聖剣の地図を取られた
翌朝、ベッドから起き上がるも、まだ北極海一周の精神的疲労が残っていて、太平洋横断とは比べものにならないくらい過酷な環境での航海が頭から離れない。冷気に震えながら身を削る思いで続けていた航海によく最後まで耐えたと自分で自分を褒める。一歩間違えればゲームオーバーになったかも知れないが、もしや流氷にしがみついて漂うことになったのだろうかと想像すると、それだけで恐怖に駆られる。
朝から疲れ切っている私は、少し猫背気味に学校の門をくぐると、後ろから汐留くんに声をかけられた。
「凄いじゃないですか、レベル97って!」
その声に、周りにいた生徒の数人がこちらを振り向いた。他人へ聞こえるように言ったに違いないと思ったが、怒る気力もない。
「もうあの航海は二度としない。めちゃくちゃ疲れるし、心配しすぎて寿命が縮まるし」
「次は聖剣のゲットですね!」
やはり、そうなるのかしら。私的にはユキムラさんに直接会うことなのだけど。
教室に入るとクラスメイトから歓待を受けた。黒板に「おめでとう レベル97!」とチョークで彩られた花や大きな文字が書かれていたのには驚く。さらに、スカーレット・ファンクラブ会長が新規会員を四人も連れて来た。その四人はすでに私の地方艦隊に入っていたが、ファンクラブの存在を知って入会したのだという。
そのうちに追っかけが現れるのだろうか。そうなったら、湖透先輩みたいに分け隔てなく……挨拶したい。先輩のことを思うと、心の中に冷たい風が吹くのが残念だ。
帰宅後、いつものルーチンをこなしたが、まだ昨日の精神的疲労を引きずっているので、今日はゲームをお休みしようと思っていたら、スマホがポコッと音を立てる。誰がメールを送ってきたのだろうと受信ボックスを開くと、ファンクラブ会長の「まりりん」だった。
『リスボンの噴水の前で会員が21時に集合します。是非、いらしてください』
これは断れない。私は、アイスランドから戻るので時間がかかるかもと言葉を添えて会う約束をした。今、20時。早いかなと思ったが、何か他のことをしているとそっちが夢中になって約束の時間が過ぎてしまうかも知れない。今インしたとして、リスボンへ戻るのは5分くらいか。残りの時間はユキムラさん捜しとか、長崎でレベル99相手の再戦とかに当てよう。
しかし、いざゲームを始めると、この目論見は見事に外れてしまったのだが……。
ゲームをスタートさせ、レイキャビクの酒場で船員を募集したが、1回目で十人、2回目で五人、3回目はゼロだった。
「嘘!? 船員がもういないの!?」
4回目以降もゼロ行進。つまり、二十五名でロンドンを目指さないといけないのだ。これには背筋が寒くなる。全くの想定外だ。いつもなら船員は必ず補充できたのに、小さい港町だと何度も募集するとゼロになるらしい。
水と食糧を満タンにしてロンドンを目指すが、船員が少ないのでまともに船が進まない。もしゲームオーバーになったら、セーブデータは最新のものしかない仕様なので、
「これって、常にゲームオーバーに陥るパターン!? どうやって回避するの!?」
今思えば、レイキャビクじゃなくて、オスロ辺りからスタートすればよかったか。でも、今更遅い。
心臓がドキドキバクバクと音を立てて、全身が震えてくる。何か回避方法がないかと、バルバロッサやスティーブさんにチャットを試みるもつながらない。カエサルさんもサルヴァトーレさんもシャルロットもまりりんも、みんなつながらない。よりによって、全員ゲームにインしていないようだ。
ゲームオーバーの無限ループに陥るかと思うと、涙が出てきた。
「誰か、助けて……」
画面で地図を開くと、2時の方向に島が見える。後で知ったが、フェロー諸島だ。その島へ進路を変えたが、北風に押されて前へ進まない。仕方なく、この風をうまく使って4時の方向にあるイギリスの北端を目指した。スコットランドだ。きっとここに村があると信じて。
水と食糧は十分あると言っても、船がまともに進まないので、少人数でも確実に減っていく。まだかまだかと地図を開くが、カタツムリのような歩みに、スコットランドへなかなか近づかない。こうして、備蓄は確実に減っていき、ついにゼロになった。
また始まった船員の減少。二十人になった。十五人になった。十人になった。
いよいよゲームオーバーかと覚悟を決めたとき、強い北風が吹いた。
「お願い! スコットランドへ運んで!」
この願いが通じたのか、八人になったとき、島に近づいた。後は、アントニオが村を見つけてくれるのを祈るばかりだ。力を込めて両手を組み、祈りを捧げる。と、その時――、
「お頭! 村が見えますぜ!」
これぞ天の声! 画面を見ると、たくさんある島の一つに漂着したようだ。すると、私の体が自動的に甲板の上へ移動する。イベント発生だ。小舟が近づいてくる。魚があるので、それで物々交換を申し出るしかない。でも、断られたら……。
質素な衣装の長老と付き人二人が甲板に現れた。
「ここへ何しに来た?」
「水と食糧を分けて欲しい」
「何と交換出来る?」
「魚でどうだ?」
私は魚を画面から選択して取り出そうとすると、村長が目を丸くした。
「その地図はどこで手に入れた?」
急な話の展開に頭が付いていけず、呆けていると、
「その聖剣の地図だ」
これには飛び上げるほど驚いた。まさか、長老の口からその言葉を聞けるとは思ってもいなかった。
「これは、とある港町で手に入れた」
「ふむ。その地図を渡せ」
それは、まずい! これがなくなったら、聖剣の在処がわからなくなってしまう。
「水と食糧の物々交換に使うのか?」
「それもある」
それもって、まだ何か要求するのかしら? いや、いくらなんでもそれは……。
断ろうと思ったが、背に腹はかえられぬという言葉もある。だが、補給は出来ても船員八名でこの先どこまで船を進めることが出来るのだろう。判断が付かないでいると、
「その地図は、お前には使えぬ。だから渡せ」
「なぜ使えないのか?」
「なら、その地図がどこの場所を示しているのか、言ってみよ」
「それは……」
「言えぬであろう。その地図には魔法がかけられていて、偽の地形が見えておるからな」
なんですとー! いくらなんでもひどすぎる……。
「なら、渡したらどうなる?」
「水と食糧をやろう。そして、この地図にかけられている魔法を解いてやる」
「解けたら返してくれるのか?」
「返さぬ。わしが使う」
「おいおい、それはないだろう?」
「わしが使って、聖剣を探してやると言っているのだ」
この人、何を言い出すのだろう……。
「聖剣を探しだしたら、どうするつもりだ?」
「それを知りたければ、一緒に来い」
「どこへ?」
「聖剣の隠し場所だ」
「そこに行けば聖剣を渡してくれるのか」
すると、長老はニッと笑った。
「聖剣は、それを所持するにふさわしい者を選ぶ。それがわしかお前か。どちらになるかは、聖剣次第。さあ、その地図を渡せ。そして、一緒に来るのか来ないのか、決断せよ」
私は深呼吸をする。
「わかった。行こう」
そして、画面から聖剣の地図を選択して取り出し、長老へ手渡した。
少し言葉を修正しました。




