ゲームショウへのお誘い
天津から杭州へは水と食糧の余裕がない状態で帰還する。やはり人数を最小限に抑えて正解だ。ここでいったんセーブし、次はアンコールワットでも目指そうかと思ったが、事前に参考書を読んで目的の遺跡の情報を調べておいた方がリアルとバーチャルとの世界を行き来するのが減らせると思い、また後でチャレンジすることにした。
ゲームを落ちる前に、もう一度広場へ行ってみた。万里の長城をクリアしたことにより、宝箱で別の何かが見つかるのではないかと思ったからだ。このゲームは、レベルアップすると後からアイテム増えていくことが多いので、一度は試してみる癖が付いているのだ。
町に出て建物の扉を開けていると、スティーブさんからチャットをつなげてきた。ちょうど聞きたかったこともあり、渡りに船を得たとばかり喜んで接続する。
『スカーレットさん! こんにちは!』
『こんにちは! スティーブさん!』
『中国の北の方にいたみたいですが!?』
『天津です! 万里の長城を見つけました! レベルアップしました!』
『おめでとうございます!』
私はここで、悪いなぁとは思いつつ、相手の用件を聞く前に質問する。
『攻略サイトにこの探検の情報がないのは、なぜですか!?』
『執筆担当が頭の固い奴で、もっと情報を集めてから打ち上げると言ってまして!』
『そうなんですか!?』
『スカーレットさんは、どうやって万里の長城に気づいたのですか!?』
私はギクッとした。でも、嘘はいつかはバレる。頭をよぎる複数の言い訳を振り払って事実を書き込む。
『バルバロッサさんに会った時に教わりました!』
急にスティーブさんが沈黙した。何かまずいことでも言ったのかと思っていると、
『そいつが執筆担当なんです!』
ギョギョギョッ! そんな人から教わったんだ! 出会ったとき、何か深く考え事をしていたように見えたけど、攻略サイトになんて書こうかと悩んでいたのかしら?
『それはそうと、スカーレットさん! 今度のゲームショウへ行きませんか!?』
おっと、約束していたことを今更ながら思い出す。
『いいですよ!』
『今、横にサルヴァトーレがいるのですが、一緒に行ってもいいですよね!?』
指が止まる。私たち二人のチャットをサルヴァトーレさんが横で見ているらしい。
大門くんもついてくる。どうしよう……。私よりも、彼の方が気にするのではないだろうか? なんて答えようかと、今度は私が無言になる。
『何か、まずいですか!?』
私は画面を見ながら「ううん」と首を左右に振る。
『いいですよ! カエサルさんも誘ってはどうですか!?』
『ナイスアイデアです! 私から誘っておきますよ! ゲームショウでオフ会どうですかって!』
私は、ゲームショウの会場内を真っ赤な顔をして歩く大門くんの姿を想像した。本当は、私とデートがしたいのだろう。それを汐留くんが気づいて、気を利かせて場を設定してくれたのだろうか? それなら、門前さんを誘ったのはまずかったかも……。
そんな考え事をしながら画面を閉じると、噴水近くにいた二人の商人の会話が耳に入った。
「おい、長崎のレベル99の奴。いなくなったらしいぜ」
「本当かよ? なら、これから長崎へ行かなくちゃな」
「鬼のいぬ間に洗濯ってやつか」
「だな」
「でもよ。なんでいなくなったんだ?」
「さあな。飽きたんじゃないか?」
「確かに。ずっと哨戒して何が面白いんだか」
違うと思う。苦情が上がったのだろう。あるいは、上がらないように一時引き上げたか。
商人たちは長崎に行くというのは、おそらくオランダ船籍だと思う。私が今行ったら、港町から砲撃されて終わりだから、羨ましい限りだ。レベル90にならないと開国できないから、早くレベルアップして長崎の地に足を踏み入れたい。異国人でプレイすると日本の土地に憧れを抱いてしまうのだから不思議なものである。
◆◆◆
ゲームショウは2週間後。その間、一日一遺跡を目標にゲームを進めた。あくまで目標であって、順調ではなかったが。
