東アジアで海賊イベントを発生させる
帰宅してから最近増えてきた宿題に閉口していると、今までとは違うおいしそうな匂いが部屋まで漂ってきた。匂いから察するに、母親がまた新しい料理――肉野菜炒めに挑戦してくれたらしい。嬉しかったが、だんだん焦げ臭くなってきたので、心配して台所へ向かった。
台所では、母親がかなり焦げている炒め物料理をフライパンから皿へ移し替えていた。理由を聞くとフライパンを火にかけたまま目を離したのではなく、よく炒めないと何かあったら心配だからだと言う。娘の体への気遣いが料理の結果に反映されたようだが、「そんなに炒めなくても十分だから」と伝え、二人で完食する。
箸を置いた母親が、小さくため息をついた。何事かと思っていると、
「そういえば、先方の方が――」
唐突に語る母親の言葉を、反射的に遮る。
「会いたいって言ってきても、断って」
「でも――」
「名前も聞きたくない。知りたくもない。私は、小海原家の娘。それ以外にならないから」
うつむいた母親が涙する。私はもらい涙を拭い、皿を片付けて部屋へ戻った。
さて、今日のゲームを始める前に、学校の帰り道でいろいろ考えたレベル上げ対策をおさらいした。
現状では、課せられた交易イベントではレベルが上がらない。こうなると、海賊討伐や私掠船の特権を活かして敵対国の船から戦利品を獲る行為しかないはず。もしかしたら、日本開国でもレベルアップが出来るかも知れない。
ところが、ポルトガルはどことも敵対していないので、頼るは海賊討伐だが、肝心の海賊が出没しない。
東アジアにはいないのかしら? それはおそらくないと思う。きっと、海賊を呼び寄せないといけないはず。
なら、どうするか? おそらく、答えは一つ。「私はかなりの値の張る交易品を運んでいるから、海賊さんから見てがっぽり儲かる相手ですよ」と思わせる必要があるはず。
今まで、中国の港はすべて寄港したが、試しにいくつかの交易品を買ってみただけで、大量の品を輸送していない。しかも、中国の品を中国で売ってもほとんど儲からない。だから、中国とその他の国の貿易を派手に行う必要がある。
「それと、ガレオン船の補充とドックに預けている船の移動ね」
今4隻しかない船団を8隻にする。バタビアのドックにあるガレオン船を長崎に近い杭州のドックへ移動し、さらにそこも補充して8隻にする。これらを、交易をやりながら行うのだ。
さあ、忙しくなってきた。でも、面白いからワクワクする。私は紅のヘッドギアを被ってベッドに仰向けに転がった。ところが、何か忘れている気がしてきた。
「ん? 何だっけ? やらなければと思っていたのに……」
まあ、ゲームの中にインすれば思い出すだろうと思った私は、計画を頭の中でおさらいしてから、ゲームを起動した。
◆◆◆
まず、中国との交易で儲かる近場がどこかを調べる。中国より遥かに遠い港町で儲かるのはわかっているが、時間がかかるからなるべく近場にしたい。
セーブしたデータをロードした後、福州からより大きな港町の杭州へ移動し、お茶と絹織物と陶磁器を部屋いっぱいに買って、那覇で売ってみる。利益は金貨1万枚とまあまあ儲かったが、ガレオン船を買うには遠い。なにせ、新品のガレオン船は金貨10万枚、フル装備で25万枚。あと4隻欲しいから100万枚必要だ。なので、那覇と中国の往復では、相当時間がかかりそうだ。
ちなみに、所有しているお金は3,000万枚だが、リスボンの銀行に2,900万枚預けていて、今手持ちには100万枚しかない。なんでそんなに預けているかというと、30日経つと元本の0.5%の利子が転がり込むのだ。毎回30日で14万5,000枚が懐に入るので、余分なお金は持たずに利子を増やすことを楽しんでいる。なお、利子は単利なので残念。
那覇があまり儲からないなら、杭州の同じ品をマニラで売ってみる。すると、那覇より2,000枚多く儲かったが、まだまだ足りない。もしうまくいくなら、杭州と那覇、杭州とマニラを行き来して稼ごうと思ったが、100万枚貯めるには何往復すればいいのか。
マニラがダメなら、次はマラッカで売ってみた。今度は2万枚になった。でも、まだ海賊に目を付けられる感じがしない。やはり、近場作戦は不発のようだ。セオリー通り、中国より遥かに遠方のヨーロッパが良いのだろう。
さて、次は、バタビアのドックに預けているガレオン船を杭州へ移動だ。今4隻なのでドックから4隻出して8隻に編成し、杭州に向かって1隻を預ける。4隻預けなかったのは、まさかと思うが、リスボンまで行く途中でなりすましプレーヤーの海賊に襲われないとも限らないからだ。さすがにレベル72でも、ガレオン4隻では勝てる気がしない。
後は、以前、香料諸島とヨーロッパとの間を往復して売買を繰り返しながらガレオン船を増やしていったやり方を、中国とヨーロッパとの間を往復して増やすやり方に変えるだけ。
