友達申請を許可してくれた
座り込んで放心状態だった私は、強めの風を体に受けて我に返った。
(そうだ。このままボーッとしていても、ポルトに到着するのは1日後だ。クイックモードにしないと、明日になってしまう)
よいこらしょっと立ち上がってから、クイックモードにして宙に浮き、眼下に自分の船団を見る。船は上――もちろん北――の方へ進むが、浮いている自分も進むので、逆に、右側の陸地がどんどん下の方へ移動する。電車の車窓から見る景色が後ろへ飛んでいくのと同じだ。
もしかして、同じようにクイックモードのプレーヤーがいたら、自分と同じく空を飛んでいるのだろうか? そう思って、前後左右を見てみたが、誰もいなかった。
「だよねぇ。見えていたら、怖いわ」
隣の港町まで行くのに片道で最低1日かかる航海を、のんびり船旅する人はいるだろうか? たまに、風に吹かれながら、陽光に煌めく波頭や遠くに見える陸地のリアルな表現を眺めたい気分になるが、本当に1日中ヘッドギアを被って航海体験する人は皆無だと思う。ということは、プレーヤー全員が空を飛んでいるはず。空中がプレーヤーだらけは、理屈はそうかも知れないけど、本当に見えるようにしたら不気味だからだ。
時折、他の船とすれ違ったり追い抜かれたりするので、もしやラファエルさんかと思ってしまうが、船の規模が私と大差ないのでもちろん違う。チャット画面を開いて船の名前でも確認しようかと思ったが、先にポルトの港へ着いてしまった。
交易所へ行って塩の買い取り値を見たら、1部屋分が1,700に下がっていた。他のプレーヤーが売ったのだろうから、まあ仕方ないことだ。6部屋分全部売って10,200。これで所持金は65,860になった。順調に増えているからよしとしよう。なお、「1部屋分」は数える単位としては不便なので、今後は「1つ」と言うことにする。
ワインの仕入れ値は、1つ800から900に上がっていた。リスボンで前回は1つ2,000で買ってくれたが、下がっても倍で売れるだろうから、迷わず買う。6つで5,400。これを買って所持金は60,460。
その後、リスボンに戻ると、予想通りワインが1,900に下がっていたが、倍以上あるから迷わず全部売却。11,400増えて所持金は71,860。うん。楽しくなってきた。この後で海賊に襲われるのはイヤなので、この段階でセーブする。こまめにセーブは鉄則だ。
まだまだ塩とワインでいけそうだけど、リスボンで塩を買い続けると値が上がり欠品になる可能性もある。オリーブオイルというのがあったので、1つ800を6つ買ってみる。所持金は67,060になった。これが円だとすると、こんな大金を持ったことがないので、お金持ちになった気分だ。
ポルトに行くと、これがなんと1つ1,800で売れた! 10,800増えて所持金は77,860。この調子この調子。
ワインは、さらに値上がりして1,000になっていた。これは3つ買おう。他の商品を開拓する意味で、ポルトのナッツが1つ700だったので、これを3つ買う。合計5,100を払って所持金は72,760。
さて、どんな値段になるか楽しみにしながらポルトの港を出る。食糧と水はまだあるので補充しなかった。
クイックモードで船が下方向に進んでいくのを見ていると、突然、後ろから大型船が複数現れて、南下してきた。まさかと思って、急いでチャット画面を開くと、そこに映っていた船影はラファエルさんのセラフィムだった。ここで船が見えるということは、ラファエルさんもクイックモードでプレイしていることになる。鼓動が高鳴り、体が震える。
(ど、どうしよう……)
ちょうどこの時に風が逆風になり、私の船もラファエルさんの船も速力が落ちた。リスボンまでは30秒以上かかりそうだ。これならチャットで少しお話が出来ると思う。でもどうしよう、と迷っているうちに戦列艦の船団が私の船団を追い抜こうとする。と、その時――、
ピロローン!
