遠洋航海の大冒険――その3
「さっきから地球儀ばっか見て、何してるの?」
ココの問いかけで我に返った私は、地球儀の北極付近から視線を剥がして声の方へ振り向いた。
「ああ、今度北極海を一周しようと思って」
学校の帰り道に、文房具や雑貨を扱っているお店の店頭に地球儀があったので、それに引き寄せられてから今に至っている。
「周り見てごらんよ。すっかり有名人だよ」
ココがそう言って後ろを振り返るので、彼女の向く方に目をやると、同じ学校の三人の女生徒が二組、二人組が一組こちらを見て笑っていて、軽く会釈をして去って行った。
「さすが、レベル96。あのゲームで二人しかいないから、注目の的だね」
「なんか、夢中でやっていたら、ここまで来ちゃった」
「結構、大変だったでしょう?」
「うん。苦労してレベル上げするから面白いのに――」
「それをすっ飛ばして、不正ツールであのゲームのナンバーワンとして君臨するチートが許せないと」
「そう」
「レベル96なら、そろそろ相手に勝てるんじゃない?」
「昨晩、長崎行ったら瞬殺だった」
「96で瞬殺!? いったい、どんだけチートなんだか」
そう。ココの言う通り。レベル差が3だけなのに赤子の手をひねるように一蹴されるって、2桁のレベル差ならまだしも、なんかおかしい気がする。他のパラメータもいじっているのではないか? これは、もっとレベルを上げてぶつかってみて、調べる必要がある。
「で、こーみは一周するルート決めた?」
「うん、だいたい。地球儀見ると、本当のルートがよくわかる。ゲーム内の画面から見るメルカトル図法の地図だと、巨大な島々を横に見ながら航海するように思えてしまうけど、全然だもん」
「でもさ、本当に北極海を一周できるの? 流氷で進めないんじゃない?」
「バルバロッサの話だと出来るはず。ゲームだから実際とは少し違うのかも」
その日の夜、ゲームにインして、まずは旗艦1隻に最低の船員を連れてロンドンの交易所へ行ってみる。北極海に補給基地代わりの村があるはずだから、物々交換用に何を買うかを考えたが、ウイスキーのようなお酒よりは刀剣の方がいい気がしてきたので仕入れた。きっと、狩りの道具として珍重してくれるだろう。
事前に世界地図を調べたが、グリーンランドもアメリカもロシアも北極海側に町がある。ゲームの世界もそのような町をいくつかピックアップして村として配置しているに違いない。実際に大航海時代に村があったのかは別として。
ロンドンから出発する前に、きっと北極海の沿岸のどこかに聖剣を隠しているに違いないとゲーム制作側の考えを推測して、聖剣の地図に描かれた地形を頭に入れる。
さて、セーブ後にクイックモードでアイスランドを目指す。空を飛んでいる状態なので、眼下を見下ろして、紺碧の海に紅のガレオン船はなかなか映えるなと思いながら進んでいくと、涼しいと言うより寒くなってきた。これは、今までにない演出だ。それまでクイックモードで空を飛んでいる場合は、赤道に行っても暑くなるわけでもなし、どこへ行っても同じ温度だったのだが、これからは寒いから覚悟しろということか。
やがて、大きな島が見えてきた。アイスランドだ。ここを西側に回ると港町レイキャビクが見えてきた。もしかして村しかないのかと思っていたから、これは助かった。
交易所では魚しか売っていなかった。これは物々交換に使えるかも知れないと思って購入する。それから広場へ行ってみたがあまり賑やかではなく、噴水へ行っても誰もおらず、画面から「探検」をクリックしても扉は出現しなかった。ここから本格的に北極海に入るのでセーブする。
レイキャビクを出港して北に進路を取ると、左側に奥が氷に覆われて真っ白になった大地が見えてきた。グリーンランドだ。ここを海岸沿いに北上すると村があった。
いつものように甲板に降りたって小舟が近づいてくるのを眺めていると、甲板の上に毛皮の服を着た長老と付き人二人が現れた。このゲームの見慣れた物々交換の演出だが、太平洋の島々の村で出会った長老たちの現地人っぽい南国の衣装はさすがに毛皮に替えられていた。
「何しに来た」
「これから北に行くので水と食糧が欲しい」
「やめた方がいい」
おや、いつもと口上が違う。
「どうしても探検をする必要があるから分けて欲しい」
「交換できるものはあるか?」
やっと納得したらしい。ここで、魚を見せたが首を横に振られた。仕方なく刀剣を一振り渡すと、喜んでくれたので、やはり刀剣で正解だったと安堵する。
