恋とまではいかないけれど
その後、カエサルさんとアフリカを回る約束をした。今までアフリカへは、南アメリカへ行くための中継地点としてヴェルデに行ったことはあるが、それより南へ行ったことがない。そこを開拓しようというわけである。出来れば、最南端のケープタウンを回ってアフリカの東にも足を伸ばそう、となった。
長旅になりそうなので、その前に、サルヴァトーレさんとスティーブさんにチャットで私の正体を明かしておこうと思った。二人が私に「誰にも言わないでくださいね」と前置きして、ある特定の同級生の秘密を暴露した後で、スカーレットが同級生の「こーみ」だったなんてバレたら、ショックが大きいからだ。
ところが、どういうわけか、二人ともチャットがつながらない。サルヴァトーレさんはアレキサンドリア付近を航行中だし、スティーブさんはベラクルス付近を航行中で、ゲームを抜けている様子はない。クイックモードのオンオフを変えても駄目だ。手が離せない用事――海賊と交戦中とか――かも知れないので、諦めることにした。
これが、後々、自分の正体を言いそびれてしまう原因となる。
カエサルさんは、リスボンから持っていくべき交易品と、それをどこの港で売って、そこで何を買うかまで教えてくれた。
後は、こまめにセーブすること。アフリカは土地が広大で、港と港との間は途方もない距離があり、港があまり発展していないので船員も補給物資も少ない。結構、途中で食糧不足になり、船員が全員空腹で倒れてゲームオーバーになることがあるらしい。
交易品は、金とかカカオとか、初めて購入する珍しいものがあったが、赤道からケープタウンへ向かうと風が船の進行方向と逆に吹く――つまり、向かい風になる――ため、なかなか先に進まない。それで、途中で食糧も水もゼロになり、海上を漂流してゲームオーバーになった。
確かに、忠告は聞くものだ。
私は、セーブしたデータをロードし、ヴェルデの港から出港し直すことになった。この時、もちろん他人のデータまでリロードされないので、ゲームオーバー寸前にケープタウンに到着したカエサルさんは、モンバサに向けて移動中だった。早速、チャットをつなげてみる。
『すみません。漂流してゲームオーバーになりました』
『突然画面から消えたので、心配していました。今ヴェルデですね?』
『確かに、こまめなセーブは必須ですね。そうじゃないと、リスボンからやり直すところでした』
『こまめなセーブは必須ですが、強い相手との海戦直前のセーブは考え物です』
『どうしてですか?』
『例えば自分の船団が寄港しているリスボンの沖合に、ずっと待機している強い海賊がいたとします。海賊はCPUでもプレーヤーでもどちらでも構いません。この段階でセーブして、海戦で負けてゲームオーバーになったとします。その直後にロードすると、その海賊はゲームオーバーになった位置にまだいますから、再度当たることになります。負けるのが必須ですから、何度も戦利品を与えることになります』
『ひえー』
『ロードするまで時間をおけば、CPUの海賊はすぐに去りますが、プレーヤーの海賊は再度登場するのを待っているかも知れません』
『なるほど。相手が諦めて立ち去る頃合いを見計らってロードするのですね』
『もし互角なら、海戦直前のセーブは良いかも知れません。仮にゲームオーバーになっても、相手に損害を与えた直後に自分がフルで復活しますから』
『まあ、その時は相手も逃げるでしょうね』
『逆に自分が勝利したら、すぐに立ち去ることです。相手がフルで復活して目の前に登場したら、今度こそやられます』
なるほど。よく覚えておこう。
ケープタウンの向かい風が常に同じ方角に吹くので、そもそも前進――実際は南下――は無理ではないかと困って聞いてみると、カエサルさんが『ジグザグに進んだ方がいい』と教えてくれた。
『ジグザグだと、距離が長くなって無駄じゃないですか?』
『そうしないと前に進めません』
クイックモードで舳先の向きを変える方法を教わり、手動で旗艦をジグザグに進めた。他の船は旗艦に追随して同じ動きをするので、その点は楽である。
何度か操作に失敗して漂流しゲームオーバーになったが、コツがつかめた頃には、食糧枯渇寸前でヘロヘロになりながらもなんとかケープタウンに到着できた。
『やっと、ケープタウンに着きました~』
『おめでとうございます。お疲れ様でした』
『毎回こんなことをしないといけないなんて、酷ですね』
『レベル40を越えると、自動で船が進みますから、心配要りません』
この言葉に、私は思いっきり脱力した。早くレベルを上げなければ。
