音信不通
気分が沈んだまま、私は交易を再開する。所詮あれは占いだ、と自分に言い聞かせても、心が晴れない。期待して待とう、と前向きに考えても、もう一人の自分が「諦めなよ」と囁く。こんな状態で所持金が増えても、ちっとも面白くなかった。
面白くないから、ため息交じりにプレイするので、動きが鈍くなる。それで、時間がかかってしまう。さらに面白くなくなる。この悪循環を断ち切るため、ユキムラさんと会えるかどうかという自分ではコントロール出来ないことに気を揉むのは「無駄だ」と言い聞かせた。悩むことで、未来が変わるわけでもないし。
今更だが、なぜこのゲームを始めたのかについて、思い返してみた。湖透先輩が地方艦隊編成のために見所ある艦長を探しているので、強い船団を作り、先輩に認められて地方艦隊の一員になるのが目的だったはず。
それなのに、現状は、6隻あるといっても全部中古の小型船。こんなちっぽけな船は、戦列艦の大砲1発で木っ端微塵に吹き飛んでしまう代物だ。これでは、声などかかるはずがない。それなのに、戦列艦だけの船団を所有するラファエルさんへ友達申請して成功したものだから、ユキムラさんも友達になってくれるに違いないと甘甘な考えを持ってしまったのだ。
何、確率ほぼゼロのことに悩んでいたんだろう、と目が覚めた。ゲームの初心者であることがモロバレの船団を見て、このゲームの覇者クラスのプレーヤーが興味を持って声をかけるはずなどない。
ましてや、リアルの自分を相手にさらけ出すのだ。「ああ、あの人ね」と気づかれて、「いつも返事してあげないから、今回もいいわ」と会うのを完全に無視するに違いない。リアルの場合と同じように。
そんなことに気づかなかった自分が恥ずかしくなってきた。
まずは、交易を繰り返して、大型船を揃えるまでにレベルアップしよう。略奪は気が乗らないけど、国家の命令なら私掠船になって活躍してみせる。海賊や敵対国相手に十分戦果を上げれば、海軍に所属する道もある。そうして有名になれば、先輩から声をかけてもらう可能性が出て来る。
やっと、気持ちが晴れた私は、交易を再開した。私としてはポルトとリスボンは黄金航路だが、なんか、「井の中の蛙大海を知らず」を絵に描いたようにも思えてきた。もう少し、シャルロットを見習って遠くへ行き、他の港を開拓しよう。
そう思った時、チャットでシャルロットから呼び出された。
『お待たせー』
『まさか、会えるの!?』
いかんいかん。さっき、甘甘な気持ちを捨てたはずなのに、元の木阿弥になっている。
『待て待て。話には順番という物がある』
『何?』
『相手に伝えたよ。学校名、クラス、名前。ついでにあだ名も』
『あだ名は余計』
『いいじゃん。親しくなったら、あだ名で呼んでもらいなよ』
『それでなんて言っていた?』
私は、先輩が私を無視する手がかりでも得られないかと、シャルロットの書き込む言葉の裏まで探るつもりでいた。
『これこれこういう人が友達申請したいので会いたいそうです、に対して、わかりましたって』
心の中で「よかったー!」と叫び、体の力が抜けそうになった。
『でも、条件があるって』
『条件?』
『私を捜せたらお会いしましょう、だって』
思わず、画面に顔を近づけてしまった。
『捜せって? どこへ行くか、聞いてる?』
『行き先は言ってなかったね。ただ、チャットの最中に、今どこですかって聞いたら、ソコトラだって』
『って、どこ?』
『インド洋北西部の島。ソマリアの近く』
『地理を勉強しておけばよかった』
『これから勉強すればいいじゃん、ゲームやりながら』
『そだねー』
『ま、向こうも船でスイスイ移動してるから難しいよ。それに、こーみの船とこーみのスキルレベルじゃ、ケープタウン越える前に荒波に飲まれて沈むかも』
『大丈夫』
『なしてさ?』
『急に方言?』
『そだねーに合わせた』
『だって、スエズ運河通ればいいんでしょ』
『あのねぇ……。歴史を勉強しよう。大航海時代にスエズ運河もパナマ運河もないよ』