ここで水と食糧を満タンにし、クイックモードでさらに北上すると、寒さが募ってきた。グリーンランドの上をグルッと反時計回りに移動して、なるべく北アメリカ大陸の村がありそうな場所へ急ぐ目論見だったのだが、グリーンランドの真上辺りで想定外のことが起こった。
急に、船員の数が一人また一人と減っていくのだ。
最低限の船員しか乗せていないので、このままでは船がまともに進まない。
気になってクイックモードを解除し、甲板に降り立つと、操帆手のミゲルが近づいてきた。
「お頭、引き返した方がいいぜ」
「なぜ?」
「こうも寒くちゃ、仲間が逃げていくぜ」
逃げると言ってもこんな冷たい海の中へ飛び込む船員はいない。寒さで船員が減っていくというゲームの演出だ。船員が減れば船の速力が落ちていき、水と食糧があっても船員がゼロになればゲームオーバーだ。村で船員を補充できないので、どう考えてもこの先へ進むことは船員ゼロの道を進むことになる。
グリーンランドの村で出会った長老の言葉が骨身に染みる。でも、レベルアップのためには、この航海を続けなければいけない。私はやり直しを決意し、セーブデータをロードした。
寒さで船員が減っていく現象を前提に航海を進めるには、船員を増やすしかない。でも、増やせば、水と食糧の減る量が比例する。どうすればいいのだろう。
まだ北極海を一周した経験はないので想像でしか言えないが、ゲームとして成立する前提で考えると、辛抱強くグリーンランドを越えて、北アメリカ大陸に行けば村があるはず。その先のロシアにも同じく村があるはず。人は減るけど、水と食糧の当てはあるのだから、なんとか行けるだろう。ロシアを過ぎてフィンランド辺りで必要最低限の人数になって、後はヘロヘロになりながら、アイスランドのレイキャビクへ戻れば一周したと認定されると思う。
レイキャビクの酒場で船員を募集したが、1回当たり十人も集まらない。やむなくロンドへ戻り、船員を最低限の六十人から2倍の百二十人にしてレイキャビクへ戻り、セーブする。もし多すぎたら、セーブデータをロードし直して船員を一部解雇すればいい。
早速、グリーンランドの村へ行って、長老から「やめた方がいい」と言われても補給を行って北進する。
どこまで行っても氷の大地を左に見る。船員がちょっとずつ減っていく。これがリアルなら船員が寒さに耐えきれず死んでいくということなのだろうが、本当の探検だったらどんな思いでこの事実と向き合うのだろう。
北極海を一周するイベントはこれっきりにしたいので、見納めにとクイックモードを解除して、甲板で寒さに耐えながら氷に覆われた大地を見る。ホッキョクグマっぽいのが動いていたが、そのようなゲームの演出に一瞬心が和む。海にも流氷が見られ、アザラシっぽいのもいた。どこまでリアルに忠実なのかはわからないと思いつつも、ペンギンがいるのではと目をこらしているのだから、すっかりVRゲームの虜になってしまったようだ。
こうしてはいられない。このままボーッとしていては、徹夜になってしまう。私はすぐにクイックモードに戻って船を早く進めた。
グリーンランドの上を回って南西に進路を取る。この辺りで船員は百十人になった。水も食糧も半分以下だ。早く村がないだろうかと見張りのアントニオに期待をかけていると、西側に大きな陸地――と言っても氷に覆われた大地が見えてきて、村を発見してくれた。
甲板に降りたって、すがるような思いで長老の到来を待ち、刀剣一振りと物々交換で水と食糧を分けてもらう。その量は少なく、満タンの75%に補充されたと言ったところ。でも心強い。
画面から地図を見ると、ここはグリーンランドの西にある大きな島だった。その島を見ながら南西方向へ進み、途中から西へ進路を取る。ちょうど、島と島の間を抜けるような感じで進んでいく。しばらく行けば、南に北アメリカ大陸があるので、南進して村を探す予定だ。
島を抜けた辺りで、船員は百人になった。急いで南西に進み、村を探す。だが、思い描いたとおりにはならず、無情にも水と食糧は減り続ける。南に見えるのはアラスカのはずだが、本当に不毛の土地なのだろうか。と、その時――、
「お頭! 村が見えますぜ!」
この見張りのアントニオの言葉が、天の声のように聞こえた。
この村でも、刀剣一振りと物々交換で水と食糧を分けてもらった。満タンの50%になったが、まさに天の恵みだ。
帆は風をはらみ、紅のガレオン船が西へ軽快に進んでいく。画面の地図で確認すると、ベーリング海峡を越えた辺りだ。いよいよロシアに入ることになる。
