2つの聖剣エクスカリバー
聖剣の地図を受け取った長老は、何かのまじないらしい言葉を口にした。すると、地図が輝きだして、長老たちが「「「おおおっ!」」」と声を上げた。しかし、私は一緒に驚いている暇などなく、長老が聖剣の地図を持ち逃げした場合の対策を考えていた。
もし、持ち逃げしたら、すぐにセーブデータからロードする。レイキャビクで船員不足のまま出港することは確実だろうが、スコットランドのこの村まで何とかたどり着けば長老に再び会えるので、ここで地図を渡さないルートを試す。最悪の場合、水と食糧の物々交換まで拒否されるかも知れないが、その時はセーブデータからやり直して、他の村を探す。物々交換が成功したら御の字だが、果たして船員八人でガレオン船を操れるのだろうか……。
「さあ、行くぞ」
ボーッと考えていた私は、長老の言葉で我に返った。辺りの景色が甲板から暗い森の中に変わっているので、瞬時にワープしたようだ。長老たちは私に背中を向けて歩み出したので、慌てて後を追う。
森は魔物が出そうな怪しい雰囲気に満ちているので、剣の柄を右手で握り、いつでも抜剣出来るようにしながら注意深く歩を進める。樹木や苔の匂いが鼻腔を満たし、落ち葉をザクザクと踏む音が複数重なるので、本当に四人で森の中を歩いている錯覚に陥る。VRMMORPGもここまでリアルに描写されると、バーチャルとリアルの境目がわからなくなる。
実際は1分くらい歩いたのかも知れないが、不安に包まれて歩くとその数倍も長く感じられる。そろそろ長老に声をかけようとしたとき、前方が少し明るくなってきて、長老が私の方へ振り向いた。
「着いたぞ」
木々の間を抜けると、自分が通っていた小学校の校庭よりちょっと狭いくらいの湖が現れた。湖の周囲は鬱蒼とした木々が囲んでいて、木漏れ日が斜めに差し込んで光の筋が幾本も見える。陽光を受けて湖面が鏡のように輝く。この幻想的な光景に心を奪われていると、長老がこちらを振り向いて湖の方を指差した。
「地図によると、ここで乙女が聖剣を渡してくれるらしい」
乙女が? 誰もいないじゃない。
もしや、湖の反対側にある森の中から、聖剣を両手で水平に持った乙女が静静と現れるのかと思っていると、湖の中央で水面が乱れた。何が起こるのだろうと見つめていると、金色に輝く細長い棒状の物が水中からゆっくりとせり上がり、そこを中心として波紋が広がっていく。やがて鍔が見えて、それが剣であることがわかった。聖剣がひとりでに水中から現れたのだ。
さらに刀身が現れて、陽光をキラキラと反射する美しさに見とれていると、その刀身をつかんでいる雪肌の腕が現れてギョッとした。乙女は水中にいた。その乙女が湖の中から聖剣をつかんで垂直に差し出しているのだ。
腕の肘と肩との中間辺りが水面から出たところで、聖剣の上昇が止まった。腕だけ見えている乙女なんて不気味だと思っていると、
「あそこの船で聖剣を取りに行くが、お前が行くか?」
長老が右側を指差す。その方向へ目を向けると、湖畔に浮く小さなボートが見えた。
「もちろん、行く」
本当は足が震えているのだけど、艦長の威厳を保ちつつそう答えてボートへ向かう。乗り込む際に転覆しないよう長老たちにボートを押さえてもらい、乗り込んで腰掛けてから、そばにあった一本のオールを握り、右、左と交互に水をかく。何かのアトラクションでボートを漕いだ経験があるが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
湖の中央へ近づくにつれて緊張が増してきた。剣を受け取る時にボートが転覆しないかとか、魔物が水中から現れやしないかとか、不安になってくる。
やがて、ボートは聖剣に手を伸ばせば届くところへたどり着いた。
乙女が手でつかんでいる聖剣をどうやって引き抜けばいいのだろうと迷ったが、垂直に引き上げればいいだろうと思って、まずは聖剣の柄を握った。ここで、ゴクリと唾を飲む。すると、乙女は手を離し、腕が水中へ沈んでいった。
私は、フーッと長いため息を吐いて画面を表示し、この聖剣がアイテム一覧にあることを確かめた。ところが、なぜか一覧にない。所持した事になっていないのだ。理解に苦しむ私は、首をひねりながら聖剣をボートの中に置いて長老たちの方に向かって漕ぎだした。
イヤな予感がする。普通、アイテムを手に入れた場合、アイテム一覧に表示される。それが起こらないということは、これはフェイクなのだろうか?
