先輩の船団に遭遇した
さて、出港の合図をすると、船は岸を離れて滑るように海上を進んでいく。気持ちよい風に乗って、船は速度を上げる。天気も良く、大波もない。実に爽快だ。
ここで、クイックモードにせず、しばらくの間このまま海を見ていることにした。飽きたらクイックモードにすればいい。
私は船首に立つ。遠くに何隻もの船が見える。
画面を表示させてチャットが出来るか試してみたが、船影が表示されなかった。遠すぎるのだ。
記憶が確かなら、チュートリアルによれば、クイックモードでは同じモードの船しか見えないのだそうだ。逆も同じ。つまり、私が今見ている船は、私と同じくクイックモードにしていないのだ。きっと、甲板で大海原をボーッと眺めているのだろう。飽きたらクイックモードにしようと、あちらも思っているはずだ。
遙か水平線に、帆だけ見える。
ああ、地球は丸いんだ、と思う瞬間である。
ここまで忠実に再現されていることを感動しながら、私は船首から船尾の方に移ろうとしたその時――、
「何あれ!?」
思わず声を上げてしまった。私の船の後方に、巨大な帆船が速度を上げて近づいてきたのだ。
そうだ。あれは戦列艦だ。チュートリアルで見た記憶がある。ゲームの中で初めて実物を見たが、その威容に全身がブルッとするほど感動する。しかも、2、3、……、8隻もいる!
(戦列艦の船団! MAXまで揃えている!! ま、まさか……!!??)
私は膝が笑い、腰が抜けそうになった。湖透先輩の船団かも知れないのだ。
ブルブル震える手でチャット画面を表示させると、セラフィムという名前の戦列艦の船影が現れた。
こんな小舟の船長なんか相手にするはずがないと、もう一人の自分が囁く。しかし、別のもう一人の自分が、自分の強運に賭けなよ、と背中を押す。
例のグルだったイケメンの顔が出てきたらどうしようと案じてみたり、根拠もないことに何を恐れているのと笑い飛ばしてみたり。
でも、船がどんどん近づいてくる。私は震える指で相手の船影をタップした。
しかし、返事は来ない。5秒が、10秒が、何十倍もの長さに感じる。
ああ、もう駄目だと思った瞬間――、
ピロローン!
電子音がして、右側に金髪で丸顔の女性が現れた。名前はラファエルと書いてある。左側の顔はもちろん私だ。
『スカーレットさん、こんにちは』
私は思わず「はい! こんにちは!」と声を出してお辞儀をした。すると、音声入力でその言葉がテキスト文になり、『はい、こんにちは』と投稿されてしまった。これは、迂闊に声を出せないわ。
『そちら、船の名前がガブリエルですけれど、ラファエルと同じ熾天使ですね』
何のことかサッパリわからない私は、固まって声も出なくなった。そういえば、船の名前は買ってから何も変えていない。前の所有者がガブリエルという名前にしたのだろう。しかし、熾天使って漢字が読めない。なに天使? でも、聞くと笑われそうなので、無言を貫くことにした。
『どちらに行かれるのですか?』
ラファエルさんの問いかけに、どもりそうなので、手入力に替えた。
『ポルトです』
『ワインでも?』
『はい。でも、未成年なので、飲めません』
『学生さん?』
『高一です』
うわー、なに個人情報暴露してるんだろう。私は、自分の右手の指を左手でつかむ。
『どちらの学校?』
『それはさすがに』
『女子校?』
『共学です。女子が多いですが』
バカバカバカ! また左手で右手の指をつかむ。
『素敵なアバターですね』
『ラファエルさんも素敵です。クイックモードにされないのですか?』
『いつも追っかけが多いのでクイックモードにするのですが』
私は息が止まった。
『たまには大海原を見たくて』
この大海原が、小海原の文字に読み間違えて、心臓が喉から飛び出そうになった。『それ、私の名前と一字違いです』って、うっかり投稿しそうになり、途中まで書きかけた文章を消去した。ふーっ、危ない危ない。
(なんとなく、このラファエルさん、湖透先輩っぽい。ますます、そう思えてくる)
『船を従えていると、周りがSPみたいですね』
調子に乗って、こう投稿してしまい、激しく後悔した。先輩の周辺を知っているということを暴露している自分の無知に心底呆れる。
『そうですね。いつものことですから、気になりません』
顔を上げると、ちょうど戦列艦が私の船の横を通り過ぎていくところだった。船の高さは向こうの方が断然高いので、甲板の様子が見えない。確か、プレーヤーの姿は見えないはずだが、見えるのではないかと思って、背伸びをしてしまった。万が一、甲板でチャット画面を開いているところが見えたなら、『手を振りますから』って投稿しただろう。
『ラファエルさんは、どちらへ?』
『内緒です。では、スカーレットさん、ごきげんよう』
『ラファエル先輩、お疲れ様でした』
わわわっ! 間違えた!!
『先輩?』
『ゲームの先輩という意味です』
我ながら、ナイスフォロー。
『面白い方』
『お恥ずかしいかぎりです』
『またお目にかかりましょう』
『はい、またお目にかかりましょう。お元気で』
こうしてチャットは終了し、戦列艦は私たちを追い抜いて去って行った。腰が抜けた私は、船団が水平線に飲み込まれるまで見つめていた。
私は確信する。銀髪とか男装の麗人とかは、追っかけを攪乱させるためのデマだと。
(間違いない! 8隻の戦列艦の船団を組み、セラフィムという名前の船に乗るラファエルさんが湖透先輩だ!)
これは誰にも教えない。私だけの秘密にしよう。
私は、そう心に決めたのだった。