電子音が鳴り響き、ちょうど開いているチャット画面にラファエルさんの名前と顔が現れて、「この人がチャットを希望しています。チャットをしますか?」というメッセージが表示された。心臓がズキュンとなる。迷わず「はい」だ。
『スカーレットさん、こんにちは。またお目にかかりましたね』
慌てて返信する。
『セラフィムさん、こんにちは』
うわわわっ! 間違えた! 「ラファエルさん」と打ち直そうとすると、
『どちらへ?』
スルーしてくれてホッとする。
『リスボン』
急いでこうなったのだけど、これだけ見たら、なんて無愛想……。
『私も』
その時、戦列艦の船団は私たちを追い抜いて視界から消え、チャット画面からラファエルさんはいなくなった。まだドキドキが止まらない。
それから、私の船団はリスボンへ入港した。チャット画面では、戦列艦セラフィムが見えている。ということは、ラファエルさんも入港したのだろう。と思っていると、船がフッと消えた。出港ではない。クイックモードが解除されたのだ。
(もしかして交易品を売りに来たのかしら? なら、交易所で逢える!?)
そう思うと居ても立ってもいられず、クイックモードを解除して甲板に降り立った。
「でも、いなかったらどうしよう……。ええい! 迷っていられない!」
私は「交易所」のボタンを力強くタップした。
一瞬にして甲板から交易所の中へ移動すると、真ん中の窓で金髪のロングヘアの女性が背中を向けているのが見えた。白いマントを羽織っていて、下に白いズボンが見えている。
(うわっ! いた!)
彼女は硬直する私の気配を感じたらしく、こちらを振り向いた。ラファエルさんだ!
「こ、こ、こんにちは、ラファエルさん」
動揺する私の挨拶に一瞬警戒する様子を見せた彼女は、すぐにチャットの画面と同じ顔の表情になって、さらに満面の笑みを浮かべた。
「こんにちは。わざわざクイックモードを解除していただいたのですか?」
私は震えを堪え、表情を柔らかくしようと努めるが、うまくいかない。
「交易所では、そ、そのー、あのー、いつもそうしています」
嘘です。必ずしもそうとは限りません。
「そうですか。私は追っかけが多いので、基本はクイックモードなのですが、たまにはここの人たちと、こうしてふれあうのですよ」
「ふれあい、いいですよねぇ。そうしないと、PCゲームと何も変わりませんから」
「なんか、緊張していらっしゃいますね?」
「ええ。話をするのはNPCばかりですし。あっ、友達にシャルロットというのがいますが、それ以外のプレーヤーとはお話をしたことがないので」
なんでシャルロットを引き合いに出したのか、話している自分もわからない。よほど緊張しているのだろう。
「今日は、シャルロットさんとはご一緒ではないのですか?」
「セウタに行きました。あっ、友達登録したので、チャットでどこにいるか聞いてみます」
「結構ですよ。そこまでしていただかなくても」
当然だ。何を言ってるんだろ、私。
「ラファエルさんは、このゲームをめっちゃやりこんでいらっしいます、です、でしょうか?」
敬語も日本語もおかしくなっている。だめだこりゃ。
(落ち着けー! 落ち着けー!)
手の震えが止まらず、握りこぶしを作る。
「ベータの初期から」
「それは、お、お長いでいらっしゃいますね」
うわぁ、何、「お」なんかつけて言ってんだろう……。穴があったら入りたい。
「ベータのテスターは結構いらっしゃいますよ」
「そうでございますか」
「そんなに緊張なさらなくて結構ですよ」
「あ、ありがとうございます。私、まだ始めたばかりで、わからないことがいっぱいです。もし、ご迷惑でなければ、いろいろ教えていただけますでしょうか?」
ラファエルさんは、小首を傾げた。
「ラファエルさん。あのー、私、友達が一人しかいないので、友達申請してもよろしいでしょうか?」
リアルでは絶対にこんなことを言わないのに、どういうわけか今日の私はアバターのせいか大胆だ。
ラファエルさんは、また小首を傾げた。不審に思われているのだろうか。でも、軽く頷いて、私の目を見た。
「いいですよ」
「あ、ありがとうございます!」
私は最敬礼をした。
「忙しいので、チャットのお返事はできないことが多いですが、それでもよろしければ」
「かまいません」
こうして私たちは、IDを交換して友達になった。
それはもう、天にも昇る気持ちだった。
ゲーム内の自分は、リアルの世界よりも運がいいかも。
(どうか、この調子で強運が続きますように!)
「緊張がなくなったみたいですね」
「はい、もう」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします!」
ラファエルさんの優しい言葉に私は目が潤み、それを悟られないように、また深々とお辞儀をした。
「それではごきげんよう」
「さようなら」
ラファエルさんは画面を表示し、手を振りながらフッと消えた。クイックモードに戻ったのだ。私は、消えた場所に向かって手を振り続けていた。




