3通の手紙
走りながら、心の中で怠惰な私が「いいじゃん、遅刻で」と語りかける。急に脱力して早歩きにスピードダウンする。
『いや、ダメ! ゲームで、めげずにレベルアップしているのだから、リアルでも頑張らないと!』
そうやって鼓舞した結果、私の執念に火が付いて、自分の限界へ挑戦が始まった。
走る、走る。でも、足がもつれる。太ももが悲鳴を上げる。足がつりそうになる。そうなると、まるで燃料切れ間近のロボットのように減速する。
でも、なんとかしないと。私は、体にむち打つ気持ちで走りを再開した。
ヘロヘロになって校門をくぐると、予鈴はとっくに過ぎ、あと2分で遅刻確定。最悪なことだが、ここで体の限界が来たように思えてきた。しかし、拳を握る。
『あと一息!』
息が上がる。マラソンランナーがゴール直前でフラフラになる気持ちがよくわかった。
足の痛みに耐えながら昇降口まで早歩きでたどり着き、下駄箱を開ける。すると、中から白い小ぶりの封筒がハラリと落ちてきたので、ギョッとした。
ラブレター!? それとも、果たし状!?
「こんなときに、よりによって!」
自分の声が昇降口の中で響き渡る中、私は肝を冷やした封筒を大急ぎでつかむ。くしゃっと音を立てたそれは、右側のポケットの中へねじ込まれた。
あと1分。廊下を走るなと言われても緊急事態なので、教室目指して駆けるが、途中から筋肉痛が私を歩かせた。棒になった足を引きずるようにしながら歩いていると、教室まであと数メートルのところでチャイムが鳴った。
鳴り終わるか終わらないかの瀬戸際に、扉を開けて倒れ込むように体を中に入れ、全員の視線を浴びながら自席に転がるように着席した。
ところが、本鈴がなっても、担任の先生は来ない。
「先生、遅刻じゃん」「こーみ、ラッキー」
教室内で誰かが声を上げると、ドッと笑いが弾けた。
着席した私も笑いに参加し、机の中から国語の教科書とノートを取り出そうとした。
と、その時、白い封筒が教科書の一番上にあることに気づいた。封筒は白で、お洒落なエンボス加工がしてある。なんとなく、女性が買いそうなものだ。
(なにこれ!? 立て続けに)
私は気づかなかったふりをして、すばやく封筒を机の中に押し込んだ。
二時限目の後の休憩時間に、私は屋上へ行って右側のポケットからシワくちゃの封筒を取り出した。左側のポケットに忍ばせているお洒落な手紙よりも先に、こちらが気になったのだ。
中を開けてみると、二つ折りの小さな便箋が出てきた。中にはこう書かれていた。
『小海原さん
こういう手紙は生まれて初めてなので、書いていて緊張します。変なことを書いていたらすみません。
体育館の裏で待ち合わせてお話ししようと思ったのですが、自信がなくて、そこで言いたかったことを単調直入に書きます。
ずっと前から憧れていました。
まずは、お友達になっていただけないでしょうか?
よろしくお願いいたします。
大門 太志』
大門くんからのラブレターだ。読みながら頬と耳が熱くなり、ドキドキが止まらない。無口な彼がこういう手紙を書く勇気を持ったことを嬉しく思った。きっと、何度も何度も考えたり書き直したりしたのだろう。
この「お友達」とはゲームの機能ではない。当然、リアルでの友達だ。だから、なんて答えていいのか、言葉選びが難しい。それは、相手の気持ちを思うからこその悩みだ。
断ったら、ゲーム内で仲間――地方艦隊から外れてしまうだろうか?
(いや、この文面の感じだと、まだ私の正体に気づいていない)
リアルで面と向かって回答する方がいいかしら? それに「スカーレットは私です」と言葉を添えて。
それとも、ゲーム内で『私、ラブレターを受け取ったけど』とチャットに書き込んでみる? いや、それは微妙かも。だって、リアルでの投げかけにアバターを着て答えるのだから。
リアルのことは、リアルで解決しないといけない。私はそう決意した。
その前に、もう1つの気になる手紙を開いてみることにした。綺麗に畳まれた便箋を広げると、女性っぽい筆跡が目に飛び込む。
『小海原様
直接お話しした方がよいと思ったのですが、口下手なので手紙にします。
もしかして、グランド・デクヴェルトをプレイされていますか?
あの時代の歴史に詳しいので、興味がおありでしたら、いろいろゲームのノウハウもありますので、出来れば、お友達になってください。
門前 歴恵』
来たー! 彼女は、ほぼ間違いなくカエサルさんだ。お友達は、ゲーム内の友達はもちろん、リアルでもということだろう。
彼女に対して、「いやいや、すでに仲間でしょ。あはは」なんて笑って答えていいのだろうか? こちらも「スカーレットは私です」と言うべきかどうか。……やはり、言うべきだろう。
(さてと、どうやって話をすればいいのやら……)
私は、金網のフェンスに手をかけてボーッと前方を眺めていた。曇り空も街並みもほとんど視界に入らない。時折横切る鳥の群れに視線が動くが、ほぼ本能で眼球が動いていて、何という鳥かの認識がない。
突然鳴り響くチャイムの音が、私の目を覚まさせる。雲の合間から差し込んだ陽光を受けながら、慌てて教室へ舞い戻った。
午後の体育の授業に疲れて教室へ戻り、この調子なら次の英語では寝てしまいそうだと思いながら机の中から一番上にあった教科書を取り出すと、小ぶりの白い封筒が乗っかっていることに気づいた。反射的に教科書の最後のページへ挟み込み、何事もなかったかのように振る舞った。
(今日は一体全体、なんなのよ!)
これで3通目の手紙だ。今日の運勢、モテ期到来だったっけ?
これもラブレターとかVRゲームのお誘いなのだろうか。今は読む勇気がないので、このまま家に教科書ごと持ち帰って、後で読むことにした。
夕食は、帰宅が遅い母親が冷蔵庫に入れていった巻き寿司だった。いつ食べたか記憶にないくらい、久しぶりの登場。このメニューに、母親の気持ちを懸命に感じ取る。
宿題を済ませ、VRゲームを堪能した後、恐る恐る手紙を教科書から取り出す。開いてみると、癖のある字体の文面が現れた。
『小海原さん。汐留です。
教室で面と向かっていえないので手紙に書きます。
VRゲームがお好きなように思いました。
今度、ゲームショウがあるので、ご一緒しませんか?
最新のVRゲームを体験できます。
お返事お待ちしてます。』
汐留くんらしいお誘いだ。きっと、デートを意識しているだろう。
こちらも、リアルで面と向かって回答し「スカーレットは私です」と添えた方がよいかも知れない。
彼が目を輝かせるか、困惑するか。全く読めないのが悩みだ。
さて、どうしよう。手紙だから、手紙で返すのがいいかも知れない。相手は他人の目が気になるはずだから、一対一で話をすべきだろうが、そのような場所のセッティングは苦手である。
その日の夜に、私は三人への返事を手紙にしたためた。




