ゲームの話をすると視線を感じる
その日の夜中に、こんな夢を見た。
◆◆◆
私は、クイックモードではなく、通常のモードで船上にいた。沖に出てもさほど船は揺れず、「素敵な船旅ね。あっ、交易って旅じゃないわね」と笑っていると、5隻の大型船が横並びでこちらへ急速に近づいてくるのが見えた。このままだとぶつかりそうなので、ミゲルに回避するようお願いしたが、あっと言う間に接近された。
向こうの船には船員の姿がない。「まさか、幽霊船じゃないよね」とミゲルに尋ねたとき、真ん中の船の舳先に人影が現れた。それは、学生服姿の湖透先輩だった。
いきなりの登場に狼狽えていると、先輩が真顔でこう言った。
「いつも私に声をかけているみたいですが、なぜですか?」
「えっ!? アバターなのに、プレーヤーが誰だかご存じなのでしょうか!?」
「アバターですって? 学校でいつも拝見するお顔と髪型ですよ」
手鏡がないので髪の毛を手で梳いてみると、長髪のはずが短くなっている。髪をつまんで目の辺りに持っていくと、赤毛ではなく地毛だ。なぜゲームの世界でリアルな姿に戻ってしまったのだろう。
先輩とこうして面と向かって話をするだけでも緊張するのに、ただならぬ雰囲気に頭が真っ白になった。
「なぜですか?」
先輩の再度の問いかけで我に返った私は、やっとの思いで喉から絞り出すように声を出す。
「いえ、ご挨拶を――」
「もう、やめていただけませんか?」
先輩はそう言ってクルッと背を向けると、空気に溶け込むように消えた。私は、先輩が消えた辺りに向かって問いかける。
「なぜでしょうか? ……なぜ、私だけ、ご挨拶はいけないのでしょうか? ……私が何かお気に障ることでも申し上げたのでしょうか? ……おっしゃっていただけませんと、わかりません!」
すると、向かいの船のマスト付近で人影が動いた。体の半分が太いマストの裏から見えているが、うちの学校の制服を着ているので生徒のようだ。気がつくと、その人影は他の4隻の大型船にもあることがわかった。
五人からジーッと見られている私は恐怖がつのり、「キャー!」と大声を上げた。
◆◆◆
夢から覚めて、飛び起きてしまった。寝汗が凄い。呼吸が荒い。涙が止まらない。
せっかくの楽しかったゲームなのに、なんでこんな悪夢みたいな夢を見てしまったのだろう。
翌朝、ココに報告したいことがいっぱいある私は、足早に登校した。すると、昇降口からやけに騒がしい声が聞こえてくる。もしやと思って速力を早めると、黄色い声が混じるので確信した。湖透先輩の登校だと。
私は、夢を思い出して足が止まった。でも、正夢なはずがないと思い直し、足がもつれながらもなんとか靴を脱ぎ、履きかけた上履きの踵を踏んで、急いで声の方角へ走った。
廊下の角を曲がると、SPと呼ばれる女友達に囲まれた湖透先輩を追う集団がいた。口々に先輩の名前を呼ぶ生徒に対して、湖透先輩は一人一人に振り向いては笑顔で挨拶をすると、「挨拶してくれた!」と悲鳴のような声が上がる。
私も声をかけたいが、いざ声を出そうとすると息が喉に詰まる。胸も苦しい。
でも、勇気を振り絞って先輩の名前を呼んだ。それは、叫びに近かった。すると、振り向いてくれた。でも、笑顔が真顔になり、すぐに顔を背けられた。
(やっぱり、避けられている。なぜ……、どうして……)
私は夢の中で聞こえた先輩の拒絶の言葉を思い出し、両手をダランと下げて鞄を持ったまま、先輩と追っかけの姿が見えなくなるまで立ち尽くした。
急にこみ上げてくるものを感じる。視界が滲む。涙がこぼれていないか、確認のため右手の指で瞼や頬を拭いていると、突然、背中をバシンと叩かれた。思わず、「ヒーッ!」と声を出して跳び上がってしまう。
「何、突っ立ってんだよ。おはよ」
その声は、ココだった。私は大いにむくれて振り返り、「突っ立ってないわよ!」と言葉を強めに返す。
「もしかして、怒ってる? 痛かったら、ごめん」
「そうじゃなくて――」
「また、ふられた? あっ、今は触れちゃいけない話題だっけ」
「いいわよ。いつものことだし……」
「どうだった?」
ニヤニヤする彼女を見ていると、シャルロットの顔がだぶる。
「何が?」
「話の流れ的に、会長じゃなくってゲームのこと」
それには答えず、ゆっくり歩み出すと、ココが私の前に回り込んだ。
「うまくいった?」
彼女は、まだ先輩のことを引きずる私をゲームの話題に取り込もうとしているのだろう。今度は、私の左側へ回って肩を並べて歩き始めた。
「ゲーム、簡単でしょ?」
ずっと黙っているわけにもいかないので、少し微笑んで答える。
「うん。すぐに所持金、挽回した」
機嫌を直した私に、ココはニッコリと笑う。
「それを繰り返して、まずは旗艦のグレードをアップする。それから他の船もアップするのさ」
「ねえ。船員にミゲルとかオスカルとか出てきたんだけど、ゲームの固定キャラ?」
「違うよ。船員名はランダム。こっちはアルフォンソとかフランシスコとかエンリケとか、いろいろ」
「あっ、プレーヤーによって違うんだ」
「そう。あいつら、いい奴らでねぇ。いろいろ気の利いたことをやってくれるし、話しかけると答えてくれるし、お助けマンみたいなものさ。名前が違うだけで機能は同じだと思う」
「ゲームのサポーター機能?」
「一種のね」
「へー。もっと話しかけてみよう」
「船を沈められて、もう一度船員を集めると、あいつら、またやってくるよ」
「ってことは、沈められたんだ」
「二度ほどね」
ココは頭を掻きながら苦笑いをした。
教室の扉が見えてきた。開けっぱなしになっている扉を二人で通り抜けると、私はココから聞き忘れていたことを思い出した。それは、先輩の手がかりのことだ。
「そうそう。聞きたいことがあるの。今じゃなくて、後で」
「何? 交易の裏技?」
私はココを睨み付けた。教室内で「交易」なんて単語を口にすると、今生徒の間で人気のVRMMORPG「グランド・デクヴェルト」のことだと気づかれる。誰が聞き耳を立てているか、わからないではないか。
そう思った途端、教室内で視線を感じた。
ソッと視線の方を向くと、ギクッとした。クラスの女子一人と男子二人がこちらをジーッと見ているのである。




