リアルで仲間が全員集合
屋上に着くと、下の方から聞こえてくる生徒たちの声援や球技の音が混ざり合って青空へと吸い込まれていく。VRゲームでも、広場や海上で見上げる空もこんな感じだった。私は、風で乱れた前髪を気にする門前さんに声をかけた。
「門前さんは、本当に二人とも来ると思います?」
「来ますよ」
彼女は屋上の扉の方を向いたまま即答した。
「わかりますか?」
「あの二人、根が真面目ですから」
私は頷くが、彼女は私を見ていない。
「ゲーム内で、あの二人のリアルの姿に気づいていました?」
ほんの少し首を傾げる彼女。
「チャットを交わしたことは二度ほどありますが、その程度では気づきませんでした」
いつもの無愛想な門前さんの口調は影を潜め、カエサルさんの言葉のスピードで語っている。声を低くすれば、そっくりだ。
次に何の話題を向けようかと考えるも、ゲームの時と違って、緊張して思い浮かばない。私は、周囲の音に耳を傾ける。
野球部の選手たちの大声や乾いた打球の音がこだまする。サッカー部の選手たちのかけ声がボルテージを上げる。「行け行け行け!」の声にこちらまで緊張感が高まる。見守る生徒のワーッという声が盛り上がり、アーッという落胆の声に変わる。ホイッスルの音がする。ポーン、ポーンというほぼ規則的なテニスボールの音がする。
これに、のどかな鳥の声が混じる。遠くでクラクションが鳴る。
なんか平和だなと思って、ふと時計を見ると、約束の時刻の1分前だ。
一気に緊張感が増してくる。ドキドキで周りの音が聞こえにくくなってきた。
「来たみたいですよ」
門前さんがポツリと言うので屋上の扉の方を見るも、人の姿はなかったが、聞こえにくくなっていた耳に神経を集中させると、扉の向こうでダンダンダンダンという足音が聞こえてきた。
時間的に汐留くんのはず。でも、別人だったらどうしよう。
足音が止まった。ガチャガチャとドアノブを回す音がする。回し方がわからないのか、押すのと引くのを間違えているのか、扉が開かない。
「彼らしい」
また、門前さんがポツリと口にした。と、その時、ギーッと重い扉の音がして汐留くんが現れた。
彼は、立ったまま私の方を見て、それから門前さんの方を見た。この状況を理解できない彼は、あれれという顔をして小首を傾げる。しかし、なぜ門前さんも一緒にいるのか、ようやく理解したらしく、満面の笑みを浮かべて小走りに近づいてきた。
そして、途中から口を大きく開け、腹を抱えてアハハアハハと笑いながら内股になり、立ち止まって膝に手を突いた。
「マジですかマジですかあああああっ! スカーレット艦長が地方艦隊をリアルで招集ですか! アハハッ!」
まだ笑い転げる汐留くんに、門前さんが「笑いすぎだぞ」と言って吹き出す。
「これは失礼。で、そちらはガイウス・ユリウス・カエサル殿とお見受けいたしますが?」
「まさしく」
「おおおおおっ。リアルではお初です。スティーブ・アイゼンやってます」
「カエサルと呼んでくれ」
「カエサル殿がピカイチの歴オタなのは、あちらのチャットでわかりましたぞ。ああ、うちのクラスの門前さんみたいだなと」
「生カエサルを見た感想は?」
「歴オタの鑑を見るようで、こうして拝みたくなります」
「持ち上げすぎ」
「いえいえ、ご謙遜を。ところで――」
急に、汐留くんが私の方を向いた。
「スカーレット殿。この流れでは、サルヴァトーレ・ガリバルディ殿も招集ですかな?」
私は首肯し、逆に質問する。
「誰だと思います?」
「それは当然――」
「当然?」
「わかるわけないじゃないですか!」
私は門前さんと一緒に脱力した。
「会長だったら驚きですな」
彼の言葉に、私はギクッとした。そういえば、先輩を捜しに行くためのレベルアップばかりに夢中で交易を進めていた。そろそろ本腰を入れて捜しに行かないと。
この時、門前さんが耳を澄まして腕時計を見た。
「おっと、来たみたいだ。ちょっと早くないか? 約束の5分前だが」
私たちが扉の方を見ると、ドアがゆっくり開いた。現れたのは、もちろん、大門くんだった。
彼は私たちを見て固まった。きっと「スカーレットとしてお待ちしていますので、ガリバルディさんとして○時10分に時間通りに来てください」という言葉と今の状況の違いに困惑しているはずだ。
汐留くんが、そんな大門くんをブンブンと腕を振って手招きする。
「ガリバルディ殿! スカーレット艦長のリアル招集に面食らっておられますな!? さあ、地方艦隊集結ですぞ! 早くこちらへ!」
大門くんは眉をひそめながら、ゆっくりと歩み出した。私は、少し心が痛む。
「あのー、これって?」
いつもは先生の問いかけに答えるだけの大門くんが、初めて自分から発言したので驚いた。まだ理解できていない様子だが、サプライズが過ぎたかも知れない。
「ごめんなさい。みんなでリアルバレです。これからゲームを楽しくやっていくための」
「ガリバルディ殿。オフ会と思ってくだされ」
急に大門くんが笑顔になった。
「ああ、そうでしたか。はじめまして。リアルのサルヴァトーレ・ガリバルディです」
「リアルなスティーブ・アイゼンです。どうぞ、お見知りおきを」
「生のガイウス・ユリウス・カエサルだ。よろしく」
私は大門さんに向かって微笑んだ。
「スカーレットです。よろしくお願いします」
「こちらこそ。いつもお世話になっております」
彼は、私に向かって丁寧にお辞儀をした。私も頭を下げてからゆっくり上げると、すでに頭を上げていた彼と目が合った。おそらく、彼の目には赤髪のスカーレットが私の姿と重なっていたに違いない。
これが、彼の手紙にあった「お友達になっていただけないでしょうか?」に対する私の今の答え。彼はきっとわかってくれたに違いない。




