行動範囲が広がったことにある。どこにいるのかわからない」
海心都先輩が腕を組むと、汐留くんが挙手した。
「長崎にいると思います」
「確証はあるのか?」
「延々と長崎にいたということは、何かのこだわりがあるのだと思います。たとえ、長崎から離れても、必ず戻ってくると思います」
「なるほど。逆に、我々が長崎で長期滞在すると?」
「それも一つの案ですが……みんなでヨシツネの動きを監視してチャットで情報を交換し、長崎に戻りそうな動きをしたら、みんなで集結して襲撃するとか」
それからいろいろな案が出たが、それまで終始腕組みをしていた門前さんが「盛り上がっているところ、すみませーん」と手を上げ、全員の注目を浴びた。
「副会長、ちょっといいでしょうか?」
「どうぞ」
「私、この会議のゴールが見えないのですが」
「ゴールが?」
「ええ。そもそも論で申し訳ありませんが、みなさん、ヨシツネを討伐するで団結しているように思いますが、ヨシツネが討伐されるべき理由って何ですか?」
すると、汐留くんが何を今更という表情の顔を門前さんへ向ける。
「今までずーっと迷惑かけていたじゃないですか? 哨戒しまくって」
「でも、それって、運営が認めていたのですよね?」
「認めていたというか放置していたというか」
「それをなぜ私たちが自警団みたいになって取り締まるのですか? それに――」
門前さんは、いったん言葉を切る。
「チートツール疑惑はあくまで噂で、本人が認めたのではないですよね? それなのに、討伐するのですか?」
「バルバロッサが言ってましたが、あれは尋常じゃない強さだって。レベル98のスカーレット艦隊が瞬殺されるのはあり得ないって」
「もしそれがパラメータを操作している結果なら、その疑惑を運営に進言すれば――」
「しました! でも、具体的な情報をよこせって、はなから取り合わないんです!」
汐留くんが、やりきれない思いを込めて熱弁を振るう。私は、運営からの返信メールをスマホで表示させて、門前さんに見せた。回答をじっくり読んだ門前さんは「この文言はテンプレだわ」と呆れるように言う。
「なら……」
そう言って門前さんがコホンと咳払いをした。
「この会議のゴールは、突然現れたレベル99のヨシツネがチートツールを使用したか否かをはっきりさせる方法を決める、でいいですね? 討伐ではなく」
海心都先輩は字消しを手にし、ホワイトボードの『ヨシツネ討伐作戦会議』の『討伐』の文字をコキュコキュと消して『調査』と書き換えた。
「こんな感じか?」
先輩が門前さんに同意を求めると、彼女は首肯した。
「おっと。ちょっと待ってくださいよ。討伐で良いかも」
汐留くんが声を上げてみんなの視線を集める中、スマホに目を落としていた彼が顔を上げた。
「今、ゲームを落ちたバルバロッサからメールが届いたのですが、ヨシツネが中国付近を航行中の艦隊に挑発で勝負を仕掛け、ことごとく相手を潰しているそうですよ」
私は身を乗り出して問う。
「バルバロッサは?」
「奴にマカオで遭遇し、一騎打ちを挑んで完敗したって」
「レベル97で、聖剣エクスカリバーを持っているのに!?」
「らしいです。……門前さん。こうも暴れているなら討伐ですよね?」
話を向けられた門前さんはフーッとため息を吐いた。
「迷惑行為なら、それを運営に言えばいいのでは?」
「いえ、一騎打ちを挑むくらいなら迷惑行為ではありませんよ」
「挑まれたらどうする? スティーブは勝てる自身があるのか?」
汐留くんが首をブンブンと左右に振る。
「とんでもございません。ここは、やはり……」
そう言って彼は私の方を見た。他のみんなも彼の視線を追って少しずつ私に目を向けてくる。
「えっ? 私!?」
自分の鼻を指差す私に向かって、みんなが大きく頷いた。