長老たちに手伝ってもらってボートから降りた私は、聖剣の切っ先を上に向けて刀身に映る自分の不安げな顔を見る。すると、横にいた長老が妙なことを言い出した。
「地図にはもう一つ場所が書かれておる。そこへ行ってみるが、付いてくるか?」
「何? 聖剣がまだあるというのか?」
「地図にはそうなっておるが」
聖剣が2つもあるとは不思議な話だ。これは調べてみる必要がある。
「わかった」
再び森の中に入り、しばらく木々の間を歩いて行くと、また広い場所に出た。今度は広さが湖の四分の一くらいの空き地だった。その空き地の真ん中に、白くて高さが1メートル、幅が2メートルくらいの四角い石があり、私が手にしている聖剣にそっくりな物が垂直に突き刺さっている。それらは木漏れ日を浴びてキラキラと輝き、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「あれも聖剣のようだが、お前はあれを抜けるか?」
「その前に確認したいことがある」
「何だ?」
「聖剣はそれを所持するにふさわしい者を選ぶと言ったな?」
長老は首肯する。
「なら、今手にしているこれが聖剣ではないのか? 私は聖剣に選ばれたのではないのか?」
「偽物は誰にでも手にすることが出来る」
「何?」
「つまり、お前が手にしているからと言って、それは本物か偽物かはまだわからぬということだ」
ここで私は閃いた。
「なら、私の聖剣を握ってみよ」
そう言って長老に向かって聖剣を差し出す。すると、長老は柄を普通につかんだ。二人がつかめるのだから、長老の論法ではこれは偽物だということになる。
「どうやら、あちらが本物かも知れない」
私は長老に偽物の聖剣を渡してから石に向かって歩き、石の上面に手をかけてよじ登る。そうして、両手で聖剣の柄を握りしめて思いっきり上に引っ張った。
ところが、ビクともしない。リアルの世界では背筋力がまるでダメなのだが、それがアバターにも反映されているのか。
なんだか、長老たちが笑っているような気がする。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。自分の不甲斐なさが頭にきたので、もう一度両手で柄を固く握りしめ、歯を食いしばって唸りながら引き上げた。すると――、
「キャッ!」
急に抵抗がなくなったので、威厳ある艦長が台無しの悲鳴を上げて蹌踉めいた。石に固く突き刺さっていた聖剣が抜けたのだ。フーッとため息をついてから、成功した嬉しさのあまり、聖剣の切っ先を空へ向けた。
と、その時、長老が持っていた聖剣が、彼の手を離れて私の方向に向かって飛んできた。同時に、抜いた聖剣も私の手から離れて宙に浮いた。
「えっ!? 何!?」
空中で二つの聖剣が重なり合って目映い光を放つと、縦横が2倍の大きさの剣になった。
「な、何これ!?」
自分の背丈はあろうかという長剣だ。私は宙に浮く成長した聖剣を手に取って顔を近づけると、鏡のような刀身に自分の笑顔が映っていた。振ってみたが、楽に操れる。見た目より断然軽い。
「どうやら、聖剣はお前を選んだらしい」
長老たちが笑顔で拍手をする中、私は画面を表示してアイテム一覧を見ると、「聖剣エクスカリバー」が表示されていた。
ついに、聖剣を手に入れたのだ!
レベルを見ると、97から98にアップしていた!
「やったー!!」
思わず、石の上でジャンプを繰り返す。
いよいよ、レベルMAXの王手がかかったのだ。




