リアルでの仲間の招集
翌日の早朝、何度も書き直した手紙が入った3つの封筒を鞄に忍ばせ、制服に着替えてから食事も取らずに靴を履く。朝早く家を出るのは高校一年になって初めてなので、快晴なのに今から大雨でも降るのかと驚く母親に背中を見送られながら家を出る。これは、教室に一番乗りで登校するためだ。
登校するのは朝練の生徒のみ。彼らを追い越して足早に向かう教室は、幸いなことに誰もいなかった。無人の教室は独特の匂いが漂っていて面白かった。机の匂い。ちょっとほこりっぽい臭い。汗なのかよくわからない臭い。
鞄から素速く封筒を3つ取り出したにわか配達人の私は、三人の座席を回って郵便受けならぬ机の中に入れていく。そして、自席に戻って周りを見渡す。
誰もいない教室で真っ先に座って待っている、この優越感。
(あっ、ココに不審がられるかも! いつもは予鈴が鳴る頃登場するのに、自分より先に来ているとは何事かと。なんか悪いことでもしているのかと)
鞄を手に持ち、一度教室を出てどこかで時間を潰そうと腰を浮かせた途端、ガラガラと教室の引き戸が開かれたので、仰天して着席した。
音の方を振り向くと、門前さんだった。立ち尽くす彼女は、思いも寄らなかった、という顔をしている。
「お、おはようございます」
動揺する私が挨拶すると、いつもの真顔に戻った彼女は「おはようございます」と低い声を出して、静かに席へ着いた。
(ああ……、手紙が読まれる……)
書いた本人がいないから手紙が有効なのであって――って、本当にそう言えるかは時と場合にもよるだろうけど――こういう状況では「口で言えばいいじゃん」って睨まれるかも知れない。でも、彼女だって「直接お話しした方がよいと思ったのですが、口下手なので手紙にします」って書いてきた。ならば、私も同類だ。納得してくれるだろう。
私は彼女と目を合わさないようにするため、教科書を開いて予習をする振りをする。その実、耳はどんな音も逃すまいと、彼女の方から聞こえてくる制服が擦れる音や鞄を開く音を漏らさず拾っていた。
ゴソゴソと音がする。机の中を見ている様子だ。
微かな音がする。封筒を開けているのか。短い沈黙が訪れる。
また微かな音がする。折りたたんだ便箋を広げているのか。長い沈黙が続く。
「小海原さん」
門前さんの静かな口調が、喉から心臓が飛び出しそうになるほど私を驚かせた。
「は、はい!」
読んでもいない教科書の開いたページから視線を切り、私は彼女の方を恐る恐る見る。いつもの顔の彼女だ。怒っているのか、どうなのか。
すると、彼女の唇が微かにほころんだ。
「いいと思います」
「…………」
「賛成です」
彼女はそう言って、大門くんと汐留くんの机の方へ順に目をやった。
私が門前さんに出した手紙には、まず始めに、次の3つの事柄を端的に記した。
1.リアルで友達になってもいいこと。
2.グランド・デクヴェルトで、スカーレットという赤髪の軍人は私であること。
3.黒髪リーゼントの軍人であるガイウス・ユリウス・カエサルさんが、すでにスカーレットの仲間になっていること。
そして本題はここから先だ。
『カエサルさんは、門前さんですよね?』
まず、この質問を投げかける。
ここで終えてもいいのだが、私は勝負に出た。かなりの確率でこの勝負に勝てる自信があったからだ。
『カエサルさんが門前さんであれば、もう一枚入っていた便箋を開いてください。
そうでなければ、これらの手紙を返してください』
彼女の性格から考えて、NOなのに興味本位でもう一枚の方を開くことはない、という読みである。
もう一つの手紙には、こう書いた。
『実は、カエサルさんもご存じの通り、私の仲間にサルヴァトーレ・ガリバルディさんとスティーブ・アイゼンさんがいますが、それぞれ、うちのクラスの大門くんと汐留くんのような気がしています。
大門くんであることは確証があります。
でも、お二人は、私のリアルを知りません。そこで、二人を順番に呼び出しますので、今日の放課後、お付き合いください。
これから仲間として楽しくやって行くためにも、リアルを知っておいた方がいいと思いましたので』
この二人を呼び出すのが、先ほど彼らの机に入れた手紙だ。しかも、二人を時間差で呼び出すのだ。
まず、最初に屋上へ呼び出すのは、汐留くん。
彼への手紙は、まず次の2点を伝えた。
1.グランド・デクヴェルトでスカーレットという赤髪の軍人は私であること。
2.興味があるのでゲームショウへ一緒に行ってもいい。
そして本題。
『スカーレットの仲間になっている青髪メンズロングの軍人であるスティーブ・アイゼンさんは、汐留さんですよね?』
まず、この質問を投げかける。
『もし、そうならば、○時に屋上へ来てください』
これで手紙は終わり。屋上に来れば、スティーブ・アイゼンさんが汐留くんだということになる。リアルなカエサルさんとの引き合わせは、サプライズだ。
まあ、卑怯な性格なら、嘘をついて現れるかも知れないけど、彼みたいにオタクで真面目な性格から考えて、大丈夫と思った。もちろん、賭けではあるが。
一番困ったのは、大門くんへの手紙だ。すごい失礼なことを書くような気がしたが、いきなりお付き合いはまだお互いを知らないので、以下のように書いた。
『大門さん
お返事の前に、教えていただきたいことがあります。
グランド・デクヴェルトをプレイされていますか?
そこで、金髪ナチュラルマッシュの商人であるサルヴァトーレ・ガリバルディさんは、大門さんですか?
もしそうならば、お話があります。スカーレットとしてお待ちしていますので、ガリバルディさんとして○時10分に時間通りに来てください。
小海原』
つまり、汐留くんの10分後に大門くんを呼び出すのだ。
この「スカーレットとしてお待ちしていますので、ガリバルディさんとして」という部分が肝である。これは、ゲーム仲間としてのお付き合い、と言っていることになる。大門くんが考える「女子とのお付き合い」としてはトーンダウンだが、無口で自分のことを一切語らない男子からお付き合いを申し込まれても、すぐに返事は出来ない。お互いをよく知ってのお付き合いはありだと思うが。そこのところは、いずれわかってもらえると期待したい。
さあ、賽は投げられた。もう後戻りは効かない。
放課後、指定時間の5分前に私は門前さんと一緒に屋上へ上がり、心臓の鼓動がドクンドクンと強く脈打つのを感じながら、まずは汐留くんを待った。