紅のガレオン船を先頭にガレオン船7隻で、いざ出発! 積み荷はお茶と絹織物と陶磁器と、他の港で買った絵画と漢方薬だ。高く売れそうな気配を感じる。
地球の裏側に回るくらいの遠距離でガレオン船がゆっくり進むから、相当に時間のかかる作業である。私は、さてさてチャットでも始めようかしらと画面を開き、メニューを選んでいると、リアルのみんなの顔を思い出した。また屋上とかで集まって話をしたいなぁ。
「今度地方艦隊を招集しようかしら? ……ん? 地方艦隊? あああああっ! 思い出したぁ!」
そういえば、地方艦隊に応募していた四人が今日教室に来たではないか。急いで仲間の申請をチェックすると、なんと三十人もの申請が届いていた。カエサルさんたちの申請を許可した後、誰からも申請が来なかったので放置していて、しまいには申請中だったことも忘れていた。私がスカーレットとバレてから三十人が一度に来たのか、その前から少しずつ溜まっていたのかはわからないが、多くがうちの学校の生徒だと思われる。
「どうしよう……。ユキムラさんの真似をして学校とクラスと名前を聞いた方がいいのかしら?」
申請時に添えられたメッセージを見ると、『ファンクラブ会長です』とか『ファンクラブ会員2番です』とか、いかにもあのファンクラブの生徒と思えるものが4つあったので、きっと彼女たちだろうと思って、四人は真っ先に許可した。名前は、「まりりん」、「ゆかりん」、「まゆりん」、「みなみん」で、アバターはお姫様っぽくて、レベルはそれぞれ45、43、39、35とそこそこである。本拠地がいずれもイギリスなのは、理由がありそう。うむ、あなたたちは四銃士と名付けよう。
他の二十六人は、メッセージを読む限り、悪戯はなさそう。仲間になって一緒にゲームを楽しみましょうというのがほとんどだ。レベルは上が65から下は2までと実に様々。
地方艦隊編成の上限が気になったのでマニュアルを見ると、最近の仕様変更で地方艦隊は30までに制限されたらしく、全員許可出来ないことが判明した。地方艦隊はイベントに不参加が可能だが、戦闘に不参加はNG。もし私が敵対国との戦いに巻き込まれた場合、近くにいたら必ず参戦することになってしまう。これでは、レベル1桁の人はかわいそうだ。そこでレベル1桁台の六人には許可を出さないことにした。これで、合計二十四人に許可を出し、今所属している4つの地方艦隊を入れて28艦隊という大所帯になった。私は1クラスの面倒を見る担任の先生みたいなものか。
地方艦隊編成が終わると、相手からお礼のチャットが次々とつながった。相手とは一対一のチャットなので、1台しかない電話で受話器を下ろすとすぐ着信があるみたいな連続チャットだった。ほとんどが挨拶だったが、中には読むのも疲れる長文を送ってくる人もいて、『忙しいのでごめんなさい』とこちらから切断することもある。
私のレベルになると航海士に「リスボンまで」と指示すると、勝手に最適なコースで航行してくれるので、この自動航行の間にチャットに専念できる。挨拶の返事を書いていたら、いつの間にかリスボンに停泊していた。交易品を売買して、新品のガレオンを購入し、改造依頼を出して杭州に向けて出港。さあ、チャットの続きだ……。
挨拶が終わってからチャットで送られてくるメッセージは、多くがレベル上げのノウハウや、新規交易品出現のヒント、宝箱のヒントの問い合わせ。「チュートリアル読んでよ」と言いたくなる気持ちが痛いほどよくわかった。私の質問に根気よく答えてくれたスティーブさんには頭が下がる。
中には、学校の噂話や、先生への愚痴も混じる。早くも身の上相談まで書いてくる人もいて、アバターではなくリアルの私を思い浮かべながら書いているのだろうなぁと想像する。
西と東の往復に思ったより時間がかかって疲れるのもあったが、半分はチャットに疲れたので、いったんセーブしてゲームからリアルの世界に舞い戻る。
「友達百人なんか、絶対無理だわ……」
仰向けになって腕をアイマスク代わりにし、ため息を吐きながら印象に残った書き込みを思い起こす。向こうは一対一でも、私は一対二十八。いきなり増やしすぎたようで、ちょっと後悔……。
次の日もまたその次の日も、ゲームでフル改造のガレオン船を手に入れては杭州のドックに預けてを繰り返す。航海の間はチャット三昧だ。クイックモードで紺碧の海を時折眺めながら、返信の文面を考える。遠くに船影を認めるとドキッとするが、海賊ではなく他のプレーヤーの船で安心する。もちろん、ユキムラさんやラファエルさんの船であるかのチェックは怠らない。
そして4日目。ゲームにインして、ようやく杭州のドックに8隻目のガレオン船を預けることが出来た。ここで念のためセーブし、積み荷を満載した7隻で出港。
「あと1隻の購入で完了! 長かったー!」
それから程なくして、アモイ付近を南西方向に進んでいたとき、東からジャンクの船団が現れた。




