敗北した相手がリアルで現れた
いよいよ未踏の海域――東アジア海域に入る私は、ユキムラさんとラファエルさんを本格的に捜すことが次の目標となった。
元々、このゲームを始めたのはココから聞いた「ゲーム内で会長が地方艦隊編成のため、見所ある艦長を探している」からだ。地方艦隊編成が目的なら「仲間募集」をしているはず。つまり、募集している艦長の一覧に名前があることになる。だが、ユキムラさんの名前はあるが、未だにラファエルさんの名前はない。私の直感はラファエルさんが湖透先輩であると教えている。直感が正しければ、ココの噂話は偽情報になる。
「やっぱり……ユキムラさんかなぁ……」
「急にどした?」
サンドイッチを頬張りながら思わず独り言を漏らした私の左横から、ココが口をモグモグと動かしながら問いかける。学校の中庭の木陰で梅雨明けの暑さを避け、横座りしながら弁当を広げる私たちは、暖かい風に吹かれた髪の毛が顔を隠したので、指先で横に払う。
迂闊にユキムラさんの名前を出した私は念のため周囲を窺い、声が聞こえそうなところに他の生徒がいないことを確認する。
「夏休みまでに仲間にしてもらえるかなぁ……」
「大分レベル上がったから、もう少しじゃない?」
「もう少しって?」
「声がかかるの」
「本当に声がかかると思う?」
「まあ、噂だから何ともわからんけど」
「そういえば、ユキムラさんとチャットつながる?」
「つながるよ」
「ホント!?」
「でも、いつも『忙しいからごめん』と返される。そっちはどう?」
「ラファエルさんのこと?」
「それ以外、誰がいる?」
「しつこいと思われるから、つないでいない」
「そっか」
「どっちが先輩なのかなぁ……」
「普通に考えてユキムラさんが会長だと思うけどね」
「そうだよね。まだ地方艦隊募集中だし、ラファエルさんの名前はないし」
「東アジア航路が開通したから、『スカーレットくん、うちに来ないか?』と声がかかるんじゃない?」
「そういえば、もうチャレンジした?」
「東アジア航路? まだ。教えてもらった情報で今夜チャレンジしてみる」
「他の三人もチャレンジしてくれるかな?」
「近々チャレンジするんじゃないかな? そうしないと、こーみ――いや、スカーレット艦長に何かあっても助けにいけないから」
「楽しみに待ってる。さてと、今日から東アジア方面で先輩捜しだ」
「案外、会長はハワイかもよ」
「それでも追いかける」
「紅のガレオンが?」
私は、ココの問いかけに返事をしなかった。それは、私たちの木陰に三人の女生徒が弁当を持って近づいてきたからだ。笑顔の彼女たちは、太い樹木の反対側に向かって「そこにいたの?」「場所取りありがとう」「お待たせ」と声をかける。
その途端、背筋に冷たい物が走った。三人が木に向かって話しかけるはずがない。木の陰に人がいたのだ。
ここの場所取りしたとき、木に向かって歩いて普通に座った。その時、反対側で木にもたれて膝を抱えていたからちょうど見えなかった生徒がいたのだろう。周りを確認したとき、立ち上がって木の裏側も見ておけば良かったと、今更ながら後悔する。
三人の女生徒から笑顔が同時に消え、次々と私たちの方へ視線を送りながら芝生の上に座る。そうして、大木の裏側にいる誰かの囁きに耳を傾けつつ、こちらをチラチラと見る。
全て聞かれてしまった。湖透先輩を捜しているスカーレット艦長が東アジア海域に入ることや、紅のガレオンに乗船していることも。そして知られてしまった。こーみというあだ名の人物がスカーレットであることを。こーみのあだ名は他のクラスでも広く知られているので、小海原 睦海がスカーレット艦長であることがバレた。
この情報は、校内を野火のように広がるはず。
リセットしてアバターと名前を変えるべきか。そうしたら、レベルもアイテムも全てがリセットされる。これまでの体験を一からやり直すことになるが、そんな気力はない。
全ては私の責任だ。ココは悪くない。しかし、ココは悲しそうな目で私を見て、木陰からこちらを見る三人へも目を向ける。
私は深くため息を吐く。
「いいよ。バレたって」
ココは眉根を寄せる。