船員が八十人になった頃、行く手に大地が見えてきた。地図を見ると、ここから北へ迂回しないと行けないらしい。水と食糧がかなり減ってきたので、村がないかと祈るような気持ちになり、いつの間にか両手を握っていた。
すると、村が見つかった。私の強運がここへ引き寄せたのか。
いつもの物々交換で水と食糧を50%補給。試しに、魚を提案したが長老から断られた。なんだか、魚を仕入れて失敗した気がしてきた。いっそのこと、これを食糧へ回したいくらいだが、ゲームでは交易品を食べることが出来ないようになっているので残念。
北に向かって飛び出た大地を迂回し、南西を目指す。どこが最短距離の方角かはよくわからないが、この方角だろうと見当を付けて、風に翻弄されつつ前に進む。
どこまで行っても海が広がる。地図を見ると、西に細長い島があるのが見えた。これにぶつかっては遠回りになる。ちょうどその島の南端に狭い隙間があるので、そこをすり抜けることにした。
ここで、船員は六十八名。これにはギョッとした。あと八名しか余裕はないのだ。決して人命を軽視しているのではなく、これはゲーム上の話なので、間違えないでね。
まだフィンランドは遙か西。ここで村がなければ、かなりまずいことになる。ひたすら祈り続けていると、アントニオが待望の村を見つけてくれた。うん、君は最高のヒーローだよ。
定番となった物々交換で水と食糧を50%補給。ところが、ここでまずいことになった。最後の刀剣を渡してしまったのだ。もう、次の村での交換には魚しかない。これが断られたら、一巻の終わりだ。今までずーっとセーブしていなかったので、やり直すなんて、匙どころかヘッドギアを投げたくなる気分。
さあ、次はフィンランドを目指そう。西へ西へと進むが、風に流されて南へずれてしまった。すると、進行方向に陸地が見えてきた。ついにフィンランドだと思って海岸に沿って北へ行くと、進路が塞がれた。袋小路みたいだ。おかしいと思って地図を見ると、能登半島みたいな半島に引っかかってしまったのがわかった。
急いでそこから抜け出て西に進路を取ったが、懸念していた事態が発生した。船員が六十名になったのだ。水も食糧も乏しくなっている。痛恨のミスが悔やまれる。だが、悔やんでいる暇はない。とにかく、フィンランドを目指し、村を探すしかない。
五十五名になった頃、フィンランドの村に到着。ここで物々交換に魚がダメなら諦めるしかない。すがる思いで長老に魚を提示すると、首を縦に振ってくれた。長老が神様に思えた瞬間だ。もちろん、満タンの50%しか手に入らなかったが、それでもいい。
だが、安心は出来ない。この後、ノルウェーを回ってアイスランドへ向かわないと行けない。ノルウェーにはオスロしか港町がない設定なので、船員を補充するならオスロへ行くことになる。しかし、オスロへ行くくらいならレイキャビクを目指した方がよい。それは、ノルウェーの北端から測るとどちらも距離的にほぼ同じだからだ。
わたしはここで賭に出た。このまま補給をせず、フィンランドに別れを告げてノルウェーの北端を回って一気にアイスランドへ向かうことにした。
船員数と水と食糧の残りを常にチェックしながら、予定通りの進路を取る。ノルウェーに別れを告げる頃には、四十七名になっていた。船の速力がダウンする。水と食糧の減り具合は前よりは少ないが、船員が一人また一人と減っていくのが恐怖だ。
「どうか、間に合って!」
レイキャビクはアイスランドの西側にあるので、島に向かって南西方向へ進む私たちにとって、島が見えてきたからと言っても喜べず、グルッと反対側に回る必要がある。
四十人になった。島は見えない。
三十人になった。まだ島は見えない。
二十五人になった。島が見えてきた。
二十人になった。船の速力が極端に遅く感じるが、島の西側には進めると信じたい。
十五人になった。島の西側が見えてきた。
そして、十人になったとき、レイキャビクの港へ辛くも滑り込んだ。
「やったー!!」
レベルは96から97へ。ついにバルバロッサを越えたのだ。
セーブした私は、感無量になって涙をこぼした。
「……あれ? 何か忘れている気がする」
何だろうと思い出すと、今回の航海中に聖剣の地図に描かれた地形がどこにあるか調べることだった。
「それどころじゃなかったわよ」
急に疲労感に襲われ、私はゲームから抜けた。
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