母親の衝撃的な言葉
朝になった。カーテンを開けると抜けるような青空が見える。気持ちの良い一日のスタートのはずだが、頭痛がする私は憂鬱な気分に包まれている。
(なんか、イヤな予感がする……)
制服に着替えた後、ダイニングで椅子にお尻を半分引っかけるように乗せ、考え事をしながら焦げたパンの隅をちびちびとかじる。そこへ、急いだ母親がこれまた焦げた目玉焼きを載せた皿を私の前に置くと、勢いで目玉焼きが危うく外へ飛び出そうになる。
「いらない」
私が冷たく言い放つと、皿が引っ込んだ。母親はシンクの横に皿を静かに置き、背中を向けたままため息交じりに言う。
「昔はおいしいって言ってくれたのに」
私は反射的に答える。
「だからって、同じ物を毎日出すことはないじゃない」
「好きなことなら、何でもしてあげたい。……それが、親の気持ちよ」
毎日食事の内容を同じにしている理由にしては遠すぎる気もする。でも、いいことを聞いた。これは、前から気になっていたことを聞き出すチャンスである。
「何でもしてあげたいのね?」
「時と場合に寄るけれど」
しまった。先手を打たれた。でも、止めらない。
「じゃあ、私はどこから養子に来たの?」
母親が全身をクルッと180度回転させて目を見開く。
「なぜ、それを今聞くの?」
「何でもしてあげたいって言ったじゃん」
「時と場合に寄るけれどって言ったでしょう?」
押し問答が始まった。イヤな予感はこれだったのか。
「それって……結局……言えないってことじゃん……」
私はパンを放り投げて涙ぐむ。
母親は「はああ……」とあからさまにため息をついた。
「まだ決着が付いていないことをあなたに伝えると、混乱するから伝えなかったんだけど」
「何を?」
「朝っぱらから、こんな話をしていいの?」
「いいわよ! 聞かせてよ!」
母親は私を見つめながら、流し台にゆっくり腰を押しつけた。すると、母親の目にキラッと光るものが見えて、指で瞼をサッと拭いた。
「本当に………………いいのね?」
何度も拒否された答えをついに聞くのかと思うと、ブルッときた。
「覚悟は出来てる」
母親は唇を噛んだ。
「あなたを……」
そう言って鼻をすする。
「あなたを……引き取るって……言ってきたの」
「誰が?」
「里子に出した親が」
ダイニングの空気が凍り付いたような静寂が訪れる。
どこから養子に来たのかの答えに拳を握って構えていた私は、逆に、里親から私が引き取られる話を聞かされて頭の中が真っ白になった。
「まだ決まっていない話よ」
そう言って母親は私に背を向ける。
「それ、決まるの!?」
「…………」
「いつ決まるの!?」
「…………」
怒気を込めた言葉を母親の背中に刺す私は、自分のやっている行為が母親の気持ちを考えていないことに気づき、自重した。
「ごめんなさい……」
「いいわよ。決まらないのは……お母さんのせいだから……」
「お母さんのせいだなんて言わないで」
「首を縦に振れば決まるんだから、お母さんのせいよ」
「相談してくれれば良かったのに……」
「それは……」
母親は言いよどむ。
「それは、決定をあなたに押しつけることになるから」
「ならない」
振り向いた母親は、涙をいっぱい溜めていた。
「…………」
「ならないよ」
「…………」
「二人で決めればいいじゃん」
「そう?」
「そうだよ。私をここまで育ててくれたお母さんでしょう?」
「料理は下手よ」
「関係ないよ。……育ててくれたじゃん」
私はポタポタとスカートの上に涙を落とす。
「それを……それを……」
涙が拭いても拭いても止まらない。
「成長した後で……ご苦労さんって引き取るって……おかしいじゃん」
「でも、あちらに戻った方が……あなたには幸せと思うわよ」
「そんなこと言ったって……お母さんを置いてけないよ……」
母親は私の方へ近づいてきた。
「ありがとう……」
「…………」
「それだけで十分よ」
私は抱きしめられた。溢れる涙が母親のエプロンを濡らす。
「十分って?」
「…………」
「引き取るのに賛成するの?」
「引き取るからこの家を出る、って考えもあるけれど、出ないって考えもあるわね」
私は顔を上げる。
「どういうこと?」
「この家をあなたの住む家にするの。そして、私は使用人として雇ってもらう。そうすれば、今のままでいられる」
「それって……」
私は、母親から体を離した。
「引き取ることと変わらない」
「先方は資産家の方で――」
「お金なんか関係ない!」
「…………」
「お金があるのに、里子に出したんでしょう?」
「ううん。その時は……貧乏だったのだけれど」
「何? 成金になったからって引き取るって? ますます気に入らない」
「そういうわけじゃ――」
「ねえ、断って! その人、誰!? どこの大企業の会長!?」
「ごめんなさい……」
顔をクシャクシャにした母親は、逃げるようにダイニングを出て行った。
ふと時計を見た私は、すっかり遅刻ギリギリの時間になっていたことに気づき、大慌てで部屋に戻った。
鞄を持ってバタバタと玄関へ向かうと、母親の部屋からすすり泣きが聞こえてきた。
『ごめんなさい、お母さん』
私は頬に流れる涙を拭き、玄関のドアを体で押して外へ飛び出す。そうして、降り注ぐ陽光を全身に浴びながら全力で駆けだした。