「あれだけ、嫌がっていたじゃん」
「まあ、ユキムラさんにはさらしたから、いいっちゃいいんだけど」
「そうかもしんないけど」
「いいよ。むしろ広まってくれた方がいい。そうしたら、ラファエルさんの耳にも届き、何かしらの動きがあるだろうから」
「そんな都合良く行くかな?」
「行くよ。だって、私、強運だから」
「強運ならバレないのでは?」
「今日のツッコミは厳しいわ」
私は吹き出し、軽く息を吐いて苦笑した。
予想通りに噂が広まったらしく、放課後、よそのクラスの女生徒四人が教室内の有名人でも見に来るように部屋の中へ入って来て、教壇付近で誰が私に声をかけるかで決めかねている様子だった。私は、軽くため息をついて相手をしに向かった。
「何か私に用でしょうか?」
「あのー、小海原さんがスカーレットって聞いたのですが」
そう言われて、背後から同級生の視線をいっぺんに浴びた気がして痛かった。この会話から、VRMMORPGのグランド・デクヴェルトに出没するスカーレットであることは明白である。同級生に同報で伝わったようなものだが、私は振り返らずに『えーい! どうにでもなれ!』という気持ちで答える。
「そうです」
すると、四人がお互いを見合って「きゃー!」とはしゃぎ始めた。それから、顔を赤らめた一人が一歩前に出た。
「私たち、あの赤いガレオンとスカーレット艦長のお姿に憧れていたのです。ファンクラブを作ったのです」
赤じゃなくて紅なのですが。でも、彼女たちの恥をかかせないよう、ここは黙っておく。
「大したレベルじゃないですよ。もっと上の人はいます」
「いえ、レベルではなく、素敵なお姿に憧れるのです」
「ありがとうございます」
「あのー、まだ仲間募集中のようですが、募集してもいいですか?」
そんなこと、リアルで聞くことじゃないわよと思ったが、
「どうぞ」
また四人が互いを見合って「わー!」と喜びを露わにする。どうか、うちのクラスメイトも便乗しないことを願わずにはいられない……。
まだ教室に残っていたクラスメイトの熱い視線と、ココ、門前さん、大門くん、汐留くんの同情の目を向けられる中、鞄を持って立ち上がると、よそのクラスの男子生徒が教室に入ってきた。彼は、私が前から気になっていた、背が高くて切れ長の目が特徴のちょっとイケメンな男子生徒。名前は、折森くん。同学年だが、クラスは違う。彼が私を見つけると軽く微笑み、
「初めまして。小海原さん」
そう言って、スルスルッと近づいてきた。
「スカーレットだって聞いたけど?」
「え、……ええ」
「いろいろノウハウを教えて欲しいんだけど、お願いしてもいいかな?」
「大したことは教えられません。ネットで調べて出て来る情報程度です」
「それでもいいよ」
「そうですか。あのー、お名前を伺っても?」
「折森」
「いえ、ゲームの方です」
「へー。僕の名前を知っていたんだ。気にかけてくれていたとか?」
サラッと凄いことを言う人だ。周囲の目なんか気にしないのだろうか? それとも、あえてそう言う姿をさらして悦に入っているのか?
「たまたまです」
「それでも、名前を知っていてくれたとは嬉しいな。ゲームの方も覚えていてくれると嬉しいけど」
「え?」
何その言い草と思っていると、彼はフッと息を吐いてニヤリと笑った。
「ヨハンセン・ファン・デン・オルデンバルト」
その名前に私は息が止まり、四肢の血の気が引いて全身が震え始めた。私が二度も挑戦を退けた彼だ。そのリアルの姿が今目の前にあるのだから、平静を保てというのは絶対に無理。おかしくてたまらないという顔をする彼は、なおも言葉を続ける。
「オルデンは折るから、バルトは森。バレバレのネーミングだけど」
私は震えながら答える。
「お、教えることなんか、大してありませんが」
「レベル上げのコツを教わりたいだけ。チートを使わなくてもあそこまで上げられるんだよね?」
「頑張れば、誰でもあそこまでいけると思います」
「今日部活あるの?」
「ありません」
「なら、ちょっとどこかで話を聞かせて欲しいんだけど」
獲物を追い詰めるような目をした彼が、ジリジリと近づいてきた。