ケープタウンに足跡を残すと私のレベルが30に上がり、交易品はダイヤモンドという高価な物も手に入って、リスボンでかなり高く売れた。
このアフリカ開拓は、リアルの世界の時間で、三日間実施した。最終的には、アフリカの東側へも足を伸ばし、全ての港に入ることができた。珍しい交易品を買い込んでリスボンやその周辺の港で売ることを繰り返す。すると、所持金がどんどん増えていき、1隻また1隻とガレオンを購入できるまで儲かった。なお、新しく増えたガレオンは、旗艦ではないので、紅色に塗ることはしなかった。
レベルも念願の40に達し、ジグザグ走行を手動でしなくて済むようになった。こんなレベルだが、海賊に遭遇するのはまだ心の準備が出来ていないので、逃げまくっていた。近づいてくる船は怪しいと踏んで、とにかく逃げる。でも、そんな事をしていても、CPUの海賊がいずれは行く手に立ち塞がるのだろうなぁ……。
その後、8隻中4隻までガレオンに取り替えた頃、イベントにも参加した。
イベントは、どこそこの港まで行き、そこの交易所の女性から仕事の依頼を受けるというのがほとんどで、その仕事は遠方の港から指定の珍しい交易品を規定の数量仕入れるというものだ。これは、仲間が多ければ合算されるので、早く完了する。完了の早い順に賞金の額が違うので、スピード勝負。
私たちのチームは、私以外の三人とも機動力があるので早く終了し、割と上位にいた。苦労したことは、私がみんなの足を引っ張らないようにすることくらいだ。
イベント以外は、新しい港の開拓にいそしんだ。職業が軍人であることをすっかり忘れ、新しい港で新しい交易品を手に入れ、ひたすら儲ける。この時、アドバイスをしてくれるのは、決まってカエサルさんだった。
私にとって、カエサルさんは頼りになる存在だが、ちょっぴり気になる存在でもあった。チャットがつながると、ドキッとする。つながらないと、不安になる。
(何だろう、この気持ち?)
たまに同じ港に到着することがあると、決まって彼の方からチャットで「ちょっと広場で休憩しませんか?」とお誘いを受ける。それで、いそいそと出かけてしまう。
どこの港の広場に行っても、なぜか噴水があり、そこの縁に二人で腰掛けるのがいつものパターン。そこで、彼からゲームのノウハウや歴史のお話を聞くのが楽しみだった。
一緒にこうしてお話をしているだけで、ちょっぴりドキドキする。
「今日もいろいろ教えていただきまして、ありがとうございました」
「どういたしまして」
「私の質問って、チュートリアルやマニュアルを見ればいい話ばかりかもしれませんが」
「いいえ。一回で覚えられませんから、人に聞く方が早いです」
「私に教えてばかりで、ゲームを楽しめていないのではないでしょうか?」
「教えるのが好きですから、ご心配なく」
「仲間以外に、お友達はいらっしゃいますか?」
「えっ? なぜ、それを聞くのですか?」
カエサルさんは微笑んでいるが、言葉の感じからちょっとムッとしたようにも思えた。
「ごめんなさい。そういうつもりではなかったのですが」
「いませんよ。リアルでも」
「リアル――でも?」
「ええ。歴……史マニアが周りにいませんから」
「そういえば、歴史の好きな女性が増えているとか」
「…………」
「なんて言うんでしたっけ。……歴女でしたっけ?」
「…………」
「歴女の方とお話――」
「聞いてくれる女性なんかいませんよ……って、いましたね。スカーレットさんが」
「私、歴女ではありません」
「いえ、お話を聞いてくれる人って意味です」
「そうでしたか」
「それだけで十分です。こうしてスカーレットさんとお話しできるのが、私の一番の楽しみです。リラックス出来る時間なのです。唯一と言っていいでしょう」
私の胸が早鐘のように鳴る。なんか、告白されそうな雰囲気なので、話題を変えることにした。
「お仕事は忙しいのですか?」
すると、急にカエサルさんの顔が曇っていく。
「……私、実は学生なんです」
「そうでしたか。落ち着いていらっしゃるので――」
「まあ、落ち着いているのは、リアルでも同じですけれど」
彼の笑顔が消えた。聞いてはいけないことを聞いてしまったのかも知れない。
「ごめんなさい。リアルの話を聞き出しているみたいで」
「いえ。リアルのことをしゃべっているのは、私の勝手ですから」
彼が遠くを見つめながらボソッとつぶやく。
「リアルでもスカーレットさんとお話が出来たら、こんなに幸せなことはありません」
私はその言葉にクラッときて、頬や耳が火照るのを感じていた。
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