その間、またヨシツネが現れて長崎に居座っていると噂が流れた。消えたという情報ももたらされるが、また登場したという噂が飛び交う。
そして、ゲームショウの前日に、なんとかレベル90に達した。
「長かったー!!」
思わず大声を出してしまい、母親が何事かと部屋の扉を開けた。まだヘッドギアを被ったままだったので、なんとなく気まずい。別に母親から問われてもいないのに「ちゃんと勉強はしているからね」と予防線を張っておいた。
翌日、互いの私服姿がちょっと恥ずかしい私たち四人は、映像と音が溢れるゲームショウの会場に滑り込んだ。スキップしそうなほどウキウキしている汐留くんが、前日から回るコースを考えていたそうで、ここは彼に全てをお任せすることにした。
「あっちに最新のVRゲーム機があるから行きましょう!」
汐留くんがさっさと行ってしまうので、私と門前さんと大門くんが彼の背中を追いかける。正確に言うと、私の左横に門前さん、私の後ろに大門くんだから、大門くんは私の背中を追いかけていると思う。そう思うと、何だか心臓の鼓動が高鳴っていく。振り返って目が合うと、彼の真っ赤な顔がそこにあり、すぐに目をそらされた。
最新のVRゲーム機を展示している企業ブースは3つあり、一番人気を集めていたZ社はもの凄い人だかりだった。汐留くんは、スルスルと人の間を抜けて前の方へ行ってしまう。でも、もうこれ以上は後ろから人を通さないと前の人たちが隙間をピタリと塞いでしまったので、彼を見失った私たちは行く手を阻まれた。
私の前には寝癖のひどい人がいて、アホ毛のような髪の毛が邪魔でよく見えない。後ろの大門くんなら見えて羨ましいなぁと思っていると、急に背中が押されて体温を感じた。彼が体を押しつけてきた! ギョッとすると、彼はするりと私の右横に移動し、今度は別の人がグイッと押してきた。
頬も耳も気の毒なくらい真っ赤な大門くんが、私の右横で左腕が触れている。
(うわぁ……どうしよう……)
私まで赤面が伝染した。そこに人の熱気が伝わるので、目眩が起きそうになる。その時、Z社ブースのコンパニオンの人が登場し、三名まで試作機を触れられるので希望者を募ると言う。これにはほぼ全員が手を上げたので、私はさらに前が見えなくなった。
結局、選ばれたのは我らが汐留くん、でっぷり太って帽子を被った年齢不詳の男性、そして小学生くらいの背丈でセーラー服を着た女生徒だった。
中学生なのだろうか。制服を着ているとどこの学校かバレるから、そんな生徒を壇上に上げてコンパニオンの人も気が利かないなぁと思う。その女生徒は、大勢の人の前で恥ずかしそうにしていて、気の毒に思えてきた。
ところが、その女生徒はとんでもないスキルの持ち主だった。試作機を頭に装着して椅子にもたれ、目をつぶった三人がモンスターをやっつける有名なゲームで対決したのだが、大型モニターに映る女生徒のアバターが華麗な技を連発して大勢のギャラリーを魅了し、2位の汐留くんを圧倒的に引き離す強さで勝利したのだ。Z社ブースの前でどよめきが起こる。その後、女生徒は記念品をもらって逃げるように去って行ったが、誰もが彼女の方へ目をやった。
観客がばらけると、汐留くんが「こんなしょぼいもの要らない」と言いながら記念品をプラプラさせて私たちの方へやって来た。
「汐留くん。女の子に弱いの?」
そうやってからかうと、彼はニヤッと笑う。
「絶対に勝てないですよ! あの子には!」
「えっ? 知り合いなの?」
すると、彼が私の耳元で囁いた。
「もちろん」
「世間は狭いわね」
「誰だかわかります? 僕らのVRゲームで、96って呼ばれてるプレーヤーですが」
「クンロク? 誰?」
「スカーレットがゲーム内ですでに出会っている人です」
私がゲームで出会っている? クンロクに? クンロクって96だけど……まさか、レベル96の彼!?
「もしかして、あの顎髭の?」
「そう」
思わず驚きの声を上げそうになり、口に手を当てた。リアルのバルバロッサは彼女だったのだ。