『そうなの?』
『他のプレーヤーの前では言わないでね。恥かくから』
私はチャットを抜けた後、ユキムラさんが私を無視すると確信した。会いたければ遙か遠方まで捜しに来て欲しいなんて、友達になろうという人の言うことではないからだ。
目の前に背を向ける先輩の姿が浮かんできた。そうだ。そういう態度を言葉にしたのだ。
チャット画面を開いているついでに、私はラファエルさんとの接続を試みた。急に話がしたくなったからなのだが、ユキムラさんを諦めた反動なのかも知れない。友達の場合、近くに船がなくても交信は出来るが、モードが違うと交信は出来ない。今の私はクイックモードではないので、あちらも同じである必要がある。
つながるかほとんど期待していなかったが、1分ほどしてから接続できたのには驚いた。さっそく私から書き込む。
『こんにちは』
『スカーレットさん、こんにちは』
『今どちらですか?』
『内緒です』
『私はまだポルトとリスボンで稼いでいます』
『塩とワインを?』
『はい。値下がりしましたから』
『高一でしたっけ? お酒が飲めなくて残念ですね』
この言い方が、同じ学校の先輩とは思えない。なんだか、別人のような気がする。
『酒場で飲めるんですか? ラファエルさん』
『飲めますよ』
あれ? 私はラファエルさんが飲むことを訊いていないのに、自分が飲めるかのように答えている。いや、そうとも限らないか。もう少し突っ込んでみる。
『飲んだことありますか?』
『未成年は飲んではいけません』
それは一般論。なかなかうまく交わしている。
『ですよね。未成年があの酒場に行くと、どうなるのですか?』
『あの酒場は、プレーヤーが座れないようになっています。だから、あそこでは飲めません』
『どこなら飲めるのですか?』
『だから、未成年は飲んではいけませんよ』
なんか、はぐらかされている。もしかして、プレーヤーが飲める場所でもあるのだろうか?
『このゲームって、どこか秘密の場所で飲食できるのですか? 他のVRMMOなら出来るのもあるみたいですが』
『何が聞きたいのですか?』
ちょっとまずい雰囲気になってきた気がする。
『すみません。酒場があまりにリアルなので、本当に飲食が出来るのかと思いまして』
『でも、聞いているのは船員を集める酒場のことではありませんよね?』
まずい。もしかして、このゲーム、隠し部屋の酒場があって、そこを探っていると思われたのかも。
『いえ、建物の扉を開けていくと、どこかにレストランが隠れているのかなと。そこで、飲食できるのかなと』
『あまりいろいろ探らない方がいいですよ』
ここでいきなりラファエルさんがチャットから抜けた。呆然とする私は、どこで会話を間違ったのかをログで確認した。
ラファエルさんは、酒場で飲めると言っている。でも、それは船員を雇う酒場ではないと言っている。となれば、やはり「秘密の場所で飲食出来ること」を深掘りしたのがまずかったようだ。実は、未成年お断りの部屋があって、そこで酒が飲めるのかも知れない。それを未成年が探ろうとしていると思われたのだろう。迂闊な質問でした……。
その後、何度かラファエルさんとチャットの接続を試みたが、出てくれなかった。不思議と、海上に出てもすれ違わなくなった。友達は解除されていないのだけど、こうもラファエルさんが音信不通になると、怒らせてしまったのかと不安になってくる。
私は、廊下で湖透先輩に無視されることと、この音信不通がダブって思えてしまったが、それがラファエルさんイコール先輩と確信する根拠にはならなかった。
あの飲酒の反応から推測して、ますます彼女が別人に思えてくるのだった。
友達の場合、チャットは出来ても、相手の居場所はわかりません。後で出てきますが、仲間――地方艦隊になるとチャットできて相手の居場所もわかります。
シャルロットはスカーレットとユキムラが友達、スカーレットはシャルロットとラファエルが友達なので、チャットは出来ても互いの居場所はわかりません。